昨夜の予期不安発作に始まり、早朝から胃腸の痙攣が始まりました。
前のブログに書いた通り、心身疲労がある臨界に達すると、過度の緊張が私を襲います。
二つのストレスが脳下垂体に影響を及ぼし(ストレスは脳下垂体に向かうんですよ。それで色んな症状が出ます。)、
どうにもいかなくなりました。
今日は午後から謝恩会の予定でした。私は博士単位取得認定修了(退学)という立場です。
ちょっとややこしいので説明します。一般的に博士課程は3年制です。ただし京都大学の私が所属している研究科の規定で、
最初の2年~2年半のうちに、教授会で認定されるだけの実績が無いと、博士論文を執筆する可能性すらないだろう、
ということで、退学勧告を受けます。これは皆さんが知っている退学と同じ意味です。で、
そのためには中間諮問会というのを受けるんですが、書いてじの如く諮問会ですし、上に記したとおりの意味がある諮問会なので、
専攻じゅうの教授陣が判定会議をするのです。私はこれにはパスしました。そう例の2週間完全徹夜の末の資格獲得でした。
で、そのあと短ければ最短半年で博士論文を執筆します。ここで勘違いしていただきたくないのは、
博士課程の学生は研究室のスタッフも兼ねているんです。いつか自分が研究室を持つ時の運営方法や、
学校の規則、そして会議に投稿された論文の査読委員になるので、ありとあらゆる仕事をしながら、
博士論文を書き、事前審査でこれまたこてんぱんにされ、何度も書き直し、それで公聴会で一時間発表し、30分の質疑応答を経て、
そうして最終審査がそこで行われ、そこで博士号が授与されるか決まります。
で、これまたここで、就職活動を並行して行っておく必要があります。
私は中間諮問会のあたりで、子どもの集団イジメに気付きました。ひとり親でそこまで頑張っているなら、と、親戚がしてくれそうなもんですが、
私の親戚は単純にヤキモチ妬きで、裏側のこの事なんて知りませんから(知ろうとするなら入らせてくれるから来て、その目で見てくれ!というのに、それは委縮して誰も来なくて、悪口だけ、ヘルプもなくいっぱいだったんです・・・。)
で、全てを止めざるを得ませんでした。
履歴書を書くと、仰々しくなってしまいます。学士以上の履歴を書かなくてもいいんじゃないか、
と言ってくれる人もいます。けれど、以前神戸市の職員採用試験の際、
高卒以上の人が採用申し込みラインだったのに、自分が優先的に採用されたい大学卒の人が、
学歴を隠ぺいしたんですね。それが事件になって、それは私文書偽造だという判決が出て、
隠ぺいして働いた人は全て解雇となった事件があります。それ故、指導教官に相談しても、
「それはしてはイケマセン」ということになり、別段博士課程を途中まで言っているとはいえ、
コミュニケーションがこれまで全く成り立たなかった事はないし、
万が一、無い事があるとすれば、自閉的な人や、学歴に対してきっと親の金で楽して通っているだろうと決めつける偏見のある人と関わってしまった場合は、
本当に辛辣な言動で面接という形の中で、高圧的な言葉をいっぱい受けます。
面白くないんですね、自分より履歴書の行数が多いとか、自分より語彙が多いという何かが。
学術界では志半ば、世間に出ても思い込みの偏見。
・・・私は確かに勉学は嫌いではありません。好きかと言われるとそうでもないですけれど、
それくらいしか出来るものがないので、やっているうちに、多少は解って来るという意味です。
言い方を変えると解るまで諦めない、という意味で、です。けれど、
誰が決めたか知らない「普通」や「ステレオタイプ」ではないようなので、
それで行きにくいんです。
一時期、法科大学院が乱立しましたよね。国の方針です。私の入学した時も博士課程の学生をおおく輩出しよう、という国の方針がありました。
それ故膨大な予算が付き、その為の教官や建物が用意されました。
入学した人もたくさんいました。昔、悔しい思いをした人が、再起をかけ、奨学制度を利用できるようにし、
人に貢献する夢やその準備のために入学した働き盛りの人がどれくらいいたでしょう。
なのに・・・途中から雲行きが怪しくなりました。
リーマンショックかもしれません。他の要因かもしれません。
蓋を開けてみれば、法科大学院は出たけれども、弁護士資格がありながら、あるいは資格取得直前で、
放りだされた人が沢山出てしまいました。博士学生も同じです。
国を信じて、国が予算を強引につけて先生達の仕事にして、その結果、こうなった。
責任は・・・自己責任にされています。
それでみんなじくちたる想いで生きているのです。
国の制度、って何でしょうね。
結果として騙された私が、バカなんでしょうね。でも、
良識ある市民という意味では、私はみなさんと何ら変わりないので、
正直者がバカをみる世の中、って・・・どう思われますか?
私には、もう、何かの回答を捻出する力が残っていません。
メディアに出てしまったのだって、勝手にテレビ局や新聞社が、たった一枚協力した写真を採用して、
翌日、プロジェクトリーダが掲載されるはずだった紙面に私が乗ってしまっていました。
テレビも流れている間、すっぱ抜かれていました。個人が確定されてはいけないので、斜め背後からズームで撮られていたので、
全く気付かなかったし、放送されのを研究室でみたら、またたく間にプロジェクトリーダの顔が鬼のようになっていました。
それで居づらくなってしまったんです。私編集会議に入れる訳無いじゃん!!!!
どんな情報をどう流したら、その後の被写体になった普通の市民がどんな使いを受ける可能性があるのかも含めて、
報道の素材の選別や、採用の仕方を、しっかりデザインして欲しかった・・・。
あれ以来、私は、被写体になる事を酷く嫌うようになりました。
ま、それまでも容姿を侮蔑する親だったので、あまり好きでは無かったですけれど、
逃げるくらいになってしまいました。
私はメディアに出るために研究の道に進んだんじゃありません。
子ども達を育てるために自立が最優先だったからです。
親も親戚も誰も疎外する人間が、ひとりで子ども二人も育てていこうと思ったら、
それくらいの棘の道を進む以外に無かった・・・。けれど、
本当にとんだ邪魔が入ったもんです。中間諮問を経て、後は博士論文の執筆に入ろうとした、
そんなタイミングで土足で色んな人に入られました。
そんな事があるので、事情の許す学生には、先生は、邪魔が入らないように、
アメリカの大学に留学という表向きのプレゼントをします。
日本の雑務から解放してくれるんです。
それがお母さんには叶わない。
「そんな大切な時期なんだから、半年くらい大丈夫だから、将来のためにやってきなさい」という、
親でも親戚でも無かったです。
そう思うと、これを単なる愚痴のままで終わらせてはイケマセン。
これを教訓に、生き方を更に考える必要があるんです。
邪魔をする暇で、子ども達を預かってくれるんですね?
人の人生に何らかの形で責任を取れない人は、それがどういう事か解っている人は、
簡単に私にはアドバイス出来ません。
そんな事、とうにやっているし、それがダメだったから、堕ちているんですから。
というわけで、謝恩会には心を運びました。感謝の気持ちを。
正装ということで、二部丈の着物と袴を用意しました。年齢があるので、色無地に袋帯か、とも思いました。
けれど、子どもが今進路の難しい状況にあって、割り切って自分を着飾る事は私にはついに出来ませんでした。
まず、子どもの事が落ち付いてから、にしたいと思います。
いつか娘が二分丈と袴を着てくれるといいのですが、大きな傷が見える場所にあるので、
もしかしたらお蔵入りかもしれませんね。
羨ましかったんです・・・責任回避して、動けなくて、余り考えもせずさも自分の意見は素晴らしいと言うアドバイスをし、
それの通りにならないと子どもの様に怒れる母が。
バブルの頃には父の給料で、表千家のお茶を嗜んでいたので、それはそれは立派な着物をたんすにいっぱい持っています。
なんなら、一枚もない、私を不憫に思った父方の伯母が、私に作ってくれた色無地や訪問着や袋帯は、
私に教えてくれることなく、タンスにしまってある事が、今回発覚しました。
なんでも独り占め。なんでも独り善がり。
「昔はね、私だけ、ピアノ弾けたのよ」「私は由緒ある武家の末裔なの」といくらでも、
自分を誇示する言葉があっても、「これ似合うから買ってあげるわ」は皆無な人。
彼女は、誰の言う事もきかない。父と結婚しても。何があっても。
一番閉じているのは、母かもしれないなあ・・・。
ブログなので、母の事を書くのはどうかと思いました。けれど、事実だし、
全ての事が過干渉な彼女の基準で、私が成立はもうはるか昔から破たんをしていたんです。
だから、教授と、折角御誘いいただいた学部生の謝恩会幹部の子に、同報して、
ある程度の経緯を説明し、お詫びしました。
けれど、身体はもっていけなくとも、心は感謝の気持ちでいっぱいです、と。
こんなやりにくいオバサン学生に声をかけてくれたこと、本当に感謝していると。
ただ、もうここ10年・・・いやもっとかな・・・積年の疲れが出ているので、と。
でも、明日から、息子の進路の佳境を迎えるので、そちらを優先させてほしいと。
私は、他に代わりが居ない、子ども達の親だからです。そうひとり親。
今日も走ります。そのために、体力回復。だからひっぱられてしまう。
どんな親であれ、親は親。これだけ書いたけど、やっぱり根底では大切なんです。
ずっと片想いだけれどね。だから、困ったさんの親を持っている人に惹かれちゃう。
親に片想いしている人に惹かれちゃう。
同じ想いをしてきたんだね・・・って。年齢性別職業学歴関係なく惹かれるよ。
よこしま☆は、そんな人なんです。
今日は大学関係の用事は全部キャンセル。
理解してくれて慮ってくれるひとばかりとは限らないけど、
私は・・・かつてしてもらえなかったからこそ、やっぱり子どもには貢献したい。
彼らには私しかいないから。そうして彼らは解ってくれたから、解ってくれているから、
どうしても辛くて家事が出来ない事や、たま~の気晴らしをしても、
「ちょっと、ひなたぼっこしてくる? ひとりのほうがプレッシャーないでしょ?」って、
送りだしてくれる。
全部、断念というより、自分のベクトルをハッキリ示した、想いを添えて。
という事だと思っています。
よこしま☆