コリンが死んだからといって犬の散歩が無くなることはなく、

5時前には起きて散歩に行かなくてはならないし、餌もやら

なくてはいけないし、ドッグカフェにも連れて行かねばなら

ないし、生活が変わらないことがさみしさを紛らわしてくれて

いるのかもしれません。
前にも書いたと思いますが、最近クリスマスの調子がよくなく、

コリンと交代で病院にかかっていますが、僧帽弁閉鎖不全症

はよくならないのですよね?段々呼吸が苦しくなっているようで、

餌もあまり食べません。体重も減っています。目も更に見えなく

なったようで、最近は階段や玄関降りるときも躊躇しています。

コリンが歩けなくなった時、その1か月前に体調を崩し、毎日点滴に

通ったとき、仕事をしている間は少し忘れることもあったけど、家に

帰った時生きていてくれてホッとしました。この時から仕事が残って

いても定時で帰ることにしました。

病院も3軒回ったし、歩けるようになった時には奇跡が起こったと

思いました。神様はいるんだなあと思いました。でもそれも1か月余り

でした。そしてまた点滴に通えばまた元通り回復してくれるものと思って

いました。死に立ち会うことはめったにないのでどうやって死んでいく

のかわかりませんでしたが、コリンを車に乗せて病院へ急ぐ中、家内

の膝の上で死んでいくのがよくわかりました。大泣きでした。
コリンが死んだら、「ペットロス」から抜け出せないような気がしていま

した。だから生きている間は必死でした。でもコリンが死んでしまうと、

それまでに何度も泣いたせいか、そんなにひどい「ペットロス」にはなり

ませんでした。毎日泣いて過ごすんだろうな?気落ちして仕事どころでは

なくなるだろうなって思っていましたが、子犬たちがいるせいかそこまで

落ち込むことはありませんでした。自分の中では一番大切な存在だった

コリン。コリンが逆に今の私を励ましているのかもしれません。

コリンが残してくれたこの子たちをこれからも面倒見ていかなくては・・・。

子犬たちを火葬場に連れて行くのは大変なので、

自宅で別れを行いました。

クリスマスは自分からきてくれました。

茶太郎は促されて、

葵は強制的に

脳梗塞か脳腫瘍か、原因はわからないまま治療が続き、何とか

ほぼ普通に歩けるようになったと思ったら、別の病気が進行して

いました。これも原因が特定できないまま、コリンは旅立ってしま

いました。

1か月前からゴホゴホ戻すようなことがあったのと、時々抱きかか

えると痛がることがあったので、そのことは医者に相談したんですが、

あまり深刻に受けとめられていなかったようです。今思えばそのこと

をもっと調べていれば何とかなったのかと思います。

土曜日の夜から急速に立てないほど症状が悪化し、肩で息をする

感じになりました。日曜日も点滴に行く予定だったのですが、とても

その時間までは待っていられないと病院に電話し、診察してもらうこと

になりました。家内と一緒に行ったのですが、舌が出たままになり、

頭も下がり気味に。段々呼吸も弱くなり、しなくなりました。「コリン」

と叫ぶと息を吹き返すような感じでした。でもあと5分で病院に着く

というとき、息は吹き返さず、手足が伸び、目が開き、そしておしっこ

が漏れてきました。病院に[「もう息がありません」と駆け込んだところ、

すぐに心肺蘇生にかかっていただき、10分以上やってもらいました。

酸素を送れば肺は動き、心臓マッサージをすれば脈は打ちましたが、

やめたとたんに、グラフはまっすぐに。これを見てもう息は吹き返さな

いようですと言われました。
その後人間と同じように体をきれいにしていただき、お棺に入れて

もらって病院を後にしました。
コリンの為ならできる限りのことはするという思いで今まで来たので、

残念で仕方ないです。でも、あまり苦しまずに旅だったと思います。

休みの日に看取ることをさせてくれたコリンは飼い主孝行だったと思います。

子犬の出産をきっかけに、娘がブログをはじめましたが、海外へ行ってしま

ったためほとんどは私が担当しました。毎日更新した時期もあれば、最近は

さぼりがちでなかなか更新できていませんでした。
写真はほとんど携帯でとっていますが、整理されていません。でもこうして

ブログを書くことで、写真とともにその時の状況が分かるのでブログを続けて

よかったなと思います。ブログを見ればコリンとの思い出がよみがえります。
まだ、子犬たちがいますので、朝の散歩や餌やりなどは今までと変わりません。

病気になってから、そして症状が悪化し、死んだ時は言うまでもなく、いっぱい泣きました。

ブログも、記録として残るので、涙をこらえて更新しています。