【昨日のビール】
ロング缶 : 3本
レギュラー缶 : 1本
昨日は移動教室で2泊3日の間、家を留守にしていた娘と無事に再会した。
人生の中で最高に楽しかったそうである。
まだ10年そこそこの人生だが、楽しいということは非常に良かったということだ。
土産話など聞いていたら、ビール片手にうつらうつらしてしまったようだ。
昨日は久しぶりに焼酎を飲まない日になった。
後悔してるのかしてないのかよくわからない。
娘の好物のきゅう串。再会を祝して特別に2本。
娘大好きフライドポテト。
娘大好きチキンナゲット。
娘の話をつまみに旨い晩酌となった。
今日は土曜日。
妻と娘はまたまた早い時間から買い物に出かけた。
娘の友達が誕生日なのでプレゼントを探しに行くそうだ。
遅くまで寝ていた息子が先ほどゴソゴソと起き出してきた。
今は2人してリビングでスマートフォンの画面と睨めっこの時間だ。
これも時代である。
私たちの年代の土曜日といえばやはり「半ドン」である。
午前中は学校や仕事の時間。
そして給食、弁当は食べずに午後はお休みになるシステムだ。
今考えるとなんとも優雅な良いシステムだったように感じる。
小学校が終わるとお腹が空いているので、遊ぶ時間と集合場所だけ友達と決めて寄り道せずに急いで家に帰る。
私の家は父親も半ドンで家の近くに勤めていたので、同じような時間に帰宅して昼飯を一緒に食べた記憶が多く残る。
父親がきまって出前一丁胡麻ラーメンを2人分作ってくれて一緒に食べた。
卵を半熟にほぐしてスープに入れるのがあまり好きではなかった。
私は麺とスープだけのシンプルなラーメンが食べたいのだが、怒ると怖い父親が作ってくれるものは黙って食べるしかなかった。
お笑いスター誕生などのお笑い系テレビ番組を見ながら会話はあまりなかった気がする。
中学になると半ドンの午後は恐怖の部活の時間に変わった。
私は野球部に入っていて、今考えるとまさしく虐めとしか言いようのない陰湿な辛い年功序列型のトレーニングで精神が鍛えられた。
高校に入ると電車で通わなくてはならない離れた街の学校に通ったので、悪い友達とつるんで夜まで家に帰らない半ドンになった。
今現在の私の仕事である業界に足を踏み入れるまで、私は肉体労働者だったので土曜日は半ドンではなくフルドンだった。
東京に出てきて2つ目の職場には10年ほど勤めた。
もちろん肉体労働で、半ドンは存在しなかった。
半ドンどころか遅番がある仕事だった。
店頭販売と配達を兼ねる食品販売の小さな店だったが、お店自体の休みは木曜日の午前中だけしかなかった。
その他は、正月三が日しか休みのない、家族経営にアルバイト数名で回している昔ながらの店だった。
私はアルバイトで入ったのだがいつしか店長と呼ばれるようになっていた。
当時は稼ぎたかったので日曜日に休む以外はどんどん働かせてくれとお願いした。
そして出来上がったシフトはこうだ。
月曜 8時〜18時
火曜 8時〜18時
水曜 8時〜24時
木曜 16時〜24時
金曜 8時〜18時
土曜 8時〜24時
どう見ても働き過ぎだ。
しかし当時は気にならなかった。
半ドンどころか私の1度きりの青春時代は10年もの間、サタデーナイトフィーバーという文字が存在しなかったのだ!
休みの日の前日は夜中の24時までみっちり仕事なのでなかなかフィーバーできない。
今考えると非常に損した気分になるが、それでも当時は夜中に仕事が終わると、遅くまで開いているなじみの店にバイト仲間と繰り出してビールで乾杯しては泥酔していた。
翌日の休みの午前中は二日酔いで終わる。
今と変わらず馬鹿な若者だったのである。
思い出を辿るとつきなくなる、今日はそんな昔は半ドンだった日。
そう、土曜日ですな。
今、ドリップコーヒーを淹れてこのブログを書いている。
夕方には息子かサッカーの試合なので観戦にでかける。
過ぎ去った9月にさよならを告げて、やってきた10月に値上がりしてしまったビールの値段がいくらになったのか、怖くて直視することができないビールをこよなく愛する人々へ。
しかし値上がりしようが給料はそのままだろうが、今夜もやっぱりビールで乾杯するしかなさそうですな。
ムフフフ。



