1月の初旬に痛めてしまったアキレス腱が今だに完治しません(T_T)
ちょっと痛いくらいなら我慢してしまう、という判断は
つくづくダメなんだなぁ・・・と反省することしきりです。
そういえばサッカー選手など見ていると
「筋肉に張りを覚えた」という理由で
すぐにピッチを後にしたりするシーンを見かけるけど
あれは経験からくるプロとしての判断なのだろうなぁ・・・
と、今さらながらに思います。
寒いと感覚がマヒしていて、痛めたことに気づきにくく
特に相手がいる練習ではアドレナリンが出ていることもあり
さらに痛みに鈍感になってしまうので本当に注意が必要ですね。
歩行も困難だったときに比べたらだいぶ良くなり
ママチャリをカカト踏みで漕いだり
普通に生活する分にはまったく問題ないレベルまでは
回復してきているのですが、ロードバイクで強くぺダリングすると
ほんの小さな一か所だけがポッコリ膨らんできて
痛みが発生してしまいます。
もうだいぶ長いことトレーニングらしいことが出来ていないので
そうとう弱くなっちまっただろうなぁ・・・と
凹んだり、気を取り直したりの日々です。
週末には、今シーズンの自分の中の開幕戦!!
と位置づけていた高石杯があって、スタートリストを見ても
とてもワクワクするようなメンバーが集まっているので
すごく走りたい気持ちは山々なのですが
今はグッと堪えて完治を目指します!!
大きな負荷がかかる場所ですし
3月15日の実業団の開幕にギリギリ間に合わせるためには
今は無理は禁物だと自分に言い聞かせて今日は終わりとします。
早く治らないかな。治ると良いな。
開幕の宇都宮はもうすぐそこ。
昨日、1月29日は44回目の誕生日でした。
メールやFacebookにて時間を割いてお祝いの言葉をお送りいただいたり
直接祝っていただいた皆様!! 本当にありがとうございました。
高校2年生の時にホビーレースに出始めたのが1987年
高校を卒業した1989年には勢いでフランスへ渡り武者修行。
翌1990年には東日本実業団で優勝し、経済産業大臣旗も2位となり
この時が僕の自転車人生のピークだったのかもしれません。
その後1991年には重症のオーバートレーニング症候群に陥り
ロードレース界からドロップアウト。
回復せぬままバイトと治療の日々を繰り返した20代前半。
しかし、そんな努力とは裏腹に病状は回復せぬまま
5年という時間が経過し25歳でいったん自転車の道を
あきらめて就職したのが1995年。
しかし、就職したのは良いものの
とても大きな挫折感を抱えたまま、悶々とした状態での生活。
ようやくオーバートレーニングの状態から徐々に抜け出していき
普通に生活できるようになったのは30歳を過ぎてから。
10年以上にも渡る闘病生活は選手にとっては地獄でした。
そして、一念発起して再び自転車レースにカムバックしたのが2002年
年齢は32歳になっていました。
そして、昨日迎えた44歳の誕生日
自転車のキャリアをスタートしたのが16歳なので
かれこれ28年ということになりますかね!!
僕が10代の頃に活躍していた選手たちは
今ではみんな指導的な立場で活躍しています。
でも僕はまだ現役選手を続けたい。
12年というブランクを埋めるため? 執念??
いやいや、ただこのロードレースという魔物に
とりつかれてハマってしまっているだけ???
自分でもよく分かりません。
ただ単にこの競技が好きなんだと思います。
「好きこそものの上手なれ」
そんな言葉があったと思います。
だた、いくら好きでも
続けていくというのはとても大変なものです。
自分一人では、たぶん続けていけずに辞めていたに違いありません。
応援していただいている皆さんのおかげで
細々ですが競技を続けていることができます。
近くにいる人もそうでない人も
想いはいただきました。
本当にどうもありがとう。
これからも頑張っていきます!!
皆がワクワクするような走りで
恩返しがしたいと思います。
そのような訳で、今年もまだまだ暴れます!!
どうぞよろしくお願いしまーーーーす\(^o^)/
メールやFacebookにて時間を割いてお祝いの言葉をお送りいただいたり
直接祝っていただいた皆様!! 本当にありがとうございました。
高校2年生の時にホビーレースに出始めたのが1987年
高校を卒業した1989年には勢いでフランスへ渡り武者修行。
翌1990年には東日本実業団で優勝し、経済産業大臣旗も2位となり
この時が僕の自転車人生のピークだったのかもしれません。
その後1991年には重症のオーバートレーニング症候群に陥り
ロードレース界からドロップアウト。
回復せぬままバイトと治療の日々を繰り返した20代前半。
しかし、そんな努力とは裏腹に病状は回復せぬまま
5年という時間が経過し25歳でいったん自転車の道を
あきらめて就職したのが1995年。
しかし、就職したのは良いものの
とても大きな挫折感を抱えたまま、悶々とした状態での生活。
ようやくオーバートレーニングの状態から徐々に抜け出していき
普通に生活できるようになったのは30歳を過ぎてから。
10年以上にも渡る闘病生活は選手にとっては地獄でした。
そして、一念発起して再び自転車レースにカムバックしたのが2002年
年齢は32歳になっていました。
そして、昨日迎えた44歳の誕生日
自転車のキャリアをスタートしたのが16歳なので
かれこれ28年ということになりますかね!!
僕が10代の頃に活躍していた選手たちは
今ではみんな指導的な立場で活躍しています。
でも僕はまだ現役選手を続けたい。
12年というブランクを埋めるため? 執念??
いやいや、ただこのロードレースという魔物に
とりつかれてハマってしまっているだけ???
自分でもよく分かりません。
ただ単にこの競技が好きなんだと思います。
「好きこそものの上手なれ」
そんな言葉があったと思います。
だた、いくら好きでも
続けていくというのはとても大変なものです。
自分一人では、たぶん続けていけずに辞めていたに違いありません。
応援していただいている皆さんのおかげで
細々ですが競技を続けていることができます。
近くにいる人もそうでない人も
想いはいただきました。
本当にどうもありがとう。
これからも頑張っていきます!!
皆がワクワクするような走りで
恩返しがしたいと思います。
そのような訳で、今年もまだまだ暴れます!!
どうぞよろしくお願いしまーーーーす\(^o^)/
年明けから順調にトレーニングを積んでいたのですが
寒さのためか、アキレス腱を痛めてしまい
いきなり療養を余儀なくされています(T_T)
去年の暮れには全日本のコースの試走までして
2015シーズンへ向けて気合十分だったのですが
完全に空回りしてます。
この時期に乗り込みができないのはかなり痛いのですが、
乗るたびに炎症がひどくなってアキレス腱の一部が
ポッコリ腫れてしまい、歩くたびに、というか動かすたびに
「グニュグニュ」っとした違和感が出てしまい、
完全に治るまでは乗っちゃだめだという認識に変わりました。
そのような訳で、体は超元気なのですが
たった一部分の故障の為に大事な練習時間を
棒に振っているのはホントにイラつきます。
まあ、自分のせいだしイライラしててもしょうがないので
まずは治療に専念!&筋力落ちないように工夫して
上・下半身のウェイトなどやっちょります!
そして治療は同じ高校卒業の東原先生の
ヒガシスポーツさんでお世話になっています。
http://higashi-sports.com/
せっかく動けないので、そんな時にしかできないことを
あれこれやっておかないとですね!!
「怪我の巧名!!」って後で思えるように。
寒さのためか、アキレス腱を痛めてしまい
いきなり療養を余儀なくされています(T_T)
去年の暮れには全日本のコースの試走までして
2015シーズンへ向けて気合十分だったのですが
完全に空回りしてます。
この時期に乗り込みができないのはかなり痛いのですが、
乗るたびに炎症がひどくなってアキレス腱の一部が
ポッコリ腫れてしまい、歩くたびに、というか動かすたびに
「グニュグニュ」っとした違和感が出てしまい、
完全に治るまでは乗っちゃだめだという認識に変わりました。
そのような訳で、体は超元気なのですが
たった一部分の故障の為に大事な練習時間を
棒に振っているのはホントにイラつきます。
まあ、自分のせいだしイライラしててもしょうがないので
まずは治療に専念!&筋力落ちないように工夫して
上・下半身のウェイトなどやっちょります!
そして治療は同じ高校卒業の東原先生の
ヒガシスポーツさんでお世話になっています。
http://higashi-sports.com/
せっかく動けないので、そんな時にしかできないことを
あれこれやっておかないとですね!!
「怪我の巧名!!」って後で思えるように。


