<*このシリーズの趣旨については、プロフィールを参照してください。>

 

前回、設問として出したのは、Stand-off at Seaという見出しをどのように訳したらよいかというもので、ヒントとして、この見出しが包摂する箇所の一部の原文(前回の投稿参照)を提示し、更に「stand-offのoffに注目すべき」とのヒントも出しておいた。

 

ここで、小生の元の訳と監訳者が修正した訳を紹介する:

 

小生:海の戦いでの膠着状態

 

監訳者:大西洋での拮抗

 

小生がat seaの部分を「海の戦いでの」としたのは直訳調で、この点では監訳者の訳の方がよかったかもしれず、後に小生は「海洋戦」とすべきとの意見を出したが、大きな問題はそこにはない。

 

stand-offの訳として膠着状態拮抗のいずれがよいかというのが主要な問題となるが、ここで二番目のヒントであるoffに注目」の出番となる。

 

offはこの文脈では「離れている」という意味に解釈すべきもので、stand offは「立ったまま離れる」、即ち睨み合った様な状態を表現する熟語となる。

 

この文脈では何を意味するかと言えば、開戦直後の大西洋の戦いでは両軍とも決め手を欠いてどちらも相手側に対して優位に立てない状況である。

 

因みに、前回引用した原文の小生の訳を以下に紹介する:

 

「それ故に、この時期までに両者の相対的立ち位置は開戦当初と余り変わっておらず、英国海軍は艦隊戦力を数字の上では増やしたものの、五隻を超える数の護衛艦を一つの船団に付けることは稀で、その護衛艦艇の能力にもばらつきがあった一方、ドイツ海軍はと言えば、開戦以来七百六十三万千百八十八トン相当の連合国船腹を沈め、フランスとノルウェーの港湾を根拠地として獲得していたはものの、北大西洋の海運ルートに均整の取れた形で攻撃をかけることができず、同方面での英国の交通戦を遮断するには力が足りないままの状態であった。」

 

正に両方とも手詰まりで、手を出しかねていたといった状況であり、小生は膠着状態というのが妥当であると判断した。

 

では「拮抗」はどうであろう?

 

この場合、間違いとは言えないであろうが、印象としては双方とも対抗策を打ち出した上で戦いがどちらが優位ともいえないような状態となったことを示す意味合いがないであろうか?

 

実を言うと、以下のように、この見出しが包摂する別の箇所で小生は「拮抗」という単語を使用した訳をしている:

 

German cryptanalysis had broken British naval codes even before the war, and German captures had enabled them to stay ahead of the British in intelligence matters in the first twenty months of the war, but in the course of 1941 there was an equalizing of the intelligence accounts and the German naval staff became increasingly aware of the growing British success in routing convoys away from known U-boat concentrations.(ドイツの暗号解読担当部署は戦前から英国海軍の暗号を解読しており、その後自軍による鹵獲の成果も相俟って、戦争の最初の二十ヶ月の間は諜報面では英国に先んじていたが、一九四一年が進むに連れて両国間の諜報戦は拮抗した展開を見せていき、輸送船団をUボートの集結海域を避けるように英国海軍が誘導できる事例が増えていくのを、ドイツ海軍軍令部は思い知らされていくことになる。)

 

前線ではなく、後方での諜報戦の分野に於ける動きを記述した部分で、頭脳戦では両軍とも休みない活動を継続していて、その過程で双方共に相手側の優位に立つことが出来ないという状態を示しており、この場合には「拮抗」が相応しいのではなかろうか?

 

微妙な差異ではあるが、ここら辺が翻訳・監訳の見せ所であろう。

 

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