我が家は4人家族である。妻と息子、そして娘がその内訳なのだが、もう一人というか、もう一羽、家族がいる。水色の美しい羽根を身にまとったセキセイインコだ。
実は私が子供の頃もセキセイインコを飼っていて、もう忘れてしまったが2羽か3羽の歴代インコがいたと思う。その思い出もあってか息子が小学校低学年、娘が幼稚園の頃のクリスマスに近い日、2015年の冬に我が家へその青いインコがやって来た。女の子で、名前はルルちゃんだ。幼い子供たちはよくそのルルちゃんを可愛がった。
それから2、3年ほど経ったある日、私が仕事から帰ると娘が泣きながら私のもとへ駆け寄ってきて言った。
「今日、ルルちゃんをベランダに出していたら逃げちゃったの。一生懸命探したけど見つからないの。」
普段は家の中で過ごしているルルちゃんだったが、たまには日光浴させなくてはと、ベランダに出すことがあった。しかし、セキセイインコは非常に頭が良く、カゴの扉にかけた金具を上手に外して外に出てしまったのだ。カゴから解放されたルルちゃんは、自由を手にしてそのまま大空に羽ばたいていったのだろう。今頃、友達と仲良くやっているか、もしくは近所の誰かの家に行って、優しい家族に育てられられているかもしれないよ、私はそう言って娘をなだめた。しかし毎年クリスマスが近づくと決まって子供たちは、どうしてもまたインコが飼いたいと言い出すのである。
2019年の冬のことだった。「見るだけだぞ」そう言って近所のペットショップへ2人を連れて行くことにした私は、車を走らせる。しかし、一番興奮していたのは私だったかもしれない。店内を走らないように子供たちに注意しながら、ゆっくりと歩み寄った小鳥コーナー。
ウサギやハムスター、文鳥やオウムが並んだその先には、2年前にいなくなってしまったルルちゃんと全く同じ模様で、水色の羽をした、生まれて数か月の赤ちゃんインコがいた。子供たちは大喜びで目を丸くし「ルルちゃんだ!」といって、私に飼ってくれとしつこくせがんだ。今日は見るだけだと約束していたので、上手に言いくるめてその日はそのまま帰った。しかし、あきらめきれない子供たちから毎日のように説得され、ついに根負けして翌週にそのペットショップへと出向く。そこには我々を待っているかのようにあの水色のセキセイインコがいた。
新しい家族を迎え入れた我が家では当然のように名前問題が勃発する。あれでもない、これでもないと息子と娘は子供同士で悩んでいるのだ。
「またルルちゃんでいいんじゃない?」
なんていい加減なことを私が言うと、二人は顔を真っ赤にして怒った。そして悩みに悩んで決まった名前が「ココちゃん」だった。仲良くしていただいているブロガーさん、Lotusさんの家にいる子猫ちゃんと同じ名前だと後で知って驚いた。
ココちゃんはオスのインコで、家に来てすぐの時は非常に大人しく過ごしていた。しかし1週間もすると我が家の環境に慣れて、元気よくさえずり始めた。特に朝は非常に機嫌がよく、止まり木の上でお相撲さんがしこを踏むような仕草をしながら、右に左に体を振ってよくお喋りをした。家族のしゃべる言葉を覚えて、それをそのままオウム返しではなく、インコ返しで口ずさむのが得意である。しかも驚くことにその言葉を発した人の声まで真似て喋るのだ。一時期、私が風邪をひいて咳を繰り返していたら、それを真似して咳をするココちゃんになってしまったこともある。
一番よくしゃべる言葉が「ココちゃん、だーい好き」である。これは娘がいつもよく言っている言葉だ。次は「お休みしゃん」である。夜、ココちゃんの部屋にカバーをかけて寝せる時に私がよく言っている言葉である。「しゃん」とは、例えば人の名前を呼ぶときなどに「○○さん」と呼ぶのだが、私の出身である九州では「さん」の部分が訛って「しゃん」になるのだ。息子と娘が幼い頃、眠る前に必ず私が言っていた「お休みしゃん」の挨拶だったのだが、ココちゃんにも言っていてそれを覚えたのだ。「お休みしゃん」のあとに「また明日ね」と付け加えると、それも一緒に覚えた。ココちゃんは機嫌が良くなると、朝から「お休みしゃん」「ココちゃんだーい好き」「また明日ね」を繰り返した。
ココちゃんが小さい頃はなんでもなかったのだが、昨年の夏あたりからご機嫌になると、お喋りに合わせて餌を吐くようになった。俗にいう「吐き戻し」というやつで、求愛行動のひとつである。ついにココちゃんも大人になったのだ。餌を吐いて相手にそれを食べさせるという鳥特有の求愛行動をとるのだが、当然ココちゃんにはその相手はいない。その相手になるのはだいたい飼い主の手だったり、おもちゃだったり、鏡に映った自分などだそうである。ココちゃんも同様で、自分の部屋に飾られた鈴や、ブランコ相手に良く喋り、良く吐いた。2,3日放っておくと、その吐き戻した餌が山になるほどの量である。これは衛生的に良くないことであり、インコの体調にも悪影響だと調べて分かった。吐き戻しをさせないためにはいくつか方法があることが書かれていたので、我が家でもそれを取り入れることにした。
まずは求愛の対象となるモノをすべて取り除くこと。我が家ではおもちゃをすべて取り除いた。そして十分な睡眠を与える事。インコが恋の季節を迎えるのは陽が長くなった暑い夏の時期である。人間に飼われたインコは、遅い時間まで明るいままで、1年中暖かい部屋の中にいる。なので季節感が無くなってしまうため強制的に早く寝せることが大事なのだそうである。なるほど、ココちゃんも陽が落ちた18時頃にはカバーをかけて静かな部屋に寝せることにした。したのだが、いっこうに吐き戻しが収まることはなかった。何もなくなった部屋で吐き戻しの相手になったのは、ついに自分が止まっている止まり木になってしまった。これはもう防ぎようがないのである。
不潔にするわけにはいかないので、ココちゃんの部屋掃除を頻繁に行うことになる。誰がやるかというと、在宅勤務が中心である私がやるというのが自然の成り行きだ。それを見た家族はそれが当たり前になり、掃除することが全く無くなってしまった。このヤロウ。たまに私が怒ると、娘がしぶしぶ掃除したりした。
吐き戻しが止まらないココちゃんに頭を悩ませた私は、またいろいろと調べる。すると、餌を与えすぎているということに気が付いた。よく考えれば、そりゃそうである。ココちゃんの餌は餌箱の中に山盛りで入れておき、それが少なくなったらまた入れるということを繰り返していた。そうなると、ココちゃんはいつでも餌を食べ放題、そして吐き放題なのである。
セキセイインコが1日に必要な餌の量を調べたら、なんと4gほどで十分ということが分かった。計りで計ったらほんの僅かだということが目で理解できた。それを知った私は餌のあげ方を変更し、朝いちばんに餌箱へ5~6gほど入れる作戦に出た。次は翌日の朝である。これならお腹が空いて吐き出す分の餌はないはずだ。しばらく様子を見たが、この作戦は成功した。ココちゃんの吐き戻しは全くではないが、劇的に減ったのである。
先日、ココちゃんが餌を全く食べない日があった。何となく元気がなさそうで、一日中部屋の止まり木にとまったまま、お喋りすることもなく眠ったり、目を覚ましたりを繰り返すだけである。ウンチも水っぽいので餌の中に栄養剤などを入れてあげ、その日はそのまま寝せた。
翌朝、ココちゃんを見に行くと昨日と同じであまり元気がない。黒目をまん丸にして羽をぷっくりと膨らませる姿はまるで人形のようでとても可愛かった。それを見た息子が「ココちゃん寒いんじゃないの?温めてあげたら?」と言った。しかし私は温めるとまた吐き戻しをし始めると思って放っておいた。
家族が全員出払った家で、ココちゃんと二人になった私は在宅で仕事をしていた。やっぱりなんとなく気になり、寒そうにしているココちゃんを温めてあげることにした。昔買っておいた小動物用のヒーターを持ち出してつけてあげたのだ。ココちゃんはこれが怖いようで、昔からヒーターがある反対側の方に逃げる。この日もそのようにしていた。
18時になったので、寝せることにした。ヒーターを付けたまま寝せたら明日には元気になるかな?などと安易に考えてカバーをかけた。お休みしゃん、また明日ね。
そのま1時間半くらいしたころだったか、息子が学校から帰ってきた。
「ココちゃんどう?」
私も気になっていたのでカバーを外して中を見ると、なんとココちゃんは止まり木から落ちて、床の上で力なく震えていた。おそらくヒーターが熱すぎたのだ。抱え上げて様子を見たが、元気がないままである。これはいけないことをしてしまった。元気がないココちゃんを柔らかいタオルに包んで様子を見るくらいしかやってあげられることはなかった。
水が飲みたくなったり、お腹がすいたらすぐに食べられるよう鳥かごの入り口の上にタオルを敷いてそこにしばらく置いておく。すると息子が心配そうに寄り添ってじっと見てくれていた。
妻と娘はまだ出かけていたので、息子とココちゃんと3人で過ごした夕方なのだが、1時間くらい過ぎただろうか。ふとココちゃんを見ると止まり木に登ってウトウトと寝ていた。
「おお、良かった!」
私は喜んで息子に伝えると息子も安心したようで、自分の部屋に戻っていった。そのあと妻と娘が帰ってきたが、その日はココちゃんの様子をすべて伝えるとそのまま寝せておくことにした。金曜日の夜の事だった。
翌朝、目覚めてココちゃんの様子を見るとやはり元気がないままで止まり木にとまっている。土曜日なので妻と娘はまだ寝ている。息子だけはココちゃんの心配をしながら、早い時間にサッカーの練習で出かけて行った。元気がなく、寒そうにぷっくり膨れたココちゃんが心配なので私は温かい場所に鳥かごを移して様子を見た。
状況は全く変わらないので、もうこれは一大事であると判断し、私は病院に連れて行くことに決めた。いろいろ調べると車で20分ほどの場所に鳥類専門の動物病院があることが分かった。時計を見ると朝8時である。病院が開くのは9時半だ。ホームページには鳥が元気がない場合、昆虫用の虫かごなどに入れて連れてきてください、と書かれていた。虫かごはベランダにあったはずである。急いで見つけ出してくると風呂場で綺麗に洗ってから拭き上げた。その時点で妻と娘が何事かと起きだしてきた。
「これからココちゃんを病院に連れて行くから手伝って欲しい」
娘にそう言うと、娘は真剣な顔でうなずいた。虫かごに柔らかいタオルを敷き詰めたら、今度は出かける準備だ。妻と娘も同じように身支度をはじめる。家の中をあちこと動いていると「カタン」という音がして振り返った。ココちゃんがいる方向だ。すると、ココちゃんが止まり木から落ちてブルブルと震えているのが見えた。これはいけない。急いで駆け寄り、ココちゃんを抱きかかえる。ぐったりとしたままあまり動こうとしない。ときたま「ジー、ジー」と鳴きながら体を弱弱しくよじらせるような動きをした。私はすぐに娘を呼んでココちゃんを抱くように言った。娘は目に涙を浮かべて、そっとココちゃんを両手のひらに乗せるとやさしく抱きかかえた。
「ココちゃん頑張れ、あとちょっとで病院に連れて行ってあげるからね」
娘は声を詰まらせながら小さな声でそう言った。妻と私も合わせて「頑張れ」と呟く。
我々が固唾を飲んで見守る中、どれくらいの時間が経っただろうか。わずかなようで、長い時間だったような気もする。ココちゃんが突然「ジー、ジー」と鳴きながら大きく翼を広げた。それは大きな青い空めがけて飛び立つように、そして大空を自由にはばたくように、力強く。
「ココちゃん、息してる?」
翼をとじて動かなくなったココちゃんを両手のひらに乗せた娘が小さな声でそう言うと、大粒の涙を流しながら心配そうに私を見た。
それがココちゃんが私たちに見せてくれた最後の姿だった。
「天国に行ったね、ココちゃん。最後は大きくはばたいて、本当に格好いい姿だったね」
私も止まらない涙をぬぐいながら、そう言ってあげるのが精いっぱいだった。ぼやけたスマートフォンを手に取り息子にLINEを打つ。
「ココちゃん、今、亡くなっちゃった。ごめんね」
「そっかー、ありがとう」
2024年11月2日。8時35分。ココちゃんは永眠した。
その日、私は外へ出てたくさんの酒を飲み酔っ払った。夜に帰宅すると、じっとして動かなくなったココちゃんの前にひざまずき、その姿を見ながら子供のようにボロボロと涙を流して泣いてしまった。家族が見ている目の前で、格好悪いと思いながらも、しかし、どうやっても止めることなどできない涙を堪えることなんてできなかった。
翌朝、早い時間に目を覚ますと庭の隅に穴を掘った。ココちゃんのお墓だ。家族で相談し、いつでも会える家の庭にいてもらうことに決めたのだ。
空は青く晴れ渡っていた。
家族全員が庭に集まると、代表で娘がその穴の中に優しく抱きかかえたココちゃんを寝かせた。
「ありがとうね」
そう言って、みんなで土をかける。平らになった地面のその上に可愛いレンガをちょこんとおいて墓石にした。これから毎日挨拶するよ。
我が家の大切な家族であるココちゃんが生きていたことを忘れないためにもここに記すことにした。心の整理はまだついていない。突然亡くなってしまったココちゃんへの対応をもっときちんとすべきだったと、自責の念に駆られる。私が死なせてしまったようなものだと毎日のように思い返す。家族は、そんなことないと言ってくれるが、ココちゃんの姿を思い浮かべると今も涙がこみあげてくるのだ。
ココちゃん
お休みしゃん
また明日ね
ココちゃん、だーい好き