生きるのが悲しい理由のひとつに、実家の汚さがあります。
客間は一見整っていますが、家族だけの部屋は汚くて仕方ない。
拭き掃除はここ何年もしていないようで汚れが蓄積されており、私が帰省時に掃除をしても、さほど綺麗になりません。
ダイニングは、食事中に床に何かこぼしても拾いませんし、食後の台拭きもしないため調味料のベタベタやら垂れた味噌汁がそのまま。その上で新聞や本を広げたりしています。母は時々床に寝そべってウトウトしています。
物も多く、親子の寝室の床にはペンやら、本やら、何かしら落ちているのが日常でした。庭から取り込んだ洗濯物は2階のたんすに入れる途中で階段の端に積まれていき、ペットが粗相していないか臭いを嗅いでから発掘して使っていました。
でも、他の世界を知らない子供の頃は、不便を感じながらもそれが当たり前でした。
清潔を保つ習慣が無いんです。
母は社会人経験がなく、ずっと専業主婦でした。
ですが家事の才能はほぼありません。
祖母が同じような人なので、掃除や家事の仕方を学ぶ事が出来なかったのだと思います。
母は祖母の生活の仕方を汚い汚いといつもグチグチ言っています。
私が「お母さんも同じだよ」と言えば、『うちは汚くない。そんなこと言われて悲しい』の被害者意識。
出産の時に里帰りは絶対にしたくありませんでした。
友人には里帰りを強く勧められましたが、それは精神的にも物理的にもサポートしてもらえる環境があるからこそ。私は物流の発展に感謝しながら夫と共に出産と産後を乗り切りました。
産後、子供のベビーベッドを含め3人で同じ部屋で寝ていた日々は絶賛睡眠不足でしたが、「あぁ、ここが私の家族なんだ」と実感できました。
母が反面教師となり私は自分を追い込むように完璧主義になっています。
誰も求めていないのは分かってはいます。ですが、完璧にこなせない自分に対して勝手に自己否定が進んで行く。
昔よりはだいぶ自分に甘くできるようにはなりましたが、いつか心の底から「生きるのが楽だ!」と思える日が来るのかな…