今や世界中のどこの国でも、選挙の後に
不正選挙では?
の声が上がります。
敗れた側は投票者数や得票数の中に矛盾を見つけ出し、勝者の側では「ファクトチェック」を自称するうさん臭い連中がそれを「陰謀論」と否定する。
私は、不正選挙が行われかどうかは知りません。
もっと言うなら、本当に不正があったかかどうかは二の次。
ここには、はるかに根源的で重大な問題があると考えます。
それは、「選挙に対する不信」です。
選挙は、集団に属する人々が自己の考えを表明する「民主主義の根幹を成すもの」だとされています。
そして、選挙制度は、そんな人々の「信頼」の上に築かれています。
つまり、不信感を抱く人々が増えれば、
選挙制度ひいては民主主義自体が瓦解
してしまう。
不正選挙が事実かどうかに関係なく、
そう思われること自体が民主主義の危機である
ということです。
したがって、選挙の結果は公明正大、どんなに猜疑心の強い人が調べても(たとえ渋々でも)納得せざるを得ない形でなければいけない。
投票用紙のすべてを一定期間しっかり補完し、疑いを持った有権者の請求に応じて公開・再チェックできるシステムにしなければいけないのです。
どれほど手間と経費がかかろうと、それは民主主義国家なら支払わなければならない必要コストです。
だって、この「信頼感」こそが、民主主義を民主主義たり得るものにしているのですから。
投票率の問題もあります。
投票義務化の案もあるようですが、本来、自由意思の表明である選挙に「義務化」は、やはりそぐわない(投票しないという自由もある)。
ならば、最低でも4分の3(75%)に満たない投票率の選挙はすべて無効・やり直しにするのはどうでしょう。
ここでも多額の税金が使われることになりますが、これもまた民主主義の必要コストであり、よけいな税金を払いたくなければ、有権者・納税者がせっせと投票に赴いて、自分たちで投票率を上げるしかありません。
また、投票率を議員の給与に連動させる、というのも効果がありそうです。
50%の投票率の選挙で当選した議員には、給与の50%しか支給しないようにするのです。
そうすれば、金の亡者どもは、死に物狂いで投票率を上げようとするでしょう。
これは、田舎議会でしばしば起こる「無投票当選」の抑止にもなります(「無投票当選」は民主主義の対極にある)。
米国の初代大統領(とされる※)ジョージ・ワシントンは、2期目を務めた後、引き続き3期目の就任を請われたましたが、それを固辞しました。
「長い間権力の座にいると必ず腐敗するから」
というのが理由です。
以来、アメリカ大統領は2期までしか務められないという慣習が生まれました。
さる極東の島国では、
多選は信頼と実績のあかし
と考える人がいるようですが、ワシントンが何を考えていたかをよーく勉強してほしい。
私は「議員定年制」より「有限任期制」を採用すべきだと思っています。
※余談。
米国連邦政府の前身である大陸会議の議長だったジョン・ハンソンを「初代大統領」とする説もあります。