解脱でもしてなければ、そういう事や、ものって誰にでもあると思います。
嫌いということは、その対象に関して何かしらの強い感情を持っている為、
ずっと、それに意識を向けていることになります

それは、自分の納得する常識の範囲内であるべき、
という思い込みであったり、
それは、自分は必要ないのだから、やってはいけない、
という誤解であったりします

人は、自分が心地よい環境

生命維持優先なのは、生きるものの当然の権利です。
その為に、自分以外の人にも、自分が安心安全だと思うものを求めてしまいます。
誰も悪くありませんが、その考えを制御しなければ、
悪い結果が起こり続けます

差別や偏見といった、生きるのに必要のない価値観の衝突。
年功序列、男尊女卑、女尊男卑といった、勝者と敗者の構図形成。
同じような考え、近い考え、共感や一般化、といった異なるものへの不理解の助長。
自分が生きている間に、すべてに答えを出そうとする利己主義。
自分が愚かだと感じる相手がいるのなら、
自分の愚かさに焦点を当ててみたほうが、状況は改善出来ます。
自分が嫌だと感じる対象があるのなら、
目を逸らすのも手ですが、無関心は成長を止めてくれます。
成長を望むのであれば、何故嫌なのかを突き詰めてみるのも手です。
あまり根を詰め過ぎても、周りの歩幅に合わせられなくなるので、
誰かと会話を楽しめる程度の進捗で、理解するのが丁度良いと思います。
人一人に与えられている時間も、限られていますからね。
(´ー`)ノ゛旦~~ ヾ(´∀`)










日本は差別問題とは無縁、を装っている方々がまだまだいるのですが、
今後ますます関心が高まっていくのは、自明の理ですよね。
今迄、隠す事が美徳として語られていた時代がありました。
耐えること、汚点は無かったことにすること、恥をかかないこと、
その臨界点とでもいう結果が、近年の出来事の数々なのかなと得心致します。
今後、開示することが美徳として語られる時代が始まっています。
問題について声を上げること、改善に取り組むこと、新たなことに挑戦すること、
その果てには、何が待っているのか行き着くまで分かりません。
また同じ事を繰り返すのかもしれませんし、
あらゆることが、より良く変化していくのかもしれません。
人の寿命も、星の寿命も、宇宙の寿命も、
いつか途絶えるのであれば、
何を残せるのだろう、何を繋いでいけるのだろう、
深い洞察を得た人々が、どんどん増えて来る気配を感じます。
ずっと前から、女性

やっと社会と男性達が重い腰を上げて動き出してきました。
まずは、不理解や達観を止め、よく知る事を始めたいと思います。
人口減少に歯止めが必要かは、
テクノロジーの進歩にも掛かっていますが、
せめて、夢のある世界

毛嫌いをそのままにするか、
そのエネルギー

好きなように選べば良いんでないかな。
そんな事に思いを馳せた日曜の昼下がり。
今日読んだコラムや記事は、こんな感じ↓
「長続きするカップル」
(参照元:NEVER まとめ)
「わが子を手放す母親に「母性」はないのか。」
「どんな唇も美しい。それを証明する21枚の写真」
「男性は知らない。すべての女性がやっていることを。」
「結婚が長続きするカップルが、毎日している12のこと」
(参照元:ハフィントンポスト)
「偏見×差別×思い込み?」
(参照元:8年前の自分)
あとね~、女性の笑顔

気づいてない子が多いから、男目線で言わせてもらうと、
満面の笑みだけで、一日浮かれてしまえる。
♪~(´ー`)人(’ー’)~♪
笑って笑って~、
めっちゃ好っきやね~ん
