東京高判平成10年5月28日・平成8年(行ケ)第91号(「インダクタンス素子」事件)

1 はじめに
  「インダクタンス素子」事件判決は、旧「特許・実用新案審査基準」(平成27年9月30日までの審査に適用されるもの。以下「旧審査基準」という。)の「第2部 特許要件」「第2章 新規性・進歩性」「2.進歩性」「2.8 進歩性の判断における留意事項」の項に記載されている4例の判決のうちの1つである。旧審査基準は、ここで次のように述べており、「インダクタンス素子」事件判決を「阻害要因」を考慮して進歩性を肯定した裁判例と位置付けている。
      「引用発明1は、ターミナルピンの設け方を工夫することにより薄型化を図ることを目的とするトランスの取り付け装置であるが、引用発明1のターミナルピンに引用発明2の構成を適用すると、折角逃がし孔まで設けた上で設け方を工夫して薄型化を図ったターミナルピンを考案の目的に反する方向に変更することになるから、両者が平面取り付け可能という点で共通することを考慮しても、当事者が容易に想到することができたものとは認められない(参考:東京高判平成10.5.28(平成8(行ケ)第91)、阻害要因を考慮して進歩性を容認した例)」
  しかし、「インダクタンス素子」事件において進歩性の有無が争われた考案(平成6年実用新案出願公告第27929号公報に記載されている名称を「インダクタンス素子」とする考案(以下「本願考案」という。)。)については、「阻害要因」があることをもって進歩性を肯定しなくても、主引用考案(発明)と副引用考案(発明)とに課題の共通性がないことをもって進歩性を肯定することができる。したがって、「インダクタンス素子」事件判決をもって「阻害要因」の有無が「課題の共通性」の有無とは別個の判断基準であるいうこができる、と考えるのは早計である。