先日、前職の同僚が連絡をくれて一緒に食事をしたの。
面白いことに、私が変わったのか、彼女が変わったのか
同じ職場でしょっちゅうあっている時には聞いたことがなかった話題ばかり
もう10年くらいのお付き合いなのに
初めて彼女とちゃんと話した気がしたの。
私も確かに変わったなあ。
いつも誰に対しても、そのままの私でいること
そう心がけているからか、聞かれたことに対しては
そのまま答えているし、思ったことも
相手が受け入れやすいように言葉は選ぶものの
そのまま話せているんじゃないかと思う。
そして、ヒトって自分に必要なヒトといたくなるんだと思うから
私にとっても彼女にとっても、必要なことなんだろうなあ。
彼女は、ようやく自分自身の扉を開けて
自分の中をちゃんと見ようとしているように感じたよ。
きっとヒトにはいつかそういう時期がやってくる。
ふと、問題は周りにあるのじゃなくて
自分の中に潜んでいるんじゃないか、とか
生きにくいのは自分の決めた枠に囚われているんじゃないかとか
はっきりとではなくても、自分の中の何かに気が付いた時
自分の中の扉をあけるんじゃないかな。
今まではみたくなかった、自分の中の隠したい部分。
隠し過ぎて忘れちゃっている部分。
その扉をあけるのを少し手伝えた気がするよ。
どうしてそのことにこだわるの?
どうしてそれが良いと思うの?
どうしてそれが許されないことだって思うの?
どうしてそれに怒りを感じるの?
私がまだまだこれから良くなるように
彼女も良くなる途中の、ちょっとしたハードルを前に
立っているんだろうなあ。
彼女はきっと大丈夫だ。
辛くても苦しくてもいつかはその扉を開けて
前進することが出来る。
彼女の話を聞きながらも、安心している自分がいる。
あなたは大丈夫。
そう思いながら話を聞けるということは幸せだなあ。
以前の私なら、心配したり、そのヒトになり変わったりしていたな。
昔からいろんな人の愚痴や悩みを
聞くことが多かったのだけれど、実は
聞き過ぎると苦しくなっていたんだ。
でもそれはそのヒトを心配したり同化してしまって
自分ではないところに存在してしまったからだと思う。
ちょっと私も進歩してるのかもしれないな。
ヒトが扉を開けるときに、少しでもその助けになれたり
立ち会ったりできるのはすごく嬉しいことだなあ。