20代前半で友達が

「前は海、後ろは山」という田舎に嫁ぎました。

 

 

彼女のお母さんが

「良い所だから、遊びに行ってやってラブラブ

と言っていましたが、

 

20代の私は

「後ろが山。前が海・・・何しに行くの?」

と内心絶句してしまうほど、

 

 

田舎=退屈なイメージで

キラキラの夜景など都会に好感を持っていましたキラキラ

 


流れ星流れ星

 

 

そんな私も30代後半~40代前半になって

ようやく、地元の良さに気付き始めました。

 

 

地元の良さに気付いた事は

素晴らしい事だと思いますよ・・・

 

 

でも、どうでしょうかね。

 

 

仕事にも復帰し、

国内の長旅もできるようになったのに

 

やはり海外やスキー旅行などは

自信がありませんでした。

 

早くも「心の老い」というか

「青春の終わり」を感じていた気もします。

 

 

物事には両面があり、

● 体調不安で海外に行けない

● 他府県での散財に飽きてきて

  コスパの悪さが目についた

から

 

「地元の良さを探そうとした

・・・

とも考えらえますよね。

 

 

不安で海外への夢を断つ・・・

という「現実」を

直視したくなかったのか

 

恐ろしいほどハッキリと

「興味がなくなった」のも事実で

 

この2つが

「同時」だったのは幸いでしたけどね。

 

 

流れ星流れ星

 

 

あるいは

私はいよいよネットにハマってしまって

 

「海外に行く位なら新しいPCなどが欲しい」

と、

心から思っていたとも言えます。

 

 

昔はノートPCが30万くらい平気でしましたからね。

 

 

流れ星流れ星

 

 

この頃は、イエモンのライブに良く行きました。

 

「追っかけ」まではいかないですが、

近県以外に遠征もしたり(笑)

 

 

あと陰陽師以来、野村萬斎さんにハマって

狂言や出演されているお芝居を観に行きました。

 

 

萬斎さんのせいではないですけど

晴明神社に行ったり、

数多ある神社参拝を始めたのもこの頃ですね。

 

 

ただこの頃の私は

建物や景色よりも「ご利益」を求めていました。

 

 

ですから、お寺や「山」などの

自然からの癒しには、

まだ気づいていなかったように思います。

 

 

勿論、神社の中にも自然はありますし

 

さすがに「鈍い私」でも

神域に何度も通うと清々しい(厄が落ちた?)

みたいな感覚はわかるようになってきました。

 

 

でも

当時はお寺は一切行かずに神社ばかり行って

いました。

 

 

行く神社には事欠かないのは地元の良い所でした。

 

 

 

流れ星流れ星

 

 

私は、この頃(アラフォー)

田舎で困る事なんて

特になかったです。

 

 

一番、困っていなかった頃です。

(もう高層ビルが立ち並ぶ大阪で

迷子になる事もないしw)

 

 

「丁度いいな」と思っていました。

 

 

● イエモンだの萬斎さんだの一部に熱狂的な

ファンがいるものの、身近にはそんなにいない。

 

でも、

趣味の事もネットで調べたり、

ファンの人と繋がれたり、

CDやチケットなどもネットで買ったりできた。

 

 

● 神社に行きたい!と思ったら

地元にいっぱいあった!ラッキー★

(しかも通勤定期でかなりカバーできました)

 

 

● 神社に通ううちに、伊勢神宮や出雲大社

熊野三山など、少し遠出するのも楽しくなりました。

(海外は自信がなくても、国内での遠出はOKでした。

熊野那智大社なんて500段くらい階段を登るのに…)

 

 

流れ星流れ星

 

 

そう言えば

iPhone3GSを買ったのが2009年の秋。

 

 

iPhoneのおかげで

休日、引きこもるのも治りました(笑)

 

 

それまでPCに比べて携帯では出来る事が

少なすぎて

 

私は仕事が休みの日、

ひたすらPCを触っていたくて

出掛けたくなかった位ですバツブルー

 

 

iPhoneになって

今までどうやって生きていたんだろうびっくり

という位、

 

手の平に自由を手に入れた気分で

気軽に出掛けるようになりました。

(旅行も含め)

 

 

当時はソフトバンクで7GBの契約が一般的で

一か月にそんなギガ数使い切れなくて

なーんにも気にしなくて良いのも

余計に「自由を手に入れた」感じでした。

 

 

それでも今みたいにストリーミングや配信が

ない頃ですから

充分、不自由だったのですけどね^^

 

 

ニコニコとかもPCで観ていましたけど

動画界も今とはまるで違いましたね。

 

 

しかし、

あの頃の神社はまだ空いていました二重丸

 

 

そもそも通勤の市バスが

人気観光地に向かう路線だったのに

毎日座れましたしねピンク薔薇

 

 

※もともと修学旅行生は小グループで

タクシーを貸し切りにされるので

大量にバスで会うような事もなかったです。

 

 

 

④に続く。

 

 

お読みいただきありがとうございました。