【昨日のビール】

 ロング缶:4本

レギュラー缶:1本

芋焼酎ロック:5杯


華金の夜、飲んだ。完全に飲んだくれた。飲み過ぎとは言わない。言わないが、思う。後悔はもちろんしないが。




カツオのたたきを探しに街へ繰り出した。あ、スーパーに繰り出したのだった。しかしどこにも見当たらない。美味しそうな刺身が割引されていたので迷わず購入。旨い。



昨日の残り、マカロニサラダ。2日目も美味しい。



白菜漬け。おかわりした。



昨日、妻が作った子供達のそぼろが余っていたのでコッソリもらった。温め直したら焦げた。しかしそれが香ばしくてなかなかの味になった豆腐様。



揃いましたなアテの衆。

ビールをグラスにトクトクシュワシュワ。


目を閉じてグラスを目の前にかざす。

ビールの神様に1人で晩酌する事を報告。


乾杯!

ブハーッ!

控えおろーっ!

この紋所が目に入らぬかー!



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私は20代の中頃に九州から東京へ移住した。当時は5年で帰ると母親に約束してきたのだが破った。そして我が人生は今、東京に住んでいる時間の方が長くなった。

 

上京してすぐの頃は頼ってきた友人宅へ1ヶ月ほど居候した。しかしそんなことは長く続けられないのでアパートを探す。世田谷に築40年は経っている木造2階建ての物件があった。家賃6万5千円で駅から徒歩3分のロケーションが決め手となりすぐに引っ越した。引っ越すといっても荷物など何もないのでとりあえずカーテンだけを買って住み始めた。

 

アパートを借りるためには仕事を持っていなくてはならない。定期収入がないと不動産屋は相手にしてくれないからだ。私は当時の就職情報誌といえばこれ、断然「日刊アルバイトニュース」だったと思うがそれで仕事を探し、無事に採用された。

 

4tトラックに乗ってルート配送を行う運送屋に決まったのだ。もちろん積荷はビール。雇ってくれた会社側が上京してきたばかりの私に対して道も分からないだろうとビールの配送センターと問屋を結ぶルート配送にしてくれたのだ。今考えると良い会社だった。色々な意味で。

 

運送屋でトラックに乗るという仕事は上京してから2年間続けたのだが、今日ここで書くのは最初の1年ほどが経った頃の話である。


 

私は毎日2キロほどの道のりを原付バイクで通勤していた。仕事が終わり帰宅する時は途中にある酒屋に寄り、発売されたばかりの発泡酒であるサントリーHOPSの1リットルを買って帰るのが日課だった。安くてビールとほぼ味が変わらないHOPSは貧乏な若者にとって救世主だった。

 

その日もHOPSを抱えて晩酌を楽しみに急いで木造アパートに帰った。ビールを冷蔵庫に冷やして風呂でもわかそうかと思った矢先にドアをノックする音がする。築40年のアパートにインターホンなどという気の利いたものなどあるはずがない。薄っぺらい木製のドアから「コンコン」と音が聞こえた。

 

「はいー」

 

私は仕事から帰ったばかりの時間帯にやってきた訪問者に多少不信感を抱きながらもドアを開けた。

 

「〇×新聞の者です」

 

そこに立っていたのは先週田舎から上京してきたんですけど「田舎モン」と呼ばないでくださいね、今18歳です、といった見た目の感じがする大人しそうな青年だった。新聞の勧誘のようだ。

 

青「すみません、今、どこの新聞をとっていますか?」

 

C「△□新聞だね」

 

青「〇×新聞を取ってもらえないでしょうか」

 

やはり新聞屋だ。青っちょろい、いかにも気の弱そうな青年はそういって私を勧誘した。

 

C「いや、△□新聞はまだ契約が残っているから変える気ないよ。ごめんね、お兄さん」

 

私は優しくそう言って勧誘を断った。

 

青「あ、すいません。では、洗剤をこれだけつけますのでとってもらえませんか?」

 

青年がモノで釣ってきた。私は早く風呂に入ってビールを飲みたいので会話をすぐにでも終わらせたい。

 

C「いや、変える気ないんだよ。」


少し強めの口調で言った。

 

青「だったら、これを付けたらどうですかね?」

 

野球の観戦チケットを2枚取り出した。そんなもので私の気持ちが動くはずがない。

 

C「いや、いいって。変えないから。」


口の中がビール一色になっている私の気は短くなってゆく。

 

青「それじゃ、困るんです。じゃあ洗剤をもう2個付けます。」

 

しつこい野郎だ。


C「もういいから帰れよ。こっちは忙しいんだ」


青「お願いです。洗剤をもっと付けますから」


全く引っ込まない奴だ。困った顔をしてなんだか後ろを気にしはじめた。


C「しつこいなー、俺はこれから夜勤なんだよ。忙しいんだから、もう終わり!」


私は嘘をついて部屋のドアを閉めようとドアノブに手を伸ばした。その時である。握ろうとしたドアノブが私の手がある方から離れてゆき、逆にドアが大きく開いた。ドアの後ろにもう1人いたのだ。


そこに立っていたのは歳の頃40代半ば。頭は茶髪で短く揃えている。小太りで背は私よりも5センチほど低いようだ。ダボダボのウォッシュジーンズに白いハイネックシャツ。ド派手な刺繍の入った黒いスカジャンを着て、日焼けした黒い顔がテカテカと光る男だった。眉毛も細く剃られていて眼光鋭く、明らかに友達になりたくないような一重まぶたで威圧感のある男だった。


なるほど、そういうことか。この田舎モン青年が引かないはずである。このガラの悪い男が後ろ盾になって半ば脅されるように私に新聞のを勧誘していたのだろう。引かないはずである。


私は大いに動揺した。見るからに格上に見える。オシッコちびりそうだ。すぐにでも「はい!じゃあ新聞とらせていただきますね!」と土下座しながら笑顔で言いたい。私は敵ではない。仲間です。そう!仲良くやりましょうよ!と握手をしたいと心から思った。思ったのだが、先ほどまで田舎モン青年相手に高圧的な態度を取っていた手前、急に手のひらを返して格好悪いこともできない。私はとりあえずビビってませんよ、と言った態度で小太り茶髪に言った。


C「なに?」

 

 よし。声は震えなかった。


茶髪「取ってくれないよねー」


意外と見た目と違いカン高い声だった。


C「さっきから言ってんでしょ」


茶髪「オッケー。お兄さん、これから仕事なんだよね。ごめん。またなんかあったら取ってよ。それじゃ」


小太り茶髪はそう言って田舎モン青年を引き寄せドアを閉めて帰っていった。あっけない幕切れである。私は体の力が一気に抜け、大きくため息をつくとともに緊張した体を解放した。いやぁ、怖かった。あの顔で何度か凄まれたら、絶対に新聞をとっていただろう。


私はそんな根性ものではない。どちらかというと若い頃は悪そうな人に憧れた不良の雰囲気をファッション的に捉えていたビビりの根性なしである。道端でホンモノの根性が入っている方々とお会いしたら、すぐに道を譲って目を逸らし、できればもう二度と会いたくないと思うような純情青年なのだ。


ああ、あの小太り茶髪がすぐに帰ってくれてよかった。早く風呂を沸かして晩酌の準備をしよう。そう思いながら風呂場に入った時にふと思った。なぜあの小太り茶髪はすぐに引っ込んだのだろう?普通だったら田舎モン青年の手前、私に凄んでみせて契約を取らせ「こうやるんだよ」と手本を見せなくてはいけないはずである。しかし小太りはすぐに諦めた。


そう言えば私が小太り茶髪を見て一瞬ひるんだ時に、やつもなんとなく驚いたような顔をしていたな。私は風呂場にある鏡に映った自分の姿を見た。


そこにいるのは、上下濃紺の作業服に身を包み、あご髭を蓄えた金髪の青年。作業服の胸にはその街で結構有名な色々な意味で怖い社長がいる運送会社の社名が白字で刺繍されているではないか。


おぉ!静まれ、静まれーっ!

そ、そこにおられる方をどなたと心得る!先の副将軍。水戸光圀cornにあらせられるぞ!ええーぃっ!頭が高い!控えおろーっ!


鏡に映った私の姿の後ろに後光が差していた。スケさんカクさんはいなかったけど、小太り茶髪を退散させるだけの風貌、いや所属事務所がバックについていたのだ。


メシツブメシツブ。

 

 

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息子が膝が痛いと言っていたので、先日病院に連れていった。医者は軽い炎症と思うから大丈夫だろうと言ったのだが、息子がMRIを取りたいと言い張った。


今、息子がMRIを撮っているので待ち時間にこのブログを書いている。終わったら息子と飯でも食いに行こうかと思う。ラーメンかな。もちろんビールも忘れずにね。


ビールをこよなく愛する皆さま。


今宵は令和の水戸黄門さまの横にいるスケさんなのか、カクさんかが印籠を持つように


乾杯っ!なのであーる!

控えおろーっ!

ムフフフフ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

【昨日のビール】

ロング缶:3本

芋焼酎ロック:5杯

 

昨日は飲んだ。あ、昨日飲んだ。最初から決めていた。今日はロング缶3本飲むぞと。自分で平日は2本までと決めているが敢えて破った。飲みたくて仕方がなかったのと、外が雨でランニングに行けなかったから。なので早い時間から一人で晩酌を始めた。飲まないわけにはいかないのである。ビールの神様に失礼に当たるからね。そんなことないか。

 

 

 

常備しているサバの塩焼き。前の日はアジフライだった。また今日も食べたくなったが雨で買い物に行かなかったので冷蔵庫から掘り出してきた。安定の旨さ。大好き。

 

 

妻が買ってきていた蝶々型のマカロニが大量に余っていたのでマカロニサラダを作った。玉ねぎスライスにシーチキンも加えて、マヨネーズと塩コショウ、すし酢で混ぜ合わせた。美味しくないわけがない。家族全員の大好物だ。

 

 

フライドチキン。ピリ辛で美味しかった。

 

 

 子供達が食べるそぼろ丼の一部を分けてもらったお豆腐さま。旨い。

 

 

揃いましたなアテの衆。

タンブラーにビールをトクシュワ。

目を閉じて今宵も晩酌ができる幸せに感謝。

 

乾杯!

ブハーッ!

 

グラスは右手で持って乾杯しているぞ!

 

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昨日に続き下戸、上戸つながりのようなものを書いてみる。

 

 

酒飲みのことを左党とか左利きという。ご存じの方も多いかと思うがその昔、大工が家を建てるときなどにノミで木材に穴をあけて加工する。右手で槌(ハンマー)を持ち、左手にノミを持っていた。右手は槌手、左手はノミ手と言われたことに由来する。「ノミ」が「飲み・呑み」ととらえられたのだ。そこで左党・左利きはお酒を飲むのが好きな人と表現されるようになった。なんとなく聞いたことがある話だ。

 

左党、上戸、両方とも酒好きの意味として使われる言葉だが、これは大昔から使われていたもので「左党・左利き」という言葉は庶民が使う言葉、「上戸」は貴族の隠語として使われていたそうな。そして武士は必ず盃を左手で持って飲んだそうである。いつでも右手で刀が抜けるようにということだ。納得。

 

昨日から偉そうに博学ぶりをブログに書いているが、これはほぼネットで調べたことばかりである。博学などでは全くない。キーワードで検索すれば溢れるように情報が出てくるので、ちょっと調べれば私が書いているような内容はすぐにわかってしまう。便利な世の中なのである。

 

左党とか左利きとか、酒飲みのことを表す言葉を調べているとふと利き手の割合についてどうなっているのだろう思ったので調べた。右利き、左利きはどれくらいいるのだろうか。なんと全世界の9割が右利き、残りの1割が左利きだそうである。

 

昔は左利きだといろいろ不便だからといって、子供の頃にわざわざ右利きに直される人もいた。何を隠そう我が家の子供達は二人とも左利きだ。正確には左利きだった。息子はそのまま左利きで育ったが、娘は右利きになった。幼い頃、娘の鉛筆を持つ手が左だったので右で書いてみたら?と言うと、その日から右手で書くようになった。しかし左手の方がよく動くようで何か細かい作業などをするときは左手を使う。私から見ると「えっ?」と思うようなことで左手を使うので非常に器用に見える。ちなみに息子は書道のときは右手で筆を握る。しかもなかなか達筆に見える。これも不思議。

 

右利きと左利きはどうやって誕生するかというと、諸説あるがやはり脳みそに関する内容に説得力を感じる。脳みそには右脳と左脳があるというアレである。右脳はひらめきや直感などを司っていてどちらかというと芸術的なことにたけている。一方左脳はというと記憶や計算など論理的な部分を司っているといわれる。

 

右脳から出た信号は首にある延髄を通って左の筋肉に直結する。左脳から出た信号は右に伝わる。どちらの脳が長けているかによって利き手が変わるというのだ。そういえばどこかで左利きは天才肌で変わり者が多いと聞いたことがある。我が子達もそうなのか、、、

 

と、ここで打ち明けるが、実は私も左手の方が利き手になることが唯一ある。まあ、大したことではないのだが、ぞうきんを絞る時に右利きの人と反対に絞るのだ。なぜだか全くわからないがそうなった。小学生の時に大掃除か何かでぞうきんを大量に絞る役に選ばれた。私はバケツですすいだぞうきんをどんどん絞ってみんなに渡す。すると受けっとった人の中で、何人かが増し絞りとでもいうか、私が絞ったぞうきんをもう一度絞ろうとする。その時に絞るどころか緩むというのだ。私はみんなと逆向きに絞っていたのだ。

 

その時までは全く気付かなかった私の特徴である。少し驚いた。しかし何度やっても反対側に絞るより、いつも絞る側の方に力が入る。小学生時代のある日、突然cornの左利き起源説が現れたのだ。だとすると、もしかしたら私も天才肌なのかもしれない。そう考えて少しニヤつくのである。ムフッ。あっ!変わり者のほうか!クソッ!

 

そして我が人生の中で大切な時間。酒を飲むとき。瓶ビールは右手で持つ。コップは左手。トクトクシュワシュワと注いだらグビグビと一気に飲む。おぉ!コップは左手にある。これは左利きではないか!まさしく左党だ!しかし、お店で大ジョッキを頼んでウヒョヒョと飲むときはというと・・・アッ!右手だ!

 

まあ、大酒のみに右利き左利きは関係ないようだ。どうすればお金をかけずに美味しいお酒をたくさん飲めるか?というようなことはいつでも瞬時にパパっとひらめくし、論理的に考えるのも得意なのである。

 

あぁ、晩酌が待ち遠しくなってきた。

 

 

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今宵は華金。この言葉を聞くと口角が上がる。タレ目がいっそう垂れる。私の中で決めている週末ルールが適用されて、ビールの本数無制限でグビグビ飲める日だからである。

 

ウトーさんも、サトーさんも、ゲコさんも、ジョーゴさんも仲良く楽しく飲もうではありませんか!

 

ビールをこよなく愛する皆さま。

華金で乾杯なのである。

 

ムフフフフ。

 

 



 

 

【昨日のビール】

ロング缶:2本

芋焼酎ロック:5杯

 

昨日も焼酎を飲み過ぎたか。本当はビールをもっと飲みたいのだが、、、

 

 

Lotusさんからコメントをいただいて魚がどうしても食べたくなった。スーパーに刺身を探しに行ったが時間が遅かったので全くなかった。もちろんアジフライに思考を変えて、魚を食べるという目的を果たすことにした。

 

 

ベジタブルスライサーズの一員としてメンバー全員持っている同じキャベツスライサーでキャベツの千切りを作った。トマトにも乗っていただき、イタリアンドレッシングで食した。美味し。

 

 

白菜大好き白菜漬け。ご飯にも合う。

 

 

豆腐の神様。いただきます。

 

 

揃いましたなアテの衆。

 

ビールをタンブラーにトクトクシュワシュワ。

目を閉じてビールの神様に感謝。

 

乾杯!

神様!ありがとう!

膝は99%治りましたー!

早速ランニングに出たらちょっと痛くなったけど気にしない!

 

 

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話は突如始まる。日本人のルーツはいろいろあると思うがなんとなく知っていたことと調べたことを合わせてを書く。


大昔の紀元前、大陸を通って今の日本列島にやって来た縄文人と言われる人たち。縄文時代に日本に住んでいたのはみな縄文人である。アダムとイブの子孫が何世代もかけてやって来たのだろう。狩猟を主にして生活していた。

 

しばらくすると朝鮮半島からも新人類がやってくる。中国の南部で主に生活していた人たちである。この人たちは農耕民族だった。縄文人と出会い恋に落ちるのである。この人たちを弥生人と呼んでいる。昨日からの続き「弥生」についての話なのだ。

 

なぜこのようなことを書くかというと「弥生」をネットで調べたら「弥生人 下戸」という言葉が出てきた。下戸?酒飲みの私としては放ってはおけないキーワードだ。

 

下戸とは体質的にお酒が飲めない人。飲むと顔が赤くなって頭痛が出たり気持ちが悪くなってしまうようだ。私も飲み過ぎた時には同じような症状が出るときがある。

 

下戸というのは世界的にみると本当に少ない体質である。欧米、アフリカの人たちに下戸はほぼいない。いるのはアジアの一部地域である。

 

歴史的に見て日本列島に初めて住んだ縄文人に下戸はいなかった。これは遺伝子を見ればすぐわかるそうだ。そして中国からやって来た人たちに下戸の遺伝子を持った人たちがいて、その人たちが作った時代が弥生時代になるのだ。

 

人類はそれまで狩猟で生活していたのだが、中国で農耕を始める人達が出てきた。その際に食べる物が大きく変わり、突然変異型の下戸遺伝子が生まれたのである。その人たちが日本列島へやってきて縄文人と恋に落ちる。そして日本には下戸と大酒のみの2種類の人たちが存在するようになったのだ。このことは国税庁のホームページにも書かれていて面白かった。


現代の日本人でも縄文系の顔と弥生系の顔が受け継がれているという。私のブログに顔を出されている方はほぼ縄文系の人だろう。下戸が弥生系、上戸が縄文系なのだ。


縄文系の人たちの傾向として、眉毛が濃く彫りが深いハッキリとした顔立ちが多いそうである。私の顔はほぼジョージ クルーニーと一緒なので当たっている、、、しかし下戸でもハーフのような目鼻立ちの整っている友人がいるので一概には言えないようだ。

 

もう少し調べた。下戸と上戸の話。言葉の由来は1300年前に遡る。大宝律令という言葉を歴史の授業で習ったことは覚えている。どうもその律令に由来するらしい。

 

上戸の上に大戸というものがあるらしい。なんだか定食が食べたくなるような名前だ。これは律令の中で階級を示す呼び方のようである。家族の中に青年が何人いるのか?という基準で階級が定められていたそうである。

 

大戸:8人以上、上戸:6~8人、中戸:4~5人、下戸:3人以下。大戸が上流階級、下戸は下流になる。青年がたくさんいる家は税金をたくさん納める必要があり大変なのだが、その見返りとして婚礼の時にお祝いの酒をたくさんもらえたそうである。上戸は8瓶、下戸は2瓶と決められていたそうで、そこから上戸と下戸という言葉が由来しているそうだ。上戸はたくさんお酒が飲めて、下戸は飲めないということのようである。

 

なんとなく想像していたものと全く違った歴史があったのだ。「ゲコ」という言葉の響きから想像するものが私の頭の中では大きかった。

 

 そういえば笑い上戸という言葉はあるが、笑い下戸という言葉はない。その代わりではないが泣き上戸という言葉はある。


酒は明るく楽しく飲みたい。そしてたくさん飲みたいのだ。酒飲みたるもの、いつまでも笑い上戸な大酒飲みでありたいものである。



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昨日は4日ぶりのランニングに出たが、明らかに気温が高かった。少し生ぬるい風に感じたので間違いなく春はすぐそこまで来ている。


三月は弥生、そこから下戸の話まで二日連続で弥生について書いた。いよいよ草花が生い茂る弥生に突入だ。


ビールをこよなく愛する皆さま。

マーチ(march)に待った季節がやってくるのである。


乾杯!

ムフフフフ。