Cosmic Dance -5ページ目

先日のワークで。



こころに上がることをそのまま言ってみましょう。

自分に正直に、言葉にできるかどうかチャレンジです。

出来たかどうかはあなた方自信が分かります。




嫌なヒトや嫌なことからは逃げられるけど

自分からは逃れられないし、避けたり出来ない。


そういうまさに「自分」を感じるためのワークでした。




ワタシも思い当たることはたくさんある。


やりたくないこと、面倒なこと、不安なこと・・・・・・

理由を付けては、しないこと(あるいはしちゃうこと)を

正当化して。。。。


でも、実は自分自身は知っている。


やった方がいいって。

そんなの言い訳だって。




こないだのセッションで自分の中に隔たりはないかと

聞かれた人がいたけれど、私だってそうだ。




そういうことを自覚して凹むワタシがいる。


でも、凹む時、悲しい時、腹が立つとき、

そういう時は自分の中の何かが見つけて欲しいと言っている。




ようやく、答えは自分の中にある

の意味が心の底から分かった気がする。



自分に沈んで沈んで沈みきったその底には

本当の自分の光が見えるのです。


沈みきるまで自分から逃げないこと

目を逸らさないことが大事。



そうすることでマイナスすらプラスに変換できるから。



頑張れ自分!!

新年早々だからか、なんだか、雰囲気が変わった感じがする。



なんなんだろう、この感覚。




与えられるのに慣れ過ぎている私たちは

与えられることが少なくなっているんじゃないのかな。


というか、気が付けなくなっているというか。




ちゃんと求めないと与えられないように感じるのよね。




おっきなものは、おっきな愛を持っているけれど

それだけに何でもかんでもは与えてくれないんだろうと思う。




真剣に、真摯に


何が欲しいのか


と考えて、それを求めることの大切さ。




欲しいもの、というのはちゃんと考えれば


お金や地位なんかではないと分かると思う。




おかねが欲しいと思ったとして、

お金を得たら自分が何が得られるのか。


安心感だったり、優越感だったり、それに付随した何かを

自分が得たいと思っているんだよね。



人は幸せになりたいと思うけど、


何が幸せなのかを真剣に問い続けられる人は少ない。


つまり、どういうことが自分にとっての幸せなのかが分からない。



分からないから、求められない。





私にとっての幸せはワタシがワタシ自身で生きられること。


何かの規定や基準やそういうことで判断されてしまう


自分の中での自分の価値を感じて生きられること。



そして、その私が世界に対して何か出来ることがあるということ。




それは、決して、世間的に地位があるとかお金を稼げるとか

そういうことではなくて


例えば、野菜を作るとか、誰かを大切に出来るとか

そういう普通の、でも、


ワタシがやっているんだと実感できることでいいの。




そして、その機会は与えられている。


あけましておめでとうございます。



今年はもっと自分にまっすぐに生きたいなー。



自分の中心が感じていることに出来るだけ

素直に行動していたら


今まで、風邪とか扁桃腺炎とか、喉周りの病気に

かかっていたのが、全くかからなくなりました。笑



ストレスってきっと、自分を大切にするためのものなんじゃないかなあ。





みんなが幸せに気が付けますように。

今年・・・・・・・・

3月くらいにチャネリングみたいなことが突然起こって

かなり葛藤し、人に提供するようになり

その中でたくさん人と接していろんなことに気がついたり

自分自身の中を覗き込み

思えばかなり人として成長できた気がする一年だったよ。笑



全く、スピリチュアルとか興味なくてむしろ避けていたし

今までずっと理系で科学という文化の中で生きてきた私に

なんでこんなことが起こったのか、なんでワタシなのか

いったいどういうシステムでこういうことが起こるのか

今でもぜーんぜん分からないけど。



でも、そういうワタシでも、いたって普通に生きていけます。

ただの人間です。


自分に起こったことは受容する以外にない、と覚悟出来た時

人が感じていることを否定することは出来ないのだと

すとんと納得できました。



チャネリング出来るようになってワタシが得たものは

人はみんな輝く可能性を裡に持っているということ。


それを輝かせられるかどうかはその人次第だけれど

その可能性がない人なんていないんだと分かりました。


人を、人の可能性を信じられるようになったこと。


これがワタシが得たもの。




人を信じるというのは

今まで考えていた信じるというのとは全く違っていた。


その人が何をしようとも、何を言おうとも、変わらないもの。



ワタシはそれで、すごく生きていくのが楽で幸せになったの。



時々、もっと頑張れよ!と思うこともあるけれど(笑)


その人のタイミングやペースを待つというのも

必要なんだと思ってる。



あー、今年もあとわずか。


セッションをあと2名、トリートメントを2名に提供すれば

ゆっくり掃除して


今年私に起こったことや、関わった人たち

そして自然のすべてのものに感謝して

今年を楽しみ切ります♪


もう雪の降る季節なんだなあ。

と、雪を見ながら思う。



クリスマス、って頭では分かっていたのに、雪が降って驚く。

やっぱりもう、そんな季節なんだ。




頭にくることって、キリストはあったんだろうか。


ワタシがむっと来ることや腹が立つときは

ほとんど全部、自分の自尊心を傷つけられたと感じた時。


それは傷つけられたと感じているだけで

実際は傷つけられたりしないんだよね。

まあ、その自尊心もよくよく見てみると

つまらなかったりもするのだけど。


腹が立つそのたびに、自分のつまんない自尊心を

知覚して、その後は同じようなことに腹が立たなくなるのだけど

いったい私の中にどれだけつまんないものがあるんだろうか。

つまんないものを全部ひっぺがしたその奥には

誰にも傷つけられない本当の自尊心がある気がするなあ。



人に対して怒るとき、それは自分が何について

怒りを感じたのか、そこをよく見れば自分が良く分かる。


自分が分かると、怒りに振り回されることは少なくなる。



怒りが必要な時もある。

感情に良いも悪いもない。



ただ、その感情に振り回されるのがしんどいと感じた時は

そうならないような方法もあるよ、

そう伝えられたかどうか。



伝わっていたらいいな。


自分のコミュニケーションスキルをもっと上げたい。。