今朝のワイドショーより。
世界中でオーバーツーリズムが問題になり、特にスペイン・バルセロナを取り上げ、地元市民のための賃貸物件や食料品店が観光客相手のホテルや飲食店に改装し、一般市民は暮らしていけなくなった、という話をしていました。
観光税で直ちに外国人観光客が減少するわけではないが、税率をもっと引き上げて、潤った観光業が迷惑をこうむる市民に還元を……
という提案がなされていました(流し見だったので細部が違っていたらご容赦ください)。
いやあ、驚きました。開いた口が塞がりません。
あれほど「差別をするな!」「日本人ファーストなんてもってのほか!」と連日騒いでいるテレビが、素知らぬ顔でこの言い草。
あのぉ……テレビ局の論理に従うなら、
「観光税政策」は、まさしく
「外国人差別」
であり、
「スペイン人ファースト」
に基づくものですよね?
えっと、他国ではいいけど日本では許されないということ???
政策について、その是非を云々するつもりはありません。
観光税を引き上げてもいいし、廃止してもいい。
みんなでよく話し合って合意すればいいだけのこと。
私が指摘したいのは、
ダブルスタンダードが目に余る
ということです。
私も人間ですから、さまざまな自己矛盾を抱えて生きていますが、それでもできる限り合理的一貫性を保ちたい、と望んでいます。
何かを咎めるなら、恣意的に(自分の都合で)許したり許さなかったりではなく、いついかなる場合も普遍的にその規則を当てはめなければいけないということ。
他人に何かを禁じるなら、みずからをも率先して律さなければ、何の説得力もありません。
それは単なる「幼稚なわがまま」です。
日本でダメなら、スペインでもフランスでもイギリスでもアメリカでもロシアでも中国でも、全部「ダメ出し」しなきゃいけないのです。
「一貫性のなさ」は不信感を生みます。
そして、物事を「経済性」で判断する人々はまったく気づいていないようですが、この世界を構築しているのは決して「需要と供給」ではなく、実は「相互信頼」なのです。
「信頼」は金では買えません。一度失えば、いくら大金を積んでも、二度と買い戻すことができません。
今では既成事実となった「メディアの死」は、SNSがデマが拡散したせいではなく、自分たちがスポンサーの顔色をうかがい偏向報道を繰り返したことによって、世間の信頼を失ってしまったのが原因です。
知的に劣る人々は、極めて即物的であり、具体的な「モノ」しか理解できません。つまり、「現金・所有物」「口座残高の数字」といった「目に見えるもの」こそが人生のすべてであり、その背後に広がる実体のない「抽象的概念」を想像することすらできないのです。
私は、心理学から生じた「行動経済学」の書籍は多数読んでいますが、「経済学」自体にはまるで興味がありません。
最近よく言われる「子どものころから経済・金融について学ぶ」ことは、まったく意味がなく、時間の浪費だと考えています。
なぜなら「経済・金融」は、システムが変われば、いとも簡単にひっくり返ってしまうから。
「普遍的真理」の対極にある「場当たり的発想」の典型だからです。
大金持ちになるより「物事の真理」を少しでも垣間見たい、と思っています。
知識や教養もまた、金では買えないものです。