ちょっと前に買っておいた本。

 

その他のストック本を読み終えたので、ようやく手を付けたのですが、これが面白い!

私のブログをご愛読くださっている方なら、絶対に満足いくはず。

 

「科学の歴史」は、ある意味「不正の歴史」でもあります。

 

述べたいことは山ほどありますが、私の感想がよけいな先入観を植え付けてしまっては元も子もないので、あえて触れずにおきます。

 

以前お薦めしたノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』(これも必読の一冊!)。

この本により、さらに一歩、人間理解を深めることができたのですが、実はその中の「先行刺激」に関する箇所を読んだとき、(何かちょっと怪しいニオイがするなぁ……)と感じていたのです。

だって、実験結果があまりに「完璧」だったから。

 

(そんなにうまくいくかしら……)

 

今回の『あなたが知らない科学の真実』で、案の定、「先行刺激」のデータに捏造が潜り込んでいたと知り、「ああ、やっぱり」と思いました。うん、私の鼻も、なかなか大したものです。

 

それはともかく、『あなたが知らない~』から印象的な一文を引用しておきます。

 

「全体主義的な政府は、科学が発展する環境をつくらないという正当な懸念もある。科学には透明性が必要であり、結果より方法を重視し、イデオロギー的に中立でなければならない。これらは全体主義的な体制のもとで発展する概念ではない。」(p114)

 

はい、私の常々の主張とまったく同じことが書かれています。

つまり、

 

「言論を弾圧する全体主義的のもとでは、透明性が失われ、科学の発展が妨げられる」

 

だからこそ、政府が一方的に情報の正誤を判断し、都合の悪い情報を検閲・削除してはならないのです。

そんなことをしたら、本来我々が享受できるはずの「多大なる科学の恩恵」を失うことになります。

 

 

ところで、私があまりに「科学」や「論理」を信奉するせいで、私を「怜悧な人間」と思われる方もいるやもしれませんね。「センチメンタル」や「ロマンチシズム」をまるで理解しない(感情を持たない)「理系人間」と誤解されているかも。

 

でも、それは違います。

 

かねがね述べているように、私の出自は「バリバリの文系」であり、専攻は「近代欧米文学」。もちろん、日本の小説も読みます。

 

試しに私の書棚に並んでいる作家名を見ると

 

ドストエフスキー、メルヴィル、スタインベック、ヘミングウェイ、モーム、サン・テグジュペリ、エドガー・ポー、ラブクラフト、ディケンズ、デュマ、カフカ、カミュ、ドイル、クリスティ、オーウェル、ブラッドベリ、カード・ヴォネガット、ダニエル・キイス、カズオ・イシグロ、フォーサイス、アーサー・C・クラーク、スティーブン・キング、マイケル・クライトン、ラフカディオ・ハーン、柳田国男、山本周五郎、司馬遼太郎、星新一、筒井康隆、東野圭吾、落語全集……

 

このひと月に最近読んだ本は

 

シャロン・マグレイン『異端の統計学ベイズ』(草思社文庫)

ジョン・クラカワー『荒野へ』(集英社文庫)

宮部みゆき『よってくだんのごとし』(角川文庫)

ラテン語さん『世界はラテン語でできている』(SB新書)

 

ジャンルばらばらで、まさに「乱読」の見本。

でもね、こんな話をすると、人が信じないのですよ。

「そんなに何にでも興味を持っている人間などいるはずない!」と。

 

確かに、「現存12天守」と「徳川15代将軍」と「世界8000m級14座」と「オリンポス12神」と「古生代~中生代の地質年代」を全部暗記している一方で、『鬼滅の刃』と『ちいかわ』と『ゆるキャン』まで見ていて、すき間時間に「炭素年代測定の原理」と「世界遺産や観光地」と「難読漢字」を覚えようとする人間なんか、この世に存在するとはとても思えないでしょうね。

 

ともかく、論理一辺倒の「怜悧な男」では決してありません。むしろ人間の感情には詳しいほうなのですよ。

 

私に言わせれば、「科学」も「小説を含む芸術」も、求める答えはただ一つ。

 

人間とは何か?

 

それが知りたいから、あらゆる方面からアプローチしているわけで、私の中では何の矛盾もないのです。