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最近の出来事

気になる出来事かいてます。

スティーブ・ジョブズ氏の逝去により、現代の最も偉大なテクノロジー革新者の1人が失われた。

ジョブズ氏はただの抜け目ないビジネスマンとは違う。彼はパーソナル・コンピューティングに人間味を持たせ、ユーザー・エクスペリエンス・デザインやハードウェアデザイン、そしてソフトウェアデザインのルールを書き替えることを自身の使命とした予言者であった。彼の行動は業界の境界線を越えて鳴り響いた – 彼は音楽業界を革新し、無線通信事業者を戦いのリングに引きずり込み、ソフトウェアやハードウェアの販売形態を変え、そしてコンピューター・インターフェースを永久に変化させた。そしてそのかたわら、Apple社を世界で最も価値ある企業の1つへと成長させたのである。

彼の死が惜しまれる。



・Apple I (1976年)
Apple Computer社は1976年4月1日にジョブズ氏とエンジニアであるスティーブ・ウォズニアック、業界通のロナルド・ウェイン率いる小さなグループにより設立された。ウェインは「大人の監視」役としてグループに引き込まれた。

666.66ドルで発売されたApple最初のコンピューターは、回路基板に毛が生えた程度のものであった。コンピューター自体を購入しても、自分でキーボードやモニター、パワーサプライを取り付けなければならない。ということでAppleは、主にそういった物を既に揃えていた当時のDIY系ハードウェア・ハッカーに人気であった。


・Apple II (1977年)
1977年に発売されたApple IIは、完全に組み立てられた立派なケース入りのデスクトップPCであり、Apple Computerはこれで大成功をおさめた。ハッカーたちもその拡張性を認め、この製品を支持した。しかしそれ以上に、学校がプログラミングの授業にApple IIを使用し (Integer BASIC内蔵)、またVisiCalc(表計算ソフト)が初期プラットフォーム上で立ち上がるようになったことで企業が飛びついたのが大きかった。


・Apple IIc (1984年)
Macintosh発売のほんの数か月後、Apple社はApple IIcというApple IIの軽量版でずっと持ち運びやすい製品を発売した。裏側にはハンドルがついており、片手で持ち運びができるようになっていた。しかしノートPCというわけではなく - モニターやパワーサプライは付属していなかった - 中身もサイズの大きいApple IIモデルとそれほど違わない。それでも、この8ポンド (3.63kg) の白い小さな箱は、デスクトップPC界における重要なステップとなった。

Apple IIcは市場に出た最初のスモール・フォーム・ファクターPCの1つであり、後に小型化、統合デザイン化に向かう業界全体の動きを示唆するものであった。また、その小型なサイズと控え目な外見は、1980年代中盤には一般的だった巨大コンピューターに比べずっと威圧感がなかった。ちょうどこの頃コンピューターは中流階級家庭で見られるようになり、初めての購入者にこの機種は「とっつきやすい」という印象を与え、魅力的な選択肢となった。自宅の居間に置いても、オフィスにあるのと同じくらい見栄えがした製品である。


・LaserWriter (1985年)
7,000ドルという価格で電子レンジよりも大きなサイズ。しかし机の上に設置すれば、自分の新聞が発行できてしまう。

LaserWriterは市場に登場した最初のレーザープリンターではないものの、Macintosh用に初めて作られたものであり、当時最先端のPostScript言語を使った最初の製品であった。つまり、デザイナーがページレイアウトや文字選択、グラフィクスにもっと自分の意志を反映できるようになったのだ。このプリンターはその素晴らしいアプリケーション、Aldus PageMakerと同日に発表された。

結果、LaserWriterはDTP革命で最初に放たれた製品ではなかったものの、競争には勝利する形となった。


・Pixar (1986年)
スティーブ・ジョブズ氏は1986年にPixarを買収した。当時同社はLucusfilm社のコンピューター・グラフィック部門から派生したエンジニアの小さなグループにすぎなかった。ジョブズ氏はジョージ・ルーカスに500万ドル払い、自腹の500万ドルをPixar社につぎこんだ。

当初彼は、Pixarをグラフィック・レンダリング用ハードウェアとソフトウェアの開発に使おうと考えていた。ところが事業は最終的にアニメーション制作スタジオへと進化した。ジョブズ氏がDisney社と配給契約を結ぶと、Pixarは次から次へとファミリー映画のヒット作を生み出すようになる – 全てコンピューター・アニメーション作品である。最初の大ヒット作は1995年の『トイストーリー』であり、その後『トイストーリー2』、『モンスターズ・インク』、『Mr.インクレディブル』、『カーズ』、『ウォーリー』、『カールじいさんの空飛ぶ家』が続いた。

同時に賞賛やオスカー、そして巨額のお金も舞い込むようになった。

2006年、ジョブズ氏はPixarを株式74億円でDisneyに売却し、結果1,000万ドルの初期投資で大儲けしたことになる。何というすごい去り方だろう。


・NeXT (1988年)
Macintoshの成功後、ジョブズ氏はApple社の取締役会により会社の隅に追いやられてしまう。そこで、彼はApple社を離れ、新しいコンピューター会社NeXTを設立した。ジョブズ氏の指揮を失ったApple社は、1990年代初期を通じてもがき苦しむこととなる。失敗の連続により、同社のマーケットシェアは最終的に1桁代前半にまで落ち込む事態となった。

一方ジョブズ氏はNeXTで新しいコンピューター・システムを発売していた。中でも有名なワークステーションは飾り気のない黒の立方体で - ジョブズ氏は、長年のキャリアを通じて常にデザイナーたちに革新的なケース構造を試すよう要求していた – その価格は6,500ドルだった。このワークステーションでは、UnixベースのNeXTSTEPという新しいOSが搭載された。

値段こそ高かったものの、スピードが速く特に演算機能に優れ、ほとんどのコンピューターがネットワーク・インターフェース・カード (NIC) を必要としていた時代に、イーサネット・ポートが内蔵されていた。この3つの高級機能ゆえに、NeXT製品はマス・マーケットからは無視されていたものの、研究者やプログラマーの間では人気があった。ティム・バーナーズ=リーが最初のウェブ・サーバーと最初のウェブ・ブラウザ作成に使用したのもNeXTのコンピューターである。ワールド・ワイド・ウェブ (WWW) 上最初のサーバー・ノードはNeXT製品だった。


・iMac (1998年)
NeXT社の経営は好転せず、ジョブズ氏は1996年に同社をApple社に売却し古巣に戻った。その2年後、Apple社はデスクトップPCの歴史を完全に塗り替える製品を発売する - キャンディ色のiMacである。同製品は退屈なベージュ色のPCを隅に追いやり、初代Macintoshで初めて採用されたオール・イン・ワンの革命的なデザインの復活を祝うものとなった。iMacの初回バージョンは大ヒットとなり、オール・イン・ワンのデザインは現在のiMacでも使用されている (そして他のPCメーカーに大いに真似されている)。


・Power Mac G4 Cube (2000年)
ジョブズ氏は立方体型のコンピューターという、NeXTで一度挑戦した夢をあきらめきれなかった。彼はApple社デザイナーのジョナサン・アイブに立方体をPower Mac製品のラインに組み込むよう促し、そして2000年、8インチ (20.32cm) の透明なアクリルのキューブが世に送り出された。

実はこれはあまりヒットしなかった。1,800ドルという価格やディスク・ドライブの問題に加え、容器が圧力に弱くひび割れしやすかったためである。

しかし、この製品は先進的な一歩といえ、今でもデザイン・マニアを魅了し続けている。実際、MoMAの永久保存コレクションにも加えられているほどである。


・iPod (2001年)
初代iPodは、5GBのハードドライブとスクロール・ホイールを装備した、Windows機器と同期しない400ドルのMP3プレイヤーだった。とても音楽産業のあり方を完全に変えてしまう物には見えなかった。

しかし、結果としては"そういうこと"になった。iPodはNapsterに端を発した、ネット上の音楽業界に対する破壊行為の火に油を注ぎ、音楽機器の購買層に「使いやさ、便利さ、性的魅力は他のどの機能よりも重要」という思考を植え付けたのである。

iPodの白で統一されたデザインは、それまでのどのプレイヤーと比べてもシンプルで、さらにそのユーザー・インターフェースは誰にでもとにかく分かりやすいものとなっていた。

ただiPodにも妙な弱点があった - スクロール・ホイールに砂が入ると、Spin Doctorsを一日中聴く羽目になるというような。。。しかしiPodはすぐに改善され、新たな発明の数々が組み込まれた - タッチ・ホイールやビデオ鑑賞のためのカラー画面、そしてついには業界標準のタッチ・スクリーンの登場である。


・Mac OS X (2001年)
スティーブ・ジョブズ氏はアップル社に復帰すると、Mac OSの見直しを指示した。その際、青写真としてはもちろんNeXTSTEP – 彼が単独で開発し1996年にApple社に売却したUnixベースのOS – を強く推した。

2001年になってついに姿を見せたMac OS Xは、以前のMac OSから完全に脱却したものとなり、ジョブズ氏が約束したとおりの『次世代』OSであった。

Mac OS XはWindowsに馴染んだMac初心者に人気となった (『乗り換え』の流行を生んだ) が、同時にUnixベースの心臓部やAppleオタクが好むAppleの有名なインターフェース・デザインもきちんと保持していた。


・Apple Store (2001年)
BestBuyやWal-MartやTargetといった大型小売店に入って、奥のコンピューター売り場に行ってみてほしい。展示された数々のPCがどう見えるだろう。乱雑に置かれた機械、ブンブン音を出す箱の山。それぞれ形も価格も構成も違う。販売員がちゃんと教育されているとは限らず、技術に関する簡潔な回答など滅多に得られない。

ジョブズ氏は、消費者が売り場でPC購入を決定することをよく理解していた。そして他人の怠慢な販売態度のせいで、Apple製品の魅力が失われることはおかしいと考えた。彼が行きついた解決策とは?自分の家は自分で建てること。

Appleの小売りストアは2001年に登場し始めた。そこでは環境のすべてが細かく管理されている。Apple社のコンピューターのみが展示され、付属品はよく考えて整理されている。従業員は親切で知識が豊富、手には販売管理機器を持っている。どの店舗にもGenius Barという小売りレベルのカスタマー・サポート用ヘルプデスクが設けられ、ほとんどの店舗にはMacの使い方が学べる教室も用意されている。

今やApple Storeは全世界で300店舗以上にのぼるが、売上げの向上に貢献するのみでなく、むしろApple文化を活発化するその効果にこそ目を見張るものがある。通常の日でも、Apple Storeは混んだナイトクラブさながらの興奮で活気に満ちている。製品発売の日ともなると、待ちきれない人々が何時間も、ときには何日も列をなす事態となる。


・iTunes Store (2003年)
iTunesは、自宅のPCを「デジタル・ライフスタイルの拠点」に変化させるというジョブズ氏の構想の最初の兆候であった。この構想は2003年にiTunes Storeが開店する以前に固められていた。そして突然、メディアを作成・収集するだけではなく、購入もしてみよう、という風潮になった。

iTunes Storeは既に皆が持っていたiPodにも直接接続していたため、大人気を博すことになった。そして同時にデジタル・シングルの時代が訪れた - 一曲が0.99ドルで簡単にダウンロードでき、即時の満足感を得られるようになったのだ。

当然だが、レコード会社は配給における自分たちの独占権への脅威を目にして不満を抱いた。が、しかし、昔ながらの小売りが先細りになるかたわら、iTunesは急上昇していった。Tower Recordsは破産し、Virgin Megastoreは閉店となった。そしてApple社は、2007年までに一日に500万曲を売るようになった。


写真はMacBook
・Intel MacBook Pro (2006年)
2006年、ジョブズ氏はPowerPCプロセッサからIntelのCore Duoチップに切り替えると発表した。その発表直後に発売されたMacBook Proは、Apple初のIntel CPUが搭載されたノートPCである。Apple社の全ラインは、2006年末までに - 驚くべき短期間で - Intelに移行した。

ジョブズ氏は、彼とApple社のエンジニアたちはPowerPCのアーキテクチャが頭打ちになり、十分な速さで改良していないと感じていた、と語った。Intelに切り替えたことで、Macの平均クロック速度は、特にノートPCで、大幅に向上した。また、ついにAppleのノートPCが価格と性能の両面でWindowsベースのPCに対抗できるということで (しかもWindowsにも対応可能)、売上げも急上昇した。


・iPhone (2007年)
Macworld 2007の基調演説の中で、ジョブズ氏はApple社が次の3つを発表する予定だと述べた - 「タッチコントロールを備えたワイドスクリーンのiPod、革新的な携帯電話、画期的なインターネット・コミュニケーション・デバイス。iPod、電話、そしてインターネット通信機器」。お分かりだろうが、これら3つは全て1つに統合されていた – iPhoneである。

それから数年、iPhoneはスマートフォンの外観や感触、動作に関する人々の見方を完全に変えた。さらに、ジョブズ氏と無線通信事業者との有名な論争は、長年にわたって存在し続けた通信業界の権力構造を転覆させた。

Apple以前、通信事業者たちは自分たちが取り扱う電話のハードウェアとソフトウェアに対する管理権を主張していた。今では、もし一番人気の電話を取扱いたければ、通信業者には協力が求められる。


・App Store、iPhone SDK (2008年)
次回Apple Storeを訪問した折には、縮小を続ける箱入りソフトウェアの棚に目をやってほしい。2007年を思い出すかもしれない。

2008年のiPhone SDKの登場により、デベロッパーは自分たち固有のアプリケーションをiPhone用に作成し、iTunes内に設置されたApp Storeで売ることができるようになった。そこではアプリケーションに対して公平で中央集権的な配給モデルを提供されるのみならず、節約志向の価格構造 - 1ドルや2ドルのアプリケーション - が導入されており、消費者がアプリケーションを好きなだけダウンロードできるようになっている。これはデベロッパーにとっては朗報であった。

しかし残念ながら、このシステムによりApple社は「Gatekeeper (門番)」という称号を与えられ、突如Apple社の難解な承認ガイドラインにさらされたデベロッパーたちとの関係に亀裂が入ってしまった。

だが、それはもう後の祭り。今大事なのはアプリケーションである。


・MacBook Air (2008年)
2008年に登場したときのMacBook Airの謳い文句は「世界一薄い ノートパソコン」であった。

薄くて軽いことは間違いなく魅力的であるが、この機種には不思議な点があった - 光ディスク・ドライブなしに出荷されたのである。しかし必要とあれば、外付けのDVDドライブを買ってもよいし、もっと簡単に他のPCのDVDドライブを「拝借」して無線LANを介してデータを転送してもよい。多くの人々がこの考えを笑ったが、MacBook Airは光ディスク・ドライブの消滅を予測する者にとっては「証拠その1」と呼べる製品だった。

それから4年近くが経ち、ディスクやドライブは今も健在だが、ソフトウェアがネット上やクラウド・ベースのアプリケーション・ストアに移行していく中、その存在は急速に影が薄くなりつつある。

またWindows用のノートPC製造業者は現在、『ultrabooks』というまったく新しいカテゴリーで競争している。このカテゴリーの持ち運びが非常にしやすいノートPCは通常より少し価格が高めだが、非常に薄く、軽く、SSDを搭載している。そして、光ディスク・ドライブはなく、つや消しメタルケースに収まっている – ちょうどMacBook Airのように。


・iPad (2010年)
これは皆がApple社に作ってもらいたがったデバイスである。とはいえ、既に登場した現在、ほとんどの人はどうやって日常に取り入れたらよいかとまどっている。だが、ジョブズ氏は2010年、iPad初披露の場で感情をあらわにした。彼によれば、OS Xから始まりiTunesにiPhone、そしてApp Storeまで行き着いた長年の仕事の集大成だとのことである。

iPadがもたらした衝撃波は1年以上経った今もまだ歴然と残っており、製造業者たちは独自のタブレットを生み出しつつ追い上げを競っている。とはいうものの、Appleの成功に匹敵できる者は存在しない。

iPad2はジョブズ氏の遺作となってしまった。何となくそんな感じはしていたが、それを認める者はほとんどいなかった。彼が頂点に立ち、誰よりもかなり前を走りながらゴールを切ったことに異論を唱える者はいないだろう。


http://news.livedoor.com/article/detail/5923812/
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(ノω・、)・・・・
朝食をグリーンスムージーにしたら、便秘も治ったし、体調が良くなった!
生の野菜やフルーツを摂り入れた食事にしたら、肌もキレイになり、風邪ひかなくなった!

なんていう声が周囲からよく聞かれるようになりました。そう、加熱調理しない生の野菜やフルーツを主体にしたローフードは、ヘルシー志向の女性たちを中心に、今、広がりつつある食事法です。

確か、この食事法って、90年代あたりからデミ・ムーアやダナ・キャランあたりのアメリカのセレブたちがフィットネスブームの時代の波に乗ってスタートしたことから火がついたのよね、なんて思っていたら、実は紀元前からすでにこの考え方があったと知ってびっくり!

それも、あの聖母マリアが自分の肉体を浄化するために徹底して実践していた食事法だったらしいのです。
 

そんなことを教えてくれたのは、予言者であり心霊診断家として有名なエドガー・ケイシー療法に基づく商品のショップを経営する光田奈央子さんが書かれた、『美しの宮からの贈り物PARTIII』(非売品)という本。

まず、エドガー・ケイシーのリーディングにおいては、キリストや聖母マリアなど聖書の中の登場人物は、寓話的な存在ではなく、実際の人物たちであったとされています。

特に、紀元前2世紀から1世紀にかけて存在したキリスト教のエッセネ派の人々がイエス・キリストなる人物を誕生させるために、自らの肉体、精神、魂を清め、救世主を受け入れる準備をしてきたそうで、聖母マリアと呼ばれるようになる女性が、イエスの母となるべく選ばれたときには、まだ12~13才だったとか。

『エッセネ派の平和福音書』の記述などからも、その後、彼女が心身を清めるために実践していた食事方法とは以下の通りとされています。

「加熱調理していない木の実や果物、野菜などが中心です。パンも小麦を水で練って、天日で乾かしたものを食べていました。干したイチジクと生アーモンドを食べる、ということも書かれています。

週に1度は断食をしながら敬虔な感謝の祈りを神に捧げること。普段の生活に「3人の天使」を迎え入れること。

そうすれば、悪魔(毒素)を避け、病気知らずの健康体で過ごせるようになる、とエッセネ派の福音書には書かれています」

とのこと。

ちなみに、上記にある「3人の天使」とは、

(1)「空気の天使」・・・きれいな空気の中で過ごす
(2)「水の天使」・・・入浴、水浴、水を飲む、時々腸内洗浄する
(3)「陽光の天使」・・・日光浴、太陽光線にあたること

の3つだそう。

それにしても、ローフードの実践法であったり、「3つの天使」の考え方などは、今、この時代に少し形を変えて色々な名前で理想的な食事法や健康法だといわれていますが、要するに、2000年以上も前の紀元前から、こういった考え方は理想とされていたんですね。

ちなみに、個人的には、日光浴はどちらかというと紫外線を恐れて避けていたので、ちょっと実践してみようかな、と。

そして、すべての食事をローの状態にすることは難しかったもしますが、1日のうち半分の食事はローフードにしてみようかな、なんて改めて思ったりしました。

こうして考えると、理想的な食事法や健康法って、常にどの時代においても、真実はひとつ、なのかも......。

科学的に進化したサプリやコスメもいいけれど、美しい心と身体のためには、ローフードにキレイな空気、水、日光というシンプルな暮らしに戻ってみるのもいいのかもしれません。

(西元啓子)


http://news.livedoor.com/article/detail/5923180/
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$最近の出来事天使晴れ天使
 オリコンが「お肌に関する意識調査」より、同世代が選ぶなりたい美肌女優ランキングを発表した。20から50代の男女計1,201名を対象に行ったアンケートでは、20代の1位に綾瀬はるかさん、30代1位に菅野美穂さん、40代以上1位に桃井かおりさんなど話題の女優がランキング入りしている。

 同世代が選ぶなりたい美肌女優ランキングで20代堂々1位にランキングした綾瀬はるかさんは、「ナチュラルな美肌で綺麗。透明感もすごくあると思います」など透明感のある美肌が高評価を得てランクイン。2位には宮﨑あおいさん、3位には上戸彩さんとドラマや映画で主演を務める女優が並んでおり、"若くて仕事もこなす"元気な女優に支持が集まった。続いて30代では、「素肌が赤ちゃんのように肌のきめが細かくてきれい」と菅野美穂さんの20代の頃から変わらぬ美肌が魅力的との声が多く寄せられ、2位には白く透きとおった肌の持ち主と絶賛された小雪さん、3位にはハリ・つやがありモチモチした肌になりたいとの意見が多かった井川遥さんが続いている。20代の"元気"とは別に30代の落ち着いた"しっとり感"を感じさせるところが選ばれるポイントとなったようだ。ちなみに菅野さんは、2位の小雪さんの跡を継いで角ハイボールのCMマドンナを現在務めている。そして40代以上で1位を獲得した桃井かおりさんに続くのは、2位には吉永小百合さん、3位には黒木瞳さんとスクリーンを彩る映画女優達。1位の桃井さんに寄せられた「年齢不詳とはこの人と思う」など、"年齢を感じさせない"をキーにきめが細かく透明感のある肌を持つ人物が上位に選ばれている。
 「あなたが『なりたい美肌』であげた女優の肌の評価する点は?」との問いには全体の70%が「透明感」、続いて「キメが整っている」と回答。続いて男性のみを対象に「女性の美肌」について聞いたところ約80%以上が「女性の素肌(すっぴん)が重要である」と答えてる。同世代が選ぶなりたい美肌女優ランキングで上位を占めた綾瀬はるかさん、小雪さん、桃井かおりさんの共通点は化粧品ブランドの「SK−Ⅱ」。マックスファクターが展開する「SK−Ⅱ」は「すべてはクリアな素肌のために」をスキンケア哲学でランクインした彼女達の多くがCMに出演しているのもランクインの理由かもしれない。

http://news.livedoor.com/article/detail/5921211/
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合格!!