わかったー!その③ | ♪よこしま☆ちゃんの日常♪

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~ ま~ちゃんといっしょ ~

他にも、初めて国際会議にフルペーパーで通ったころ(投稿した論文全部発表採録に値すると評価されるのは名誉な事で、業績に特筆できます。)、

 

私が英語話せないので、同行したくなかった教授は、私の共著者(同期だけど修士も博士も早期修了して当時すでに助教)に、国際会議への同行を支持しました。

 

彼はめっちゃくちゃ海外に行き慣れているし自立しているので、あまりサポートをしてくれませんwどちらかというと放置気味w(どんなに離れている海外に1週間ほど行くとしてもリュック一つしか荷物持ちませんw)

 

それでもまあ、うるさい(学生にとって指導教官はうっとおしいというかコワイというか相手をしてさしあげないといけないというか)人が同行しないので、ちょっと開放的でした。

 

また現地では日本で同じコミュニティの若手の研究者さんがいっぱいいらしたので、そこで「国際会議初めてです。よろしくお願いします。」とあいさつすると、司会されていたりする研究者さん(先生)は現地でサポートしてくださいました。ウェルカムな空気を作ってくれました。

 

で!!!!

 

前に書いたけど、この共著者と一緒に仕事するようになって、指導教官(研究室の教授を指します。改めて書くとw)、と私の別の同期が、私と共著者の仲があやしいんじゃないか、と思い出したのです。

 

これはあとで知ることになりました。

 

あるとき教授室に呼ばれて「〇〇君もまだ若いし、あなたもまだ学生だし、これからなんだし。。。。」って。

 

は?????

 

何が???

 

なんのこと???

 

へ????

 

でした。。。。

 

あのー。。。。同期でもはや先輩というか先生(助教)だけど、えっと、、、、歳でいったら13個下ですよ、彼。

 

それに、私はいつだって、職場には仕事しにいきますし、大学院には研究をしに行きます。

 

職場恋愛とか学校で恋愛とか、そんな器用なことできないし、そもそも幼子二人抱えて一念発起して余裕がなさすぎるのに、将来有望な若い学生さんをそんな対象でみたことありません!!!!


なにを言ってはるのかまったく理解できない。。。

 

とポカーンとして、研究室に戻ると、同期もそのような話をしました。

 

(教授もこいつも(頭はいいかもしれないが、根が幼稚で意地悪なヤツw)なにを言ってるんだ???)

 

なんのこと????

 

事実としてそんなことないからまーったく解らない。。。。

 

は???? としか反応できない。。。。

 

鬱が酷いのではいか、と教授室に呼ばれたときも(当時は拒食になってしまっていたようで(本人自覚無し、寝食忘れて邁進。。。していたらガリガリになってしまっていたようで、久しぶりにお会いしたOBたちをビビらせてしまった💦)、

 

「僕の知り合いの奥さんが鬱になってね。。。」と始まりました。

 

はあ・・・・

 

その会話のあと、年明けてセミナー室に入ったら、、、、、違和感が、、、、、

 

先生指輪つけてる!!!!!!!!

 

ここに来て久しいけど初めて見た!!!!!!

 

なんでなんで????お正月に何があったんですか????で、「もしかして、僕の知り合いじゃなくて、先生???」って思いました。

 

他の大学はよくしりませんが、教授に関しては、留学生の住居の保証人になることがよくあります。

 

私もなってもらいました。

 

貸す方も国内の保証人でないと、という大家さんがほとんど。(当時)

 

で、留学先の受け入れ教授だと、話がすーっと進むんです。

 

で、こっちの都合で申し訳ないですし、失礼だけど、教授の収入証明を出してもらわないといけなくて、ちょっと急がせてしまいました。

 

きっと奥様に頼んだんだと思います。あるいは先生ご自身が御取りになったかもですが、何に使うのか、おっしゃったのかと。。。。

 

私は、修士は国立の女子大を修了していて、それで京大に来ました。

 

もしかすると、どう聞かれたか分かりませんが、教員の立場を利用して、女子学生(しかも社会人経験だから教授と学生さんとちょうど中間くらいの年齢)と。。。。ってそれこそ邪なお気持ちを持たれたのかもしれません。

 

当時、私はそんなことこれっぽっちも想像していませんでしたが、そう考えることで辻褄が合いすぎる事象がいっぱいあったのです。

 

現に、この研究室から、女子の日本人の博士はたったひとりも出ませんでした。後輩の台湾からの留学生のあの子は学位とったんかな。。。。その後知りません。。。

 

そのころ、先生のご両親がご高齢で施設にはいるとか入らないとかで、休憩時間に頻繁にご家族と(たぶん奥様)電話しておられました。

 

もともと先生は特にお父様とうまくいっていないらしく、お亡くなりになったあと、あるとき帰るのに駅までご一緒した際に話してくださいました。当時は介護休暇の概念があったかどうか、ですが、教授としては取れなかったのだと思います。あるいは、家のゴタゴタを奥様に任せて職場にいかなくちゃ、というか行ったというか、とにかくまあ、休憩というか時間があると、お電話されていました。。。

 

公私混同をいっぱいされました💦と書きたかったのです💦

 

というわけで、今回、自治会長からの強要やもしかすると傷害された事案に遭遇して、似たような人、どこにでもいるんだなあ、、、(それでも教授が似ているとは思いもしませんでしたが💦)ときっかけに、当時???????のまま、ただただ現実に翻弄されて鬱になって、、、だったけど、

 

ここにきて、いろんなことが解明されてきて、、、、、って変に晴れやかな部分もあります。

 

それをブログに書きたかったのでした。。。

 

(ちょっと長い時間ネットしちゃいました。。。しんどくなったので、頓服で休みます・・・)

 

追伸:会長さんは相変わらず他の役員さんから見ても不可解な言動ばかりだそうです。。。💦