【今日書いている事は雑感であり私見です】
今年も後2ヶ月を切りました。早い!
最近はツアーと学校という毎日を送って居ますが、今日予定していた某大学オーケストラのホルンレッスンが延期となり、思いがけないOFFとなったので個人練習をゆっくりする事にしました。

ふと、「レッスン」というものを考え始めてしまいました。
私は1つの音楽学校と幾つかの愛好家団体の定期的なレッスンをさせてもらっていますが、
音楽学校でのレッスンは
「自分が身に付けて来た[芸事]を伝えて行く事。勿論そのお弟子が自分の言葉・力で活きて行くためにサポートとアドバイスをする」
という明確な目的があります。

愛好家さんが相手となる場合、それぞれ事情が異なりますが、
「相手のオーダーに沿った事をする」場合と
「町医者のように、本人に自覚がないところでの体調(演奏)不良の原因を見つけて処方箋を書く」
の大きく二つかなと思います。(その度合いと組み合わせは無限大にありますが)

勿論、こちらとしては報酬が発生しているのでどちらのレッスンも「仕事」なのですが、
プロ(奏者に限らず指導者・販売者・修理業・出版等・・・)を目指してのためのものと、
普段に別の仕事をお持ちの人(団体)が特定の演奏本番に向けての練習アドバイスを求められるものと有るわけです。

前者は「何になりたくて音楽学校に来たのか」を明確に見つけ出して欲しいなと(本心は)思っているし、そのためにプレーだけでなく、社会へ出るための人との接し方や自分の意見のアピール方法なども伝える事が多くあります。

後者の場合は「上手くなりたい」の中に「趣味として楽しんで行ける範囲で」があるので、こちらはどこまで踏み込んで接して行くかがとてもデリケートです。

何故こんな事を思い始めたのかと言いますと、最近はツアーでの移動中にSNSの投稿を楽しく読んでいる中で、たまーに気になるものを見つけることがあるからです。
(ここからは少々辛辣な表現になるかも知れませんが私見のためご容赦下さい)

♪プロ「奏者」として名乗り生活している人間だが、自主演奏会の宣伝しかしない人。
♪政治的なコメントも勿論自由だが、出所の良くわからない「政党批判記事」に自分の言葉も入れずにシェアを繰り返す人
(本当に世の中変えようと思うなら選挙に立候補すれば良いのにと思います)
♪本来「奏者」であるはずの人だが演奏に関する投稿がない(宴席、しかも○○員としてのものが多く「この人、いつ練習してるんだろう?」と要らぬ心配をしてしまう💦)

逆に

♪愛好家(他にキチンと職を持っている)の方が
「○○学校にレッスンに行ってきた」これは、
「近くにプロが居らず招くのに費用がない」事は良くわかりますが、この場合、子供さんが間違ったフォームを教わってしまう恐れがかなり高いです。何故なら音楽そのものが生活源ではないので、仮に報酬(明らかなバイト。公務員だったら違反ものですね)があってもプロとしての責任がない!これをやるとかなり回り道をして(島育ちの僕が正にソレ😅)間違ったやり方を崇拝してしまいプロの意見すらも耳を貸さなくなってしまう。こうなるとこちらが出来る事は殆どありません。信頼関係が築けないからです。

♪楽器の分解整備や改造や楽譜の違法浄書、多くの演奏会に賛助出演として呼ばれて演奏活動を安易に投稿している。それだけなら問題ないのですが「何かあればまた宜しく」的な営業まがいのコメントが入ってる。
僕に言わせれば「ギョーカイの人間に喧嘩を売ってる」事に気付いていない。多額の学費を支払って専門教育を受けて世の中で必死に生きて行こうとする若い音楽家のチャンスを奪いかねない。
個人で楽しむならまだしも、投稿や他人にも薦めているのは明らかな越権行為。
それで「ご自身の仕事、家族を養ってる人」の立場になって考えて見てほしいなと思います。

♪お金だけ払って奏者をレッスンに招いても、後は任せっぱなしで、「どんな事を大切にして音を作ったり細かな作業をしてるのか」に興味を示さない指導者や団体さんもあります。
吹奏楽コンクールに関わる事に違和感を感じた大きな原因です。子供たちではなく大人を「レッスン」しなくてはならないのかと思う団体があまりに僕の回りに多かったんです。
(以前、とある演奏会に「ソロと指揮の両方を頼みたい」と言われ、僕の実力では両方は出来ないとお断りしたら「では指揮で」という事に。僕は指揮者の仕事はあまり好きではないが、これも伝える仕事になればと思い引き受けました。演奏会への宣伝も併せてお願いされましたが、出来上がったフライヤーやネットには私の名前も指揮する曲目も記載されていない。これでは宣伝のしようがない。僕はホルン吹きであり指揮者ではないのです)

日程と報酬額を聞いても、扱い(というより演奏会の開催に対してもプロ団体ではないのでコミュニケーションの仕方も解らない事はあろうかと思いますが、「上手くなりたい」の意識を少し調査または可能ならば変革しなくてはならない)をキチンと打ち合わせする必要がある団体もあるなと。

先日、私の師匠が70歳の誕生日を迎え、その日もオーケストラで1番ホルンの仕事をバシッとされていました。僕は一緒に仕事が出来るうちに師匠の音楽をもっと理解し、自分の言葉をキチンと話す訓練を続けながら自分のお弟子に伝える事も「進化しながら」続ける必要があります。

急にスケジュールに空きが出来て色々考えてしまいました。

長文お読み下さった方、ありがとうございました。