*当シリーズの趣旨については、プロフィールを参照してください。

 

因果関係を見極めてから監訳せよ:たかが五文字、されど五文字(答)

 

ウィルモット『大いなる聖戦・第二次世界大戦全史』(国書刊行会)

の訳出過程での誤訳検証、前回の設問の解答編である。

 

以下の原文と監訳者の修正訳とを並べて、

 

「小生の元の訳では、どこで、どのような「五文字」が書かれていたのであろうか?」

 

との設問を発し、「原文での主節と従属節を繋ぐ接続詞に注目すべし」とのヒントを出しておいた(*文脈については、前回記事を参照されたい。なお、キーとなる部分に下線を新たに付した):

 

Neither this campaign nor the entire war was decided as a result of a single operational decision, however important, yet there is no escaping the conclusion that this particular decision was crucial in the unfolding of events because its effect was to throw away a very real chance that the Germans had in mid-July of seizing Stalingrad by a coup de main before the Soviets had time to prepare the city for an assault and to move formations from the reserve into the region.

 

監訳者の修正訳:この決定が重要なものであったにせよ、作戦上でのこの単一の決定によって東部戦線での夏期攻勢、ましてや戦争全体の帰趨が定められたことなどはあり得ないが、それでも、この決定がその後の事態の展開に決定的な影響を与えたことは疑いない。ソ連軍がドイツ側の攻撃に対応するためにスターリングラードの備えを固めて同地域に予備軍を移動させる時間の余裕を与えずに七月中旬にスターリングラードを急襲して奪取できる機会がドイツ軍にはあったにも拘らず、この決定によってその機会を放擲することとなった。

 

原文の下線を引いた箇所を見れば、小生の元の訳にあって、この修正訳で削除された「五文字」が何であったのかは推測できるであろう。如何、小生の元の訳である:

 

小生(山本)の元の訳:この決定が重要なものであったにせよ、作戦上でのこの単一の決定によって東部戦線での夏期攻勢、ましてや戦争全体の帰趨が定められたことなどはあり得ないが、それでも、この決定がその後の事態の展開に決定的な影響を与えたことは疑いない。ソ連軍がドイツ側の攻撃に対応するためにスターリングラードの備えを固めて同地域に予備軍を移動させる時間の余裕を与えずに七月中旬にスターリングラードを急襲して奪取できる機会がドイツ軍にはあったにも拘らず、この決定によってその機会を放擲することとなったからである

 

原文のbecauseを見れば、それに先行する主節の内容の原因・理由を、それ以下の従属節が説明していることは、中高生にも分かるであろう。最後の「・・・からである」五文字が、それを明確に示しており、これによって因果関係が明確となる

 

監訳者は何故これを削除したのであろうか?

 

なくても文意は伝わると考えたのかもしれないが、あった方が読者には分かり易いのではなかろうか?

 

それとも、becauseを一々「・・・から」と訳すのが中高生のやることで大人気ないとでも考えたのであろうか?

 

もしそうだとしたら、「初心忘るるべからず」という格言を銘記すべきであろう。原文に明らかにされている因果関係を忠実に訳すことが先決であり、文体を磨き上げるのは、その上でなすべきことである