精神障害者に対する、日本の法律を学ぼう⑥ | ティル・ナ・ノーグ Tir na n-Og
精神保健福祉法の中で条文が多いトップ3に、今回説明を加える第19条があります。「第4章 精神保健指定医、登録研修機関、精神科病院及び精神科救急医療体制」以下第1節~第4節までほぼ全てを第19条で説明しています。字数的には約7000文字。長い
これまで章ごとに解説をしてきましたが、これらをいっぺんに載せるとなると私のキャパを超えますので、おとなしく節ごとに分けて解説します。それでも今回取り上げる「精神保健指定医制度」だけで全4節の35%くらいは量があるので、図を使います。逃げじゃないです(笑)

さて、前置きはこのくらいで第1節へ入りましょう。
「精神保健指定医(以下、指定医)」──そう、精神医療審査会の医療委員として出てきた単語です。この指定医は本法第22条以降に出てくる様々な入院形態と大きく絡んでくるので、此度の説明ではなかなか解釈がし辛いかと思います。
そのためごく簡単にですが、下記に本法に規定される入院形態を示します。

精神科病院入院形態


これが全ての入院形態です。より緊急性の高いものを下段にして並び替えました。このように5つ全ての入院形態に対して判定事務があり、その重要性がうかがえます。宇都宮病院事件以来、精神科医療における入院患者の人権確保の重要性は云われ続けてきてはおりますが、治療を行う上で患者を制限しなければ医療に支障の出る恐れがある場合がある為、患者の保護と制限は紙一重です。そのため一定の資格(精神科実務経験と研修を修了し、厚生労働大臣から指定を受けること)を有する医師がその必要性を判断しなければなりません。なお、本法第18条にはその指定を受ける要件として以下が挙げられています。指定を受けようとする者は①~④まで全ての要件を満たさなければなりません。

精神保健指定医要件

指定医はこのような入院に関する事項に幅広い職務を負っています。つぎは入院形態に拘らず、指定医の職務全般をみてみましょう。大別すると、勤務している精神科病院で行う『一般的職務』と、行政の適正な執行を図る『公務員としての職務』の2つがあります。

クローバー一般的な職務クローバー
患者の人権に配慮しつつ必要かつ適切な精神科医療を確保するために、精神科病院等の臨床現場でおこなう医療保護入院等の入院や一定の行動制限の要否を医学的に判定することです。その具体的な職務は本法第19条の4第一項に規定されています。

指定医一般的職務


クローバー公務員としての職務クローバー
厚生労働大臣及び都道府県知事が行政権限として行う措置入院を行うに当たっての判断や精神科病院への立入検査及び対象者となる患者の診察などを行うことです。この場合は「公務員(非常勤国家・地方公務員)」としての職務となります。その具体的な職務は本法第19条の4第二項に規定されています。

指定医公務的職務

これで一通りの指定医の大筋の役割を説明し終えたかと思いますので、ここからまだ長いですが、条文をみていくことにしましょう。図の方が咀嚼しやすい場合が多いので、重複する部分は割愛し、行政の背景があるものについてはもう少し解説を加えます。

第4章・第1節 精神保健指定医(第18条~第19条の6)


(精神保健指定医)
第18条  厚生労働大臣は、その申請(※1)に基づき、次に該当する医師のうち第19条の4に規定する職務を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者を、精神保健指定医(以下「指定医」という。)に指定(※2)する。
一  五年以上診断又は治療に従事した経験(※3)を有すること。
二  三年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験(※3)を有すること。
三  厚生労働大臣が定める精神障害につき厚生労働大臣が定める程度の診断又は治療に従事した経験を有すること。
四  厚生労働大臣の登録を受けた者(※4)が厚生労働省令で定めるところにより行う研修(※5)(申請前一年以内に行われたものに限る。)の課程を修了していること。
 厚生労働大臣は、前項の規定にかかわらず、第19条の2第一項又は第二項の規定により指定医の指定を取り消された後五年を経過していない者その他指定医として著しく不適当と認められる者については、前項の指定をしないことができる。
 厚生労働大臣は、第一項第三号に規定する精神障害及びその診断又は治療に従事した経験の程度を定めようとするとき、同項の規定により指定医の指定をしようとするとき又は前項の規定により指定医の指定をしないものとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない。

(指定後の研修)
第19条  指定医は、五の年度(※6)(毎年4月1日から翌年3月31日までをいう。以下この条において同じ。)ごとに厚生労働大臣が定める年度において、厚生労働大臣の登録を受けた者が厚生労働省令で定めるところにより行う研修を受けなければならない。
 前条第一項の規定による指定は、当該指定を受けた者が前項に規定する研修を受けなかつたときは、当該研修を受けるべき年度の終了の日にその効力を失う(※7)。ただし、当該研修を受けなかつたことにつき厚生労働省令で定めるやむを得ない理由(※8)が存すると厚生労働大臣が認めたときは、この限りでない。

(指定の取消し等)
第19条の3  指定医がその医師免許を取り消され、又は期間を定めて医業の停止を命ぜられたときは、厚生労働大臣は、その指定を取り消さなければならない。
 指定医がこの法律若しくはこの法律に基づく命令に違反したとき又はその職務に関し著しく不当な行為を行つたときその他指定医として著しく不適当と認められるときは、厚生労働大臣は、その指定を取り消し、又は期間を定めてその職務の停止(※9)を命ずることができる。
 厚生労働大臣は、前項の規定による処分をしようとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない。
 都道府県知事は、指定医について第二項に該当すると思料するときは、その旨を厚生労働大臣に通知することができる。

第19条の4  削除

(※1)申請
所定の申請書に、履歴書、医師免許の写し、精神科実務経験を証する書面(実務経験証明書・ケースレポート)、研修修了書、写真を添えて、住所地の都道府県知事(政令指定都市の市長)を経由して厚生労働大臣に提出しなければなりません。

(※2)指定厚生労働大臣による精神保健指定医の「指定」とは、その者が本法第18条第一項第一号から第四号までに列挙されている要件を満たしていること、その職務を行うのに必要な知識及び技能を有していることを公に示す行為であり、学問上は「確認行為」として法的性格を有するものと解されます。
「指定」を受けた者には、精神保健指定医証が交付されます。

(※3)経験自ら精神障害者の診断・治療に当たるなかで、患者の人権を確保し、個人としての尊厳に配慮した医療を行うのに必要な精神科医療の実務を3年以上の期間内に経験するとともに、これとは別に、医師として必要な基礎的な知識及び技能を習得していることが必要不可欠な医学的基盤になります。
例えば臨床研修の期間として求められている2年以上の間に、疾病の診断及び治療技術の習得及び向上、患者に接する態度の習得に努めること等も経験することが必要であるとして、5年以上の医療実務経験が指定の要件とされたものです。

(※4)登録を受けた者「研修」は、厚生労働大臣の登録を受けた者が行うこととされており、現在は社団法人日本精神科病院会社団法人全国自治体病院協議会(JMHA)および日本総合病院精神医学会(JSGHP)が登録されています。

(※5)研修患者本人の意思に基づかない入院や著しい行動制限に係る判断を行う指定医として必要な、患者の人権に関する知識等を習得することを目的としています。そのため関連法制度、最近の精神医学の動向、精神障害者の社会復帰及び精神障害者福祉の動向や、精神障害者・精神科病院に関する不祥事件等、近時の精神保健をめぐる問題やケーススタディ等についての十分な研鑽を積むことができる研修を、集中的に実施することとされています。

(※6)五の年度患者本人の意思に基づかない入院、著しい行動制限に係る判断を行う指定医については、精神医学の進歩や精神障害者の人権擁護に関する制度の変化、精神保健福祉・精神科医療を取り巻く状況の変化に対応して、常時求められている適正かつ十分な精神科医療の知識と患者の人権に対する配慮を十分に備えていることが必要であり、指定後五年ごとの研修受講を義務付けしたものです。

(※7)効力を失う研修を受講しなかった場合の失効の規定が設けられたことに伴い、規則により定められている精神保健指定医証の様式には有効期限を記入する欄が設けられました。
この有効期限は、次回の研修を受講すべき年度の末日とされており、指定医証の更新(五年後の有効期限を記載した新たな指定医証の交付)を受けるか、あるいは、受講できなかったやむを得ない理由があることについての厚生労働大臣の承認を得て、有効期限が延長された指定医証の交付を受けるかしなければ、記載された有効期限の到来とともに、指定医の指定の効力が失われることになります。

(※8)やむを得ない理由
研修を受けるべき年度において実施される、いずれの研修も受けることができないことについて、災害、傷病、長期の海外渡航その他の事由があること、とされています。

(※9)指定の取り消しと職務の停止
指定医は、精神科医療の特殊性に鑑み、患者の人権確保を一層図る観点から設けられた制度であることから、指定医として著しく不適当と認められたときには、厚生労働省の医道審議会の意見に基づいて、指定の取消し又は期間を定めてその職務の停止を命ずることができます。
「期間を定めてその職務の停止」とは平成11年改正において加えられたものです。「指定の取り消し」については、平成9年に提出された参考資料として以下のような具体例があります。
・不当に高額の診療報酬を要求した場合
・診療義務違反を反復した場合
・指定医の職務に関し、刑法上の罪(暴力行為など)に科せられた場合
・入院患者が違法な処遇を受けている(不当な身体拘束など)ことを知りながら解除しなかった場合
・薬物中毒症等により、指定医の職務を継続することが困難であることが明白な場合

(職務)
第19条の4  指定医は、第22条の4第三項及び第29条の5の規定により入院を継続する必要があるかどうかの判定、第33条第一項及び第33条の4第一項の規定による入院を必要とするかどうか及び第22条の3の規定による入院が行われる状態にないかどうかの判定、第36条第三項に規定する行動の制限を必要とするかどうかの判定、第38条の2第一項(同条第二項において準用する場合を含む。)に規定する報告事項に係る入院中の者の診察並びに第40条の規定により一時退院させて経過を見ることが適当かどうかの判定の職務を行う。
 指定医は、前項に規定する職務(※10)のほか、公務員として、次に掲げる職務(※10)を行う。
一  第29条第一項及び第29条の2第一項の規定による入院を必要とするかどうかの判定
二  第29条の2の2第三項(第34条第四項において準用する場合を含む。)に規定する行動の制限を必要とするかどうかの判定
三  第29条の4第二項の規定により入院を継続する必要があるかどうかの判定
四  第34条第一項及び第三項の規定による移送を必要とするかどうかの判定
五  第38条の3第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)及び第38条の5第四項の規定による診察
六  第38条の6第一項の規定による立入検査、質問及び診察
七  第38条の7第二項の規定により入院を継続する必要があるかどうかの判定
八  第45条の2第四項の規定による診察
 指定医は、その勤務する医療施設の業務に支障がある場合その他やむを得ない理由がある場合を除き、前項各号に掲げる職務を行うよう都道府県知事から求めがあつた場合には、これに応じなければならない。

(診療録の記載義務)
第19条の4の二  指定医は、前条第一項に規定する職務を行つたときは、遅滞なく、当該指定医の氏名その他厚生労働省令で定める事項を診療録に記載しなければならない。

(指定医の必置)
第十九条の5  第29条第一項、第29条の2第一項、第33条第一項、第二項若しくは第四項又は第33条の4第一項若しくは第二項の規定により精神障害者を入院させている精神科病院(※11)(精神科病院以外の病院で精神病室が設けられているものを含む。第19条の10を除き、以下同じ。)の管理者は、厚生労働省令で定めるところにより、その精神科病院に常時勤務する指定医(※12)(第19条の2第二項の規定によりその職務を停止されている者を除く。第53条第一項を除き、以下同じ。)を置かなければならない。

(政令及び省令への委任)
第19条の6  この法律に規定するもののほか、指定医の指定に関して必要な事項は政令で、第18条第一項第四号及び第19条第一項の規定による研修に関して必要な事項は厚生労働省令で定める。

(※10)第19条の4および同条その4第二項に規定される職務
本法各条文に規定されている事務を行うことで、「一般的職務」「公務員による職務」のことです。詳しくは前述の図を参考にされたし。

(※11)各条文の規定により精神障害者を入院させている精神科病院つまり、措置入院、緊急措置入院、医療保護入院又は応急入院を行う精神科病院のことです。これらの入院を行う精神科病院には、常勤の精神保健指定医を必置しなければなりません。ただし任意入院のみを行う精神科病院については、精神保健指定医の職務が想定されないため、必置義務を免れます。また、本法では「精神科病院」の定義を設けていませんが、総合病院等の他科の病床を備えている施設に精神病室が設けられている場合、その病院の管理者は公私立問わずして本条の適用を受けます。

(※12)常時勤務する指定医
一日に8時間以上且つ、一週間に4日以上当該精神科病院において精神障害の診断又は治療に従事する者とされています。