何故かなあ、って思っていました。
娘も先日なって、自分で自分の体の不思議な出現症状に驚きおののき、とてもこころが苦しそうでした。
今朝、私がまたなって(数日に及ぶこともあります)、確信しました。
就寝中も他の事に気を逸らしている時も、潜在的に気にしている事がトレードオフやダブルバインド、あるいは世間的に評判となる事の場合、
自分の身体の状態を無視して無理してそれを選ぼうとしている意識を、深いこころが「本当にそれでいいの?自分に無理、無茶していない?」と問うて、その問いと自分がずっと闘っているんですよね。
その結果どうやらふくらはぎが硬直する、という身体症状になるようです。
起きてからも、ふくらはぎは、硬直したままです。
だから、とっても痛いし歩きにくいwww
これがふくらはぎ硬直の私と娘の真実。
今日、学会の御誘いを見送る事になりました。
自分の居どころたったし、誘ってくださった人は、同じ京大でポスドクだった人。
障害者に対しても、音楽が素敵な効果を及ぼしている事など、の研究は発表され、
私自身が、合唱でこころがけていたこと、医学的な回復に向けた理学療法の一部の立ち位置が確認できる事などから、
武庫川女子大に向かうつもりでした。
けれど、現実は、身体が電車に長く乗れる状態に無い可能性がかなり高い。
日曜日ともなると、とても多くの人の往来が、京都駅や梅田駅を経由することから考えられる。
だからこそ、ネットで、情報をシェアしてもらうとか、あるいはスカイプ参加とか、
先日の情報処理学会の音楽科学研究会のように、ニコ生で配信していただけると、
本当に助かる。
私がそもそも情報(科)学を志したのは、
先日亡くなられた物理学者のホーキング博士の姿を見たからです。
若くして、ALSを発症されていたので、私は子どもの頃には先生の車いすに乗ったお姿、
眼球以外は動かす事が出来ないお姿をみていました。
その時に意思伝達の補助機能として先生を助けていたのがPCです。
IBMのものでした。
先生の瞳孔の動きをトラッキングして、テキスト入力できる機能を備えたPCを先生の御顔の前に設置して、
先生はそれを使いこなしていました。
脳死を除いて、一般的には心臓はとまっても、脳は最後まで生きている(音が残る)のだから、
先生の意図や意志や、瞳孔の動きを経由して、アウトプットできるんだ!
と子どもの頃に知り、そっちの方向に考えたかったからです。
残念ながら障害者へのPCやコンテンツをを駆使する研究にはご縁がありませんでしたが、
自分のご縁から、利活用出来そうな知識や捉え方や感性は、大切にしてきたつもりです。
だからこそ、今の私の障害と二次疾患と生活基盤のもろさからくる身体を無視する行動は、
本末転倒だと、深層意識が私を「家族の立て直しのためにとん挫した研究活動とまたご縁がつなげるかも」とか、
「実は、実力が伴わなくて、おいてけぼりになった事から目を逸らして、状況が整えば再起できるとしていないか」と、
問うたのだと思います。
結果は、安定剤を飲んでいないにもかかわらず、深層部で脳疲労を起こして、身体に機能せよ、という単純命令が発動せず、
身体がまた泥のように動かない状態。
電気でいうところの、ショートした状態になったのだと思います。
そういうわけで、いくらおいしい話でも、まずは現実を受け止め、
今の自分の等身大で実現できる小さな事以外は、
強烈に御誘いを頂いても、どんなにおいしくても、儲け話でも、
withdrawするという判断が最適だ、と判断でき、
実際にその通りに行動できたので、
それこそよこしまな考え、もしかしたらそれは、一般的には欲というのかもしれませんが、
放棄出来た自分に違和感が強いですが、
「よくできました」と言ってあげたいです。
ただ、昔から、自分をほめたことがないのでwww、
実際に出来るには、時間がかかるかと思いますwww
今は、バッハのクリオラを聴いていますが、
エディタに向き合っている間は、
これまでのように音に気が行っていません。
ちょとずつちょっとずつ、戻っていくのだと思います。
※今日は風が爽やかで、お洗濯ものが素敵に乾きそうでとっても幸せです。
風に家族のものがヒラヒラしているの、ってなんだかしあわせなんです。※