「第10波煽り」の記事についたヤフコメを読むと、

 

最近コロナにかかって高熱が出るなど苦しんだ。

インフルとも全然違う。ましてや「ただの風邪」なわけがない。

やはりコロナは怖い病気。絶対にかからないほうがいい。

 

という声が目につきます。

ウソ・作り話も混じっていそうですが(なぜウソを書き込むのかは後述)、この種の声が多い最大の理由は、もはや「コロナなどどうでもいい」という圧倒的多数の(普通の)人々が、わざわざコメントを寄せないどころか、そもそも当該記事すら読んでいないからです。

その結果、「コロナ煽り」に便乗したい連中のコメントだけが掲載されるという流れ。だから、「いいね」の数が少ない少ない(笑)

逆に、別記事でワクチンに疑問を投げかけるようなコメントには、優に万を超える「いいね」がつくようです。

 

それは最近の接種率の低さからも明らかで、風向きの変化を感じ取ったメディアも「ワクチン推し」からどんどん後退しつつあります。

世界の流れを見ても、間もなく「ワクチン大薬害事件」を報道せざるを得なくなるのは確実。できるだけ「接種推進」と距離を置きたいのでしょう。もう手遅れですけど。

代わりに、「95%感染を防ぐ」はずのワクチンの話はどこへやら、マスク・消毒といった十年一日の「基本的感染対策」に逆戻り。時計を4年前に巻き戻したような感じです。

 

 

つまるところ、当ブログでさんざん指摘してきた

 

 認知的不協和

 

という心理作用がいかに強固か、という証明なのです。

 

「コロナ怖い」のコメントを書く人間は、なぜか自身の「接種歴」に触れようとしません。

ちょっと前までは「接種したおかげでこの程度で済んだ(40度近い高熱にうなされたくせに!)」という自慢(?)の声が主流でしたが、とうとうそれもなくなりました。

ワクチンなどなかったことにして、ただただ「コロナ怖い」とだけ連呼しています。

 

接種0回または途中で気づいて1・2回の接種でやめた人たちが、苦しむどころか「全然コロナにかからない」という驚愕の事実を知ってしまったからでしょう。

どうやら、さんざん馬鹿にしていた「反ワク」が主張していたとおり、「重ね打ち」をするほどかかりやすくなるらしい……

なので、改めてコロナを恐ろしい「死の病」に仕立て上げることで、4回も5回も接種した自分の判断を必死に「正当化」しようとしているのです。「打って正解。自分は間違っていなかった」と言い聞かせ、安心したいのです。

「ほかの人のことはどうでもいい。俺は頻回接種のおかげで命拾いできたんだ」と。

 

でもね。普通に考えれば、頻回接種したあげくにコロナにかかって苦しい思いをするのは、「ワクチンにまったく意味がなかった(感染も重症化も防がない)」ことの揺るぎなき証明ではないですか。

いや、もしかすると「頻回接種」自体が、感染と重症化を促進しているのかもしれない……と素直に思い改めるべきです。

「怖いのはコロナウィルスではなく、mRNAワクチンのほうだった」という可能性を真剣に考慮すべき時期です。

 

認知的不協和を解消するのに、いつまでも誤った判断にしがみつき、情報のアップデートを拒んでいてはいけません。

たとえ苦しくても、「自分は間違っていた」という事実と正面から向き合わなければ。

その強烈な不快感を「憤怒」に変え、自分を欺いた政府・厚労省・専門家・メディアにこそ向けるべきです。敵は決して「反ワク」ではありません。

それに、早く心を入れ替えてワクチンに対する治療を始めないと、遺伝子疾患などのもっと恐ろしい事態になるかもしれません。

 

 

今になって「(無意味なことが証明された)基本的感染対策」を再び唱え始めたのも、

 

 認知的不協和

 

のなせるわざ。

ワクチンが「百害あって一利なし」だったことが明らかとなりつつある現在、さかんに推奨した責任から逃れる方策をひねり出さなければならない。

今さら「コロナは本当は怖い病気ではなかった。ワクチンも必要なかった」とは口が裂けても言えないので、過去の言動とつじつまを合わせるために、もう一度

 

 基本的感染対策

 

を言わなければならなくなってしまったというお粗末さ。

ワクチンに続いて「基本的感染対策」まで捨ててしまったら、本当に「市民をさんざん怖がらせたあのパニックは何だったんだ!?」ということになってしまいます。

 

とはいえ、こうした弥縫策は早晩失敗します。そのときには、失敗に失敗を塗り重ねてきたことで、より責任が重くなってしまったことを覚悟しておいてください。

 

 

何度も言いますが、

 

 私が間違っていました

 

と素直に謝罪した最初の1人、2人だけは大目に見てもらえるチャンスがありますが、誰かに先を越されたら一巻の終わりです。とっとと一抜け、二抜けしたやつの責任をよけいにおっかぶせられるおそれもあります。

 

それにしても、自称専門家たちの会議の模様は、「誰かがもうやめだと言い出してくれないかな」と、互いの顔色をうかがい合っているのが見え見えですね。

そうやって周囲と足並みをそろえることしか頭にないから、いつまでたっても茶番を終わらせられないのですよ。

一人が勇気を出して、「王様は裸だ(コロナは茶番だ)!」と言い出せば、我も我もと挙手する人が現れ、たちまち状況は一変するのに。