ようやく春の陽射し(といっても朝晩はまだ冷え冷え)、
ようやく花々が開き始め、
朝の小鳥たちのさえずりも春の訪れを感じさせ、爽やかです。
そして、あの機械音も。
今年は春の訪れが一か月ほど遅かったように思います。
さて、春の訪れとともに、庭の草木が芽を出します。
しかし、この時を待っていたかのように成長するのは、美しい花々だけではありません。
「芝」も、ですね。
数週間前に、夫が庭を眺めながら、にやりと私に言いました。
「芝が伸びてきたな
」
ええ、芝刈りシーズンの到来です。
普通の家庭では芝刈りは男性の仕事ですが、我が家では夫が週末も忙しいことを理由に私の仕事です。
女手では芝刈り機は重く、ちょっと肌寒い日に行っても、汗の雫が垂れるような重労働です(ちょっと盛ってます)。
私にはかなりの力仕事ですが、時々「おばあちゃん」のようなアメリカ人が庭先で軽々と芝刈りをしているのを見かけます。
私が想像する、「私の芝刈りをするの図」は「重労働にあえぐ炭鉱の児童労働者」ですが、
端から見ると意外に軽々と見えるのかもしれません。
とはいえ、ご近所の80%くらいはやはり男性が芝刈りをしていますね。
さて、「芝刈り」と申していますが、実際のところ、我が家の庭に芝はほぼなく、
芝もどきの雑草と、タンポポが幅を利かせております。
芝もどきの雑草は遠目ではわからず、「隣の芝生は青い」状態で特段支障はないのですが、
タンポポは目にも鮮やかでございます。
そして、タンポポ畑は「手入れされていない庭」の象徴。
庭にお金をかけていない、手入れをしない、だらしない家庭でございます。
日本人視点ではかわいいタンポポなのですが、ご近所から白い眼を向けられるのは、
ビビり日本人としては耐え難いもの。
ということで、入居当初は狂ったようにタンポポを引き抜いていたのですが(いろんなグッズあり)、
早々に諦めました。
入居後初の春に、大家さんにタンポポ問題について相談したら、
うーん、まあお隣があの状態じゃね、と隣家のインド人のタンポポ畑を見やり、そっと耳打ちをしてくれました。
なので、「免罪符」を得たつもりではあります。
が、反対側のお隣さんはタンポポ一つない、綺麗な芝を維持していますので、
あまりそちらには迷惑をかけないよう、そちら側には、ちょびっと気を遣っています。
除草剤も当初は嫌悪感があり、使いませんでしたが、ついにお世話になりました。
が、致死率30%くらいしかないように思います。
しかも息絶えながら、しっかり種をつけるまでに成長してから朽ち果てていきます。
きっと、怨念が込められた種は、来シーズンには除草剤への耐性を持って芽をだすことでしょう。
そして、タンポポ様恐るべし。
憐みと憎しみを込めて、重い重い芝刈り機で蹂躙しているのですが、
半分以上は芝刈り機の刃をすり抜けてしまうのです。
タンポポは低い位置に花をつけます。
そのタンポポが急に首を伸ばすときはいつでしょう。
そう、綿毛になり、種を飛ばすとき。
芝刈り機で首をちょん切れるのはその時です。
嗚呼、その時ではもう遅いのです。
種としての役目を果たし終えた後ですものね。
芝刈りとともに飛び立つ何百もの種はまた来年芽をだすことでしょう。
タンポポの高笑いが今にも聞こえてきそうです。
ええ、あなたに素手で闘いを挑もうとした私が間違っておりました、
と頭を地面に擦り付けて謝りたいところです。
ちなみに、タンポポとの闘いに勝利しているお隣さんなどの綺麗なおうちはどのような武器で闘いを挑んでいるのか、
と言いますと、
除草剤に次ぐ除草剤、
栄養剤
そして芝の種、
スプリンクラー
というところでしょうか。
芝の維持はとても大変で、その手のプロがよく営業にきます。
一度見積をしてもらったら、年間600ドル(6万円)くらい。
除草剤、栄養、芝の種、そして、芝が育つように空気を入れたりしてくれるそう。
ちなみに芝刈りの金額は含まれていません。
でも、自分で除草剤や種などをそろえても、似たような金額がかかります。
そして、到底1年やそこらでは雑草に勝てません。
数年たってようやく少しは誇れる芝になるそうな。
我が家の致死率の低い除草剤を思うと、各家庭で使用されている除草剤の量、
鳥肌ものです。地下水もさぞかし汚染されているでしょう。
そないにタンポポを恨まなくてもよいように思いますがね。
おそらく年々強くなっているタンポポ。
タンポポ様の恨みは巡り巡って人に返ってきそうな気がするのでした。
玄関前のタンポポ畑。手前に息絶え絶えのタンポポ様たち。奥の隣家の植込み付近には一切タンポポがありません。
