MRS/松戸製作所

 

松戸製作所は、戦前に創業し、戦時中は中島飛行機、戦後は自衛隊に工具を納入していました。

また、最初にJISスパナの認証を取得した7社にも含まれているなど、高品質を誇った埼玉/松戸の工具メーカーです。

但し、時代の流れに乗れなかったのか1960年代に入ってから廃業しています。

創業時の会社名が『松戸利器製作所』なので、Matsudo Riki Seisakujyo ⇒ MRS

です。

存在が確認できている製品は少ないのですが、戦前を含む会社詳細が判明しましたので、ブランド単独の専用ページで解説します。

 

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=MRS解説の前に=

アメリカの工具解説サイト"Alloy Artifacts"は、作業工具の詳細を100年以上前でも何年何月何日という単位で遡って追い掛けています。

私のバイブルであり、かつ当ブログの目指す姿です。

日本ではとても真似できないと思っていましたが、"会社情報"に関しては国会図書館を活用することで、調べることが出来るようになりました。

したがい、日本でもここまでは調べられる一例として、このMRS解説ページを作った次第です。

⇒ Alloy Artifactsは、こちら

 

なお、Alloy Artifactsと同等に調べることが出来るようになったのは"会社情報"に関してです。

日本では過去のカタログが戦後であっても全く公開されていませんので、"商品情報"に関しては見つけた現物と過去資料内の広告だけが頼りなのはとても残念です。

(そのため、当ブログ内で数社だけは過去カタログを掲載しています)

⇒ アメリカのカタログWeb図書館は、こちら(主だったブランドが100年前でも)

 

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1.会社概要

1)創業以前

井上竹治郎氏が銀座の中心地に『菊秀刃物店』を1915年/大正4年に開業。

戦前から全国規模の刃物チェーン店として発展していました。

そして、戦前には専属の刃物製造工場が東京に6カ所、大阪/堺に1カ所ありました。

なお、今でも菊秀刃物店は銀座などにありますが、それぞれが独立している様です。

 

↑戦後になってから店名を商標登録

 

2)松戸利器製作所(1933年~37年)

井上竹治郎氏は、1933年/昭和8年11月、埼玉/松戸に前述『菊秀刃物店』向けの刃物専用工場として『松戸利器製作所』を設立。(菊秀刃物店と共に井上氏が社長)

翌年の1934年5月に三角形4つ  の商標を出願しています。

また、その約1年後の1935年7月に"松戸・利器・製作所"を略した"M.R.S."を出願しています。

  に"M.R.S."を加えて、製品用ロゴ  と会社ロゴ  が登場します。

 

↑1934年と1935の商標登録

『日本商標大辞典』にたまたま"△4つ"のイラストが載っているのを見つけ、登録番号が261136というのだけ分かりました。

この辞典が唯一の手掛かりでした。

そして、この登録番号を手掛かりにして特許庁に公告番号を特別に調べて貰い、登録された商標に辿り着きました。

この時代は登録番号では無く公告番号で管理されていたようです。(J-PlatPadでは登録番号ではヒットしませんが、広告番号でヒット)

※『商標大辞典』で見つけてから詳細が分かるまでの顛末は、本稿の後半にて。

 

3)松戸製作所/戦前、戦中(1937年~45年)

工具製造に活路を求めたのか、または国から要請があったのか、戦局絡みで工具製造会社への転換を図り、1939年に松戸製作所に改名。

戦時中は、中島飛行機や陸軍に工具を納入していました。

陸軍への納入を開始する前に陸軍航空工廠などから鍛造品質向上の徹底指導があったのだろうと思います。(同じようなタイミングで工具製造会社に転換した京都機械と海軍の例から推察)

一方で、同社の大阪営業所がMRS工具の広告を1941年に出していることから、太平洋戦争が始まるまでは一般販売も行っていた模様。

  の使用が確認できる一番古い資料です。

↑1941年『工場取引案内』内の広告

 

4)松戸製作所/戦後(1945年~55年)

戦後は、自衛隊、ならびに自衛隊が創設される前の警察予備隊に工具を納入しています。

恐らく、海軍専用工場だった京都機械と同様に、戦時中の軍向け工具納入の実績が買われたものと思います。

一般販売も行っていて、最初のスパナJISを取得する7社の内の1社として1952年11月にJIS認証を取得しています。(ペンチ/1952年とプライヤー/1954年でも)

一方で、日産自動車などへのOEM納入も行っています。

↑1954年『日本工業規格金属寸法』内の広告

 

↑1955年『文字商標集5巻』を”MRS"での検索結果

(同書、第19類の一覧票"エ"ページからMRSを見つけることも出来ます)

"4つ△"と"MRS"を合わせた商標が1953年に出願され、1954年に公告されています。

 

5)松戸工具(1955年~1960年頃)

1954年12月に創業者の井上竹治郎氏が亡くなり、次男・保氏が松戸製作所を継承し、翌年の1955年7月に松戸工具に改名されています。(長男は菊秀刃物店の社長に)

バンザイ工業が50%の株主になっており、新たな企業展開を狙ったものと思います。

また、1959年10月に同じ松戸工場でスパナのJIS認証を取り直しています。

普通は工場の管理会社名変更を申請してJIS認証権を継続させますが、何故か全く新たなJIS認証を取得しています。

取り直した理由は不明ですが、1955年の社名変更時にJIS認証が一端途切れたのかもしれません。

なお、社名変更から5年程度しか会社は操業を継続出来ず、1960年代前半に廃業しています。(工場跡地が売却され、ボーリング場になっていることから廃業を確認)

戦前の名声だけに頼った経営から抜け出せなかったのかもしれません。(バンザイ資本も功を奏しなかったのか?)

ロゴデザインが素敵なので、気に入っているブランドなのですが、一般販売が少なかったことから、MRS工具を見かけることはほとんど無く、大変残念です。

↑1960年『機械工業会社名鑑』

 

2.商品解説

以下6種類のスパナを中心とする作業工具/ハンドツールが存在していたはずだと考えています。

しかしながら、私はスパナを2種、さらにプライヤーとメガネレンチを1本づつ手に入れることが出来ているだけです。

さらに、もう1種のスパナを友人が持っていて、この計5本だけが今のところ存在が確認できているMRS工具になります。

※この5種以外のMRS工具をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント欄で情報を頂きたく。

 

 ① 戦前、戦中の官向け 

戦時中の中島飛行機や陸軍向けに工具を納めています。

官向け製品は基本的には外に出回ることが無いので、現物は見つかっていませんが、恐らくスパナもあったのだろうと思います。

ちなみに、陸軍發動機の整備用工具をこちらで解説しています。

中島飛行機エンジン6機種の整備工具を取り上げていて、どれかが松戸製作所の可能性があると考えています。

但し、昭和機械製作所が中島飛行機専用の工具製造会社でしたので、メインは昭和機械製作所だったのだろうと思います。

 

↑隼向けハ25(榮エンジン)のメンテナンス工具セット例

陸軍の工具は全て製造元が不明ですので、上のイラストはあくまでも参考例です。

ちなみに、海軍ではゼロ戦の榮エンジン/京都機械、二式大艇の火星エンジン/関西スピンドル製と製造元が確認できています。

 

 ② 戦前の一般販売 

戦前からMRS工具の一般販売を行っていて、前述の通り太平洋戦争が始まる直前の1941年に松戸製作所の大阪営業所が雑誌に広告を出しています。

全国向けの書籍に東京の本社では無く大阪営業所が広告を出していることから、工具販売は大阪が担当していたのかもしれません。

 

↑プライヤー(釘抜き)

↑パイプレンチ

↑シャーリップ(金属切断機)

 

 ③ 戦後1949年/優良自動車部品認定 タペットスパナ-1 

終戦から4年後の1949年にMRSのスパナとメガネが通産省から優良自動車部品に認定されています。

戦前の軍向け工具メーカー仲間である京都機械、前田金属工業と同時に認定を受けていて、共に旧軍への納入実績から当時の工具業界の中で抜きん出た品質だったのだろうと推察します。

なお、MRS工具としてスパナの存在が確認できる最初の資料です。

↓1949年7月19日『官報』

 

・1949年に優良自動車部品の認定を受けたと思われるタペットスパナ。

・MRSのスパナ第1号だろうと推察しています。

・表面にしか表示が無く、裏面はブランクになっていて、初期モデルを感じさせることからの判断です。(表刻印…"TAPET SDF WRENCH")

・官報の一覧表に品番が載っていて、"T108"。

・これより、タペットレンチは、品番"T"シリーズだったのだろうと思います。

・ちなみに、『眼鏡片口スパナ(片口メガネ?):L、眼鏡スパナ(両口メガネ?):H』も同じく優良自動車部品に認定されています。

 

 ④ タペットスパナ 

・タペットスパナの第2弾と思います。

・上の③に較べると、より細長くなっています。

・当時は貴重な鋼材だったであろうクロモリ製です。

 

 ⑤ JIS取得以降の一般販売 

1952年11月に松戸製作所がスパナのJIS認証を取得。(最初7社中の1社として)

同じく1952年にペンチ類、1954年にプライヤーでもJIS認証を取得しています。

また、松戸工具に改名後の1959年10月にJISスパナ認証を取得し直しています。

但し、残念ながら、松戸製作所と松戸工具共にJISマーク付きMRSは入手できていません。

また、インターネット上でも見たことが無く、せめて写真だけでも入手すべくJISマーク付きのMRS/スパナ、ペンチ、プライヤーを探しています。

 

 ⑥ 自衛隊向け 

松戸製作所が航空自衛隊に納入したスパナです。

ウイング付きの桜マークから航空自衛隊向けと分かります。

航空自衛隊は1954年7月に創設されていますので、1954年以降の製品になります。

松戸製作所が盛んに自衛隊に工具を納入していたのが1960年前後ですので、例えば1955年から導入されたF86Fセイバーあたりの整備に使用されたのだろうと推察しています。

当時は大半が米軍資材ですので、当然ながらインチ仕様です。

松戸製作所は1954年には既にスパナのJIS認証を取得していましたが、この1x1+1/8インチのサイズはJIS規格に無く、またmmサイズ規格と較べても長いので、JISマークは付けられなかったのだと思います。

なお、京都機械と同様に戦時中の軍納入実績が評価されて自衛隊納入が実現したのだと思いますが、自衛隊の選考基準も1960年以降は旧軍の納入実績では無く、JIS認証などの品質評価に変わっていきます。

ちなみに、自衛隊備品は使用年数が過ぎると全数廃却処分されることになっていますので、本来は私の手元にあってはいけないのですが。

 

私は、この自衛隊スパナで初めてMRS工具の存在を知りました。

2年ほど前の話ですが、ここからMRS探求が始まった次第です。

MRSとは何か全く分からず、ネットで検索しても何も出てきませんでした。

自衛隊向けで見つけたため、海外の軍事用語にMaintenance Repair Schedule/MRSがあったので、自衛隊のメンテナンス基準に適合しているという表示なのかと最初は考えていました。

その後、国会図書館の所蔵資料が地元図書館でも検索出来ることが分かり、MRSロゴが描かれている松戸工具の会社紹介を見つけたことから、MRSが松戸製作所/松戸工具製と分かった次第です。

↓1962年『日本機械工業年鑑』

それでも、MRSという名称はどこから来ているのか分かりませんでした。

国会図書館資料が自宅PCで見られるようになり、さらに検索機能が向上したことで、『商標大辞典』で  マークを見つけ、創業の松戸・利器・製作所から来ていると判明した次第です。

自衛隊をスパナを手に入れてからMRSの意味に辿り着くまでに2年掛かりました。

 

 ⑦ RUN/彌榮工業向け 

・RUN/彌榮工業(いやさか)向けのOEMスパナです。

・彌榮工業は、自動車整備機器の総合商社で、今も現役です。⇒ HPは、こちら

・26x29mmの大径で、片側の26mmだけスパナの軸をずらしてあり、かつ曲げが入っていて、特殊形状のスパナになっています。

  

↑1950年『自動車整備』

 

 【参考-1】日産自動車向けプライヤー 

・日産向けプライヤー。

・戦前広告の工具にあった"4つ△"だけのロゴになっていて、商標そのもので す。

 

 【参考-2】日産自動車向けホイールナットレンチ 

・日産自動車向けのホイールナット用メガネ、19x21mm。

・メガネ形状のホイールナットレンチは珍しいと思いますが、車載工具でしょうか?

・NISSANロゴの両サイドに"WHEEL NUT RING SAPANNERS"、裏面にMRSロゴが刻印されています。

 

★不明点

松戸製作所に関してほとんどのことが分かりましたが、以下2点が未だに不明です。

(1) 商標は"△が4つ"の理由?

(2) 松戸工具がJISを取り直した理由?(他社例では管理方法の変更として会社名変更申請だけで対応しています)

 

3.資料編

これまでの解説の根拠となっている資料を掲載します。

資料から分かったことについては上記1項と2項に書いていますので、以下は必要に応じて読んで下さい。

 

1)戦前の松戸製作所

提灯記事のような会社紹介ですが、松戸製作所の創業と戦前の状況が良く分かる資料ですので、一読の価値があります。

↑1940年『躍進日本之工業』

 

2)菊秀刃物店

↑1927年『金属商工大図鑑』

 

3)松戸利器製作所

株式会社化を示す1936年9月30日の官報。

合資会社としての創業は、1933年11月。※資料1)会社紹介より

 

4)松戸製作所(戦前)

 

↑1939年『日本実業商工信用録』、1941年『興亜之工業』広告

 

4)松戸製作所(戦後)

↑1945年『日本工業規格金属寸法』広告

 

★ JIS認証

松戸製作所は、3種のJIS認証を取得していました。

↑1952年5月号『JIS』ペンチ最初の4社

↑1953年2月号『JIS』スパナ最初の7社(認証取得…1952月11月10日)

↑1954年7月号『JIS』プライヤー最初の4社

 

5)松戸工具

バンザイの資本が入り、松戸工具に改名します。

↑1957年『帝国銀行会社要録』

↑1960年『機械工業会社年鑑』下巻

 

★OEM

上の1960年会社紹介に掲載されている□理(代理店)の内、日産と弥栄工業/RUNは現物が見つかっています。

残りの万歳/バンザイ、安全自動車/SAFETY、共和産業、水戸合金工具/MITOについても松戸工具製のOEM品があるのだろうと思います。(MRSが表示されていない場合は確認できませんが)

 

★JIS認証

松戸工具になってから1959年10月にスパナのJIS認証を取り直しています。

なお、同時にプライヤーも取り直しています。

ちなみに、ペンチは取り直していませんので、松戸工具はスパナとプライヤーの2種だけJIS認証を取得していたことになります。

↑1962年『JIS表示許可工場名簿』スパナ

↑1962年『JIS表示許可工場名簿』プライヤー

 

6)商標

『日本商標大辞典』に載っていた商標イラストから松戸利器製作所と分かったのは前述の通り。

ただし、この資料から商標登録番号"261136"が分かった上でも商標検索ではヒットしませんでした。

さらに、特許庁に特別に調べて貰った公告番号からやっと商標に辿り着きました。

曰く、この時期はデジタル記録が残っていない商標が多く、例えば該当の前後100件(261100~261200)で見ると、デジタル記録として保存されているのは15件だけで、該当の"261136"も一覧表の写真しか残っていないとのこと。

この時期の商標は検索サイトで調べてもヒットしないことが多いのは、このためと判明。

 

1936年~1953年までの商標(約5万件)が『文字商標集』に掲載されているのを見つけました。

1936年までは特許庁が同様の商標集を刊行していましたが、特許庁に変わって弁理士会が未発行になっていた約20年分をまとめた資料です。

ただし、会社名と登録番号だけの一覧表(商標イラストも無し)です。

登録番号または当時の登録会社名が分からなければ、5万件がずらっと並んでいるだけですので、まずたどり着けません。

国会図書館デジタル資料の検索機能が強化されたので、登録番号または登録会社名で簡単に検索することが出来ますが、商標イラストは載っていないので、残念ながら登録されていることが分かるだけです。

↑1953年『文字商標集』からの検索結果

 

今回は、1冊目の『商標大辞典』に当時の数万点ある商標の内の約2,000件だけイラストが掲載されていたので、見つけることが出来ました。

しかしながら、この2,000件の中に無ければ、戦前から戦後に掛けての商標は調べても分からない可能性が高いというのが良く分かりました。

『日本商標大辞典』と『文字商標集』は、こちらこちら。(無料の会員登録要)

 

7)松戸工具の廃業時期

・松戸駅前に工場があり、1960年代には稼働していたとのこと ⇒ こちら

・工場跡地に出来たボーリング場の1969年の広告 ⇒ こちら

・このことより、建屋を解体してから跡地にボーリング場が建設されたことを考えれば、1965年頃までには工場は稼働を止めていたのだろうと思います。

・したがい、廃業時期はJIS認証を取得した1959年から1965年頃の間と言うことになりますが、"1960年代初めには廃業"と考えて良いでしょう。

 

この回、終わり