宮澤孝幸京都大学准教授の「目玉焼き理論」は、極めて「科学的」です。O身やN浦らの「素人の思いつき」「根性論・精神論」とは大違いです。

 

なぜなら「観測できる現実をうまく説明できる」という、科学の世界における「仮説」の必要条件を満たしているからです。

 

いや、正確には「満たしていた」と過去形にするべきでしょう。

 

cheeverさんがブログで指摘されているように、狭い集団でならともかく、地球規模のマクロ視点で見ると、つじつまの合わない(説明のつかない)部分が生じてきているからです。

 

このように現実とそぐわなくなってきたときは、仮説を修正するか、新たな仮説を立てなければいけません。

 

 

すべての生命は「死」を宿命づけられています。何としても逃れようがありません。

 

細胞は無限に分裂できるわけではなく、いつか必ず「上限」に達します。

 

染色体の端っこには「テロメア(まさしく「末端部分」の意)」という構造があり、別名「生命のチケット」といいます。

 

細胞が分裂するたびに少しずつ消費されていき、全部なくなると、それ以上分裂することができなくなるからです。

 

ちょうど1杯飲むごとに1枚ずつ切り取っていく、喫茶店の10枚つづり「コーヒー得々チケット」みたいなもの。

 

「なら、バイオテクノロジーでテロメアを補えば〈不老不死〉を手に入れられるのでは?」

 

残念! 確かにテロメアを人工的に増やせば、細胞は延々と分裂を繰り返せるのですが、代わりに「がん細胞化」することがわかっています。

 

このように、自然界において「死」のルールは極めて厳格かつ強固であり、一つをクリアすると、次の問題が生まれるようになっています。

 

一つの生命が永遠に生き続けることは決して許されません。

 

「死の網」は複層・重層的に入念に張り巡らされていて、最後には、あらゆるものを絡め取るようにできているのです。

 

 

一見矛盾するようですが、実はこの「死」のルールこそが「生」の源になっています。

 

「生=死」であり「死=生」。

 

前の役者が降りなければ、新しい俳優が舞台に登場することはできません。

 

古い生命が死に、新しい生命が生まれることで、自然界の「動的平衡」が保たれているのです。

 

老人は去り、若者に場所を譲らないといけません。だって、それが「自然の摂理」だから。

 

 

 

ここから先は、「感染症の流行はなぜ拡大・収束を繰り返すのか?」という問いに対する、いささか観念的な私の答えです。

 

本職の研究者でない私には、実験で証明することができないので、あくまで一つのアイデア

 

・・・というより、ちょっと科学に詳しい人間の「妄想」だと思ってください。

 

 

ウィルスも我々同様、原始の単細胞生物から進化したもの。

 

「ウィルスから単細胞生物が生まれたわけではない」点に、くれぐれもご留意を。

 

ウィルスが「生きて」いくには、必ず「宿主」となる「細胞」が必要です。ということは、ウィルスよりも先に「細胞」が存在していなければならないからです。

 

 

であるならば、ウィルスもまた「死の呪縛」から逃れることはできないはずです。

 

そして、この「死の呪縛」こそが、ウィルス流行の拡大・収束に大きく関与している気がするのです。

 

 

ウィルスは「宿主」との平和的共存を目指し、感染力を上げて病原性(攻撃性)を下げる変異をしていきます。

 

とはいえ、無限に感染力を上げていくことはできません。感染力が上がれば上がるほど、短期間で「宿主」の集団全体に広がってしまい、結局は行き場を失ってしまうからです。

 

変異のどこかで感染力アップが止まるプログラムが組み込まれているのではないか。

 

あるいは、究極まで感染力を上げると、引き換えに増殖能力を失うようなメカニズムがあるのではないか。

 

これが私の「妄想」です。

 

前回の記事に書いた

 

感染力を強める変異を繰り返していくと、しだいに脆弱になり、それ以上増殖できなくなるシンギュラリティー(特異点)があるのではないか?

 

という部分です。

 

そのシンギュラリティーを越えたとたん、ウィルスは増殖能力や活性を失う。

 

まさに、古い株が舞台を降りて、新しい株に場所を譲るためです。

 

これなら、コロナウィルスだけではなく、インフルエンザウィルスが毎年、流行・収束を繰り返す現象の説明もつくような気がします。

 

ばーっと広がって、ぱっと消え去るのは、とても人間側の免疫だけが理由とは思えません。どうもウィルス側の事情が大きいように思うのです。

 

もしこのアイデアが正しければ、「集団免疫」という発想自体、修正を迫られることになります。

 

流行が収束するのは、大勢の人が免疫を持つからではなく、ウィルス自体がそれ以上増殖できなくなるためではないか。

 

であれば、私がかねてから主張している「病原性の低いウィルスはさっさと感染を広げたほうがいい」が正解ということになります。

 

 

 

ここで、進化論における「系統樹」を思い浮かべてください。

 

太い根っこから伸びた幹が幾つかに分かれ、その幹も幾つかの枝に分かれていく、あの模式図です。

 

新型コロナのオリジナル株は、まず「アルファ株」「デルタ株」の2本の幹に分かれました。

 

感染力の高いデルタ株が主流になったため、アルファ株の成長はそこで止まりました。

 

デルタ株は瞬く間に世界を席巻しましたが、感染力が高過ぎるゆえに増殖能力を失ってしまった。

 

これが全世界での「急激な収束」の理由ではないかと考えます。

 

 

現在は、デルタ株から枝分かれしたミュー株が成長を続けているようですが、デルタ株よりさらに感染力が高いらしいので、より早く増殖能力を失ってしまうのではないか、と思います。

 

また、いったんは成長が止まったアルファ株ですが、デルタとは別系統として、その幹から新たな変異株が枝を伸ばしてくることも考えられます。

 

 

以上、「思う」「気がする」「考えられる」という私の「妄想」を書き連ねてきました。

 

もちろん単なる「仮説」にすぎませんから、矛盾する現象が観察できれば、修正することになります。