2026年1月5日。新年の仕事始めの日である。今回の年末年始休暇は曜日がうまくはまり、9連休という長く楽しいモノだったので社会復帰できるか不安だったが仕方がない。年始恒例の全社朝礼もあるので、いつもの時間に起きた。
年末年始で溜まったゴミの収集日でもあったので家中のゴミをかき集めて袋にまとめた。いつもより多い二袋を抱えて家を出た。辺りはまだ暗い時間である。マンションのゴミ収集室にはこんな時間なのにいつもの倍くらいのゴミが積まれていた。毎年、どこの家も状況は同じなのだな、と思いつつ歩き始めた。
駅までは15分弱の道のりである。途中で大きな道路を横切るのでいくつかの信号に引っかかる。しかしこの日はタイミングが良く、私が横断歩道の前に立つと同時に信号が青に変わった。この道を渡って少し行くともう一つの信号がある交差点を渡らなくてはいけない。しかしその信号が青になるタイミングは、今渡り始めた横断歩道からかなり早歩きで行かないと渡り終えるのがギリギリになる。いつものように急いでその交差点に向かい、うまく渡ることができた。
ここから先は特に急ぐような信号もないのでゆっくり歩く。最初の角を左に曲がったら真ん中に広い遊歩道があり、その両側にはお互い反対方向に進む一方通行の道がそれぞれ通っている。そして30メートルほど歩いたところに信号のない小さな交差点がある。見通しも良く、車の通りもかなり少ない場所なので、私はいつも通りに一方通行の道を歩いていた。
その小さな交差点の手前10メートルほどのところで、私は右側の道からオートバイが走って来るのになんとなく気づいた。ライトが一つしかないのでそれがわかったのである。そのバイクが進んでいる道と私が歩いている道が先の信号がない小さな交差点でつながる。
バイクがいる地点から私が歩いている道と交差する地点までには一時停止が2つ存在する。バイク側の道にである。私が歩いている道は有線道路なのだ。自動車は遊歩道を挟んだ一方通行の道それぞれと交差する前にいったん止まらなければいけないルールである。私はその様な事など一切考えることもなく駅に向かって歩いていた。すると突然、右側からもの凄い衝撃があったかと思うと右足に激痛が走った。
「痛えーっ!」
かなりの大声を出した。何が起きたか全く分からないまま私は道路に強く押し倒される形で寝ころんだ。口の中に大きな石が入ったので吐き出すと、真っ赤な血にまみれて白いものがアスファルトの上に転がった。歯だろうな。なんとなくそう思った。激痛で起き上がれないが、何が起きたかを確認するために首を少しだけ上げて周りを見回した。すると1台の原付バイクが転がっていた。さっきなんとなく気づいたバイクである。
なぜあんなに遠くにいたバイクが私にぶつかったのかが非常に不思議だったが、そんなことを考える余裕はなく、ただ痛みに耐えるのが精いっぱいな状態である。
『大丈夫ですか?』
女性の声が聞こえた。そのバイクの持ち主の声だろう。
「足が痛いです」
私はそう答えた。
『起き上がれますか?』
「痛くてダメです。助けてください」
『私も起き上がれない』
相手の足もバイクの下敷きになっているようだ。しかし何とか抜け出してきたようで、私の横に来た。それと同じタイミングで通りすがりの男性が車から降りてきてくれた。
『大丈夫ですか?』
「いや、痛くて起き上がれないです」
『とりあえずバイクを動かしましょうか?』
そういえば我々は歩道の延長線上にある交差点の真ん中でそれぞれ倒れている状態だったのである。
『起こして!早くおこして!』
とても乱暴な言い方で私の事故の相手女性が、助けに来てくれた男性に対し命令するように言った。
男性は私に道の真ん中なので端に寄ったほうが良いと言った。痛いので本当はそのまま寝転がってていたかったが、意を決して体を持ち上げた。しかし起き上がれない。痛みが強すぎるのである。仕方ないので痛めていない左足に全神経を集中させ右足を引きずりながら両手を道路について何とか端に寄った。情けない格好で道の端によると、そのまままた仰向けに寝転がった。
相変わらず相手の女性が助けに来てくれた男性に対し、命令するような口調で救急車を呼ぶように言っているのが聞こえる。本人は警察に電話しているようだ。そうだ、私も連絡しなくては。携帯を取り出し妻に電話をした。
「交通事故に遭って轢かれた。相手はバイク。大丈夫だけど足を怪我をしている。あと歯も折れた。」
電話の向こうであからさまに狼狽している妻の状況が聞き取れた。歩いて帰ることができない事は自分でも理解していたので、救急搬送されるのは間違いないだろう。病院が決まったらまた連絡するということを伝えて電話を切る。道路に仰向けに横たわると、明るくなり始めた空が見えた。
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『大丈夫ですか?』
私の頭上にかがむ形で警察官が現れた。
「足が痛くて立てないです。あと前歯が折れました。」
『わかりました。今、救急車が来るのでもう少し我慢してくださいね』
優しい対応が少しだけ安心感につながった。
それからどれくらい経ったか覚えていないが、感覚的には少し長く感じた頃にサイレンが近づいてきた。なんとなくホッとした。救急隊員は警察官と同じように私の状況を質問すると、私の横にストレッチャーをに置いた。どうやってその上に乗ったかは覚えていない。
ストレッチャーは高さが二段階になっており、私が横たわる際には地面すれすれ、救急車に乗る際は車内のちょうど良い高さになるよう調整された。衝撃はほとんどなく、足を痛めた私にとって非常にありがたかった。住所や名前、身長体重などを聞かれたような気がする。痛めた部位を確認していると、他にもいろいろと擦りむいている場所が見つかった。
警察官も車内に乗り込んできて私の情報や状況を簡単に質問してきた。瞬時にいろいろ考えることができず、とりあえず名刺を渡し、できるだけ喋る機会を減らした。
『cornさん、折れた歯が見つからないんですがどうします?』
警察官が残念そうにしながら戻って来た。
「折れた歯って、また使えるんですか?」
『使えるケースもありますよ』
「私が血を吐き出した場所の半径1メートル以内にあるはずです」
そう言うと、しばらくしてから湿ったティッシュに包んだ歯を青いビニール袋に入れて持ってきてくれた。ありがたい話である。
早朝に整形外科医がいる救急病院が近所にない、と救急隊員に言われた。確かにそうだろう。救急病院自体は今いる場所からすぐ近くにあるので、私はそこに運ばれるのだろうとばかり思っていた。しかし実際には違ったのでとても残念に感じた。
『入院はできませんが、救急で診察してくれる病院がありました。そこで良いですか?ここから少し離れていますが。』
申し訳なさそうに隊員の方が言う。
「はい、大丈夫です。お願いします。」
私の同意を得てから、また少し待ち時間があった。受け入れ先と調整しているのだろう。
『病院が決まりました。迎えに来てくれるご家族はいらっしゃいますか?』
迎えは問題ないことを伝えると、事故発生からおおよそ50分後、救急車がサイレンを鳴らして走り出した。
もの凄く昔の話だが「救急車は乗り心地が悪い」ということを友人に聞いたことがあった。友人はバイクに乗っていて車に衝突され大けがを負ったのだが、その時隊員の人に乗り心地が悪いということを冗談めいて言ったそうだ。
『意外とそうなんですよ。でも、そう思えるということは命が確かにあるということなんですよ。』
友人からその話を聞いて、なるほどなと思った。そのことを思い出しながら、今私が乗っている救急車は結構乗り心地が良いなと思った。隊員の人には言わなかったが、ストレッチャーのクッションが絶妙な緩衝材となっていて、痛みを感じさせないようにしているのである。友人が隊員の人から言われた言葉の意味からすると、私は死ぬのか?などと考え、気持ちも少しほぐれていることが分かった。
20分ほど走った先の病院でサイレンが止まった。救急車のリヤゲートが開くとストレッチャーのままで夜間外来の方に運ばれる。建物側のドアが開き、けだるそうな若い男の看護師が見えた。
名前や住所などを聞かれ痛い部分を教えると、すぐに脳のMRIを撮ることになった。頭を打っていないことは分かっているが、念のための撮影である。その後は足のレントゲンだ。
しばらく待っていると私より10歳ほど先輩に見える医師がやってきて、脳、足の骨、共に異状がないということを優しく私に告げた。必要だろうということで診断書も書いてくれた。手慣れたものである。
『痛み止めの薬を出しますので、とりあえず明日、もう一度来てください。状況を確認しましょう』
そう言って予約まで取ってくれた。ありがたい。妻に病院の場所をLINEで送っていると、最後に看護婦さんがやって来た。
『歩けますか?』
そう聞かれたが、とても歩けそうにないことを伝えると松葉杖を持ってきてくれた。サイズの合わない特大のモノだが、今はこれしかないので後で変えましょうということである。仕方ない、人生初の松葉づえ体験だ。
全ての診察が終わり、夜間外来の会計待ちをしているとスマホがブルっと鳴った。LINEが入ったのだ。妻だろう。
「これから息子と一緒に行くよ。学校休んだ。めっちゃ心配しているよ。」
嬉しいのと共に、心強く感じた。
続く、、、
かな?
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足の怪我は意外と悪く、事故翌日にMRIを撮ったので来週、専門医による診断がなされる。最悪手術の可能性があるとのことだ。昨年、息子がやった怪我と非常に似た状況になって来た。やれやれなのである。
それよりなにより一番困るのは、自由に外出できなくなったことである。
私にとって命よりも大切なビールが買いに行けないではないか!
刺身はどうする?
芋焼酎だって飲んだらなくなるぞ!
ビールをこよなく愛する皆さま
安心くだされ
その様に
酒だけは毎日欠かさず飲んでいるのである
であるからして
やっぱり今宵も
キンキンに冷えたビールで
乾杯ッ!
なのである。
ムフフフフ。
