畑屋-まとめ

 

戦前から戦後にかけて自転車工具界を席巻したのが"畑屋”。

100種類以上を自主開発しているとのことで、非常にバラエティーに富んだ工具をラインナップし、戦後の焼け跡から再興した5年後には全160種の素晴らしいカタログを発行しています。

その1953年カタログの鮮明な完全版を入手しましたので、掲載し直します。

また、これまで3回に分けてあった畑屋ブログをひとつにまとめ、『畑屋のすべて』として改めて可能な限り"畑屋"を解説します。

Special thanks to 昭和自転車さん.(多くの写真をお借りしています)

なお、表題の青背景コンビレンチ2本は、カタログのイラストを参考にした推定写真です。

一番最後に1958年~60年のカタログ3種を掲載してあります。

 

 

畑屋の特徴は自主開発した工具の性能と種類の多さですが、それとは別に華麗なパネルデザインも大きな魅力です。

畑屋は刻印に大きな拘りを持っていたようです。

 

1.会社情報

会社HPによる会社沿革

・創業…畑屋機械店、1918年/大正7年8月

・社名変更…畑屋工機(株)、1954年/昭和29年11月

・製販分離…製造会社として(株)畑屋製作所を設立、1971年/昭和46年12月

 

会社HPには『1971年に製造部門を新たに「(株)畑屋製作所」として分離設立』と説明されています。

つまり、1971年よりも前の「畑屋工機」には、製造と販売の両方の機能があったことになります。

しかしながら、他の資料より解釈すると、会社HPの説明は正しくないようです。

 

(1)  帝国銀行年鑑(1970年)によると、「畑屋工機」は販売会社で、従業員は10名。

(2)  1953年の畑屋カタログによると、工具は自社生産。

上記2点より、1971年よりも前に販売部門の畑屋工機とは別に製造会社が存在していないと説明が成り立ちません。

さらに、1953年のカタログ発行は、当時の「畑屋機械店」では無く、「(株)畑屋製作所」になっていますので、1971年よりも前から存在していた製造会社とは「(株)畑屋製作所」と解釈するのが素直です。

「畑屋機械店」と「畑屋工機」の時代から「畑屋製作所」は製造会社として存在していたにも関わらず、現在の会社HPに何故『1971年に畑屋製作所を設立』と説明されているのでしょうか?【畑屋なぞなぞ-1】

現在の畑屋製作所はコードリール(電工ドラム)の専門会社に事業転換しています。

推測ですが、この1971年にその事業転換のために何か特別な組織や業態の変更があったのかもしれません。(だからと言って、元々存在していた会社を途中で設立したように説明する必要は無いと思うのですが)

 

☆会社HPの年表

↓「畑屋工機」の広告:昭和29年11月(1954)に「畑屋機械店」から社名変更

⇒ 会社HPは、こちら

 

☆「畑屋工機」情報

帝国銀行の企業年鑑によると「畑屋工機」は機械工具販売業になっていて、1970年は10名の従業員で1.6億円を売り上げています。

典型的な工具商社と言えます。

↑1958年『名古屋商工名鑑』、1967年と1970年の『帝国銀行・会社要録』より

 

☆畑屋の英語会社名

製品に刻印された畑屋の英語会社名が複数あり、1953年カタログ内だけで5種類。

ちなみに、カタログ表紙に記載された英語会社名は、Hataya Tool MFG. Co. Ltd.。

(1) Hataya Tool Co. …大半(28点/英語会社名が確認できる37点中)

(2) Hataya Tool Co. Ltd.…2点:カタログ品番 (44)、(156) 

(3) Hataya Tool MFG. Co.…4点:(19)、(49)、(95)、(150)

(4) Hataya Wrench Co.…1点:(48) ペダルレンチ

(5) Hataya Tap & Die MFG. Co. …2点:(85), (86) タップ & ダイス

* Hataya Machine and Tool Co.…一部のリムフリトリ機(1953年カタログ以外)

※会社名では無く、ブランド名として単独に表示された"HATAYA"は除く

 

☆会社所在地

「畑屋工機」と「畑屋製作所」の所在地は、上の「畑屋工機」広告と4項の「畑屋製作所」英語住所より同じ場所の『名古屋市中区南大津通6-24』にあったことが分かります。

また、帝国銀行の1967年会社要録の所在地は前述の『名古屋市中区南大津通6-24』ですが、1970年の同じ銀行資料には登録住所が『名古屋市中区大須4-10-90』に変更されていて、行政による住所表示の変更があったようです。

このことは、会社HPの年表(1947年)に『(戦後の焼け跡から)現ハタヤリミテッドの地に再興』と説明されていて、ハタヤリミテッドの住所は同じ『名古屋市中区大須4-10-90』であることからも分かります。

つまり、戦後の「畑屋機械店」に「畑屋工機」、また「畑屋製作所」(~1983年)、さらに「ハタヤリミテッド」まで同じ場所と言うことになります。

ただし、「畑屋製作所」は製造部門であり、名古屋の市街地のど真ん中で数十トンの落とし鍛造によりドスンドスンと騒音を出すことが許されるのか疑問が残ります。

鍛造工場は別にあった、または鍛造は外注していた等の異なる解釈が必要だと思います。

 

☆創業100周年

畑屋は、2018年に創業100周年を迎えています。

2017年10月~2019年5月の期間だけ会社HPが『ハタヤ創業100周年』の特別版になっていました。⇒  こちら(Internet Archiveの過去ログより)

↑↓『ハタヤ創業100周年』HPより

 

2.自社製と外注について

下の畑屋モンキーレンチを見ると"MFD. BY HATAYA TOOL MFG. CO."(畑屋が製造者)になっていて、自社で鍛造も含めて製造していたことになります。(それもクロモリです)

 

後述するように東京畑屋(東畑/TOHATA)は東京にある工具商店であり、製造業ではありません。

しかしながら、下のフックレンチには"MFD. by TOHATA"(Manufactured by 東畑)と刻印されています。

どうも、"MFD."を"製造者"ではなく、"ブランド運営者"ぐらいのつもりで使っているようです。

したがい、上のモンキーレンチが畑屋自身の製造なのかちょっと怪しくなってしまいます。

 

なお、下の資料の通り、モンキーレンチの製造で有名なヤマコーと畑屋工機は取り引きがありますので、このクロモリ・モンキーかどうかは分かりませんが、一部の畑屋モンキーはヤマコー製なのだろうと思います。

ちなみに、後述する様に、同じ鍛造品であるスパナは明らかに外注しています。

外注先でヤマコー以外に名前が出てくるのは、京都機械/一重丸京、NTK、昭和スパナ、水戸合金工具/MITO、三和製作所/SSS。


3.商品(スパナとコンビレンチ)

1)戦前

1918年/大正7年の創業時に既に7種の自転車工具を販売していたことが1953年カタログより分かります。("当時"を旧漢字では"當時"と書くのを初めて知りました)

残念ながら、スパナは含まれておらず、初期製品には無かったのかもしれません。

 

 スパナ①, ②, ③ 

スパナについて、1953年カタログに『あれから20年になる』と解説されていますので、細部は異なるかもしれませんが、基本的には写真と同じデザインのスパナ3本が1933年頃から販売されていたことになります。

戦前からのなごりで"スッパナー"という表示が時代を物語っています。

 

 スパナ② 

両口スパナには『曲り形』と『直形』の2種があり、下のスパナは『曲り形』。

戦前版は細部のデザインが異なっているものと思います。

ペダルレンチ、クロモリ仕様です。(珍しいカタカナでの"クロモリ"表示)

 

 スパナ③ 

上の②のバリエーションの形で、折り曲げていないストレートスパナ。

カタログの両口スパナ2種の内、『直形』の方です。

裏面のロゴデザインがとても凝っています。(戦前、戦後?)

会社名に2種類があり、下の”HATAYA TOOL M.F.D. CO."と、カタログ(48)の”HATAYA WRENCH CO."。

 

2)戦後

 スパナ④ 

『名古屋畑屋』と刻印された帯パネルで長めのスパナがあります。

スパナ部やパネル形状から明らかに一重丸京/京都機械のOEMだと分かります。

ただし、オリジナルの一重丸京よりも少し長めになっています。

戦後の京都機械は、海軍向け工具を一手に生産していた実績から自衛隊向け工具に力を入れていましたので、OEMとして他社ブランドに供給するのは戦後直後から5年間のトヨタ向けを除けば非常に珍しい存在です。

↓"一重丸京/京都機械の畑屋向け"と"京都機械の自社一重丸京スパナ"の比較

 

台付き6本セット。

左側は、一重丸京製ですが、スパナが丸い初期バージョン。

右側のカタログ商品は、長さやパネル形状が微妙に異なる別モデルになっています。

 

【2023年6月26日 追記】

新たに入手した1958年価格表に、一重丸京のスパナにロングとショートの2種類が載っています。(この頁の一番下に価格表を掲載)

したがい、私が入手したロング版とは別に、一重丸京と同じ長さの畑屋ショート版もあることが確認できました。

さらに、同じく一重丸京のタペットレンチ(6丁組)と、トラック用のUボルトレンチも畑屋版が存在しているのが分かりました。

 

 スパナ⑤ 

6丁組の車向け『格安品』スパナがカタログに載っています。

NTK、MITO、SSSと具体的なOEM供給元の工具メーカー名が明示されています。

(具体的なメーカー名が表示されているのは他に電工ドリル/6Aのみ)

・NTK…新潟/燕三条の老舗スパナメーカー

・MITO…水戸合金工具製作所(現・水戸工機)、スパナよりもソケットレンチを得意としているので、カタログ内のソケットレンチはMITO製の可能性が高いと思います。

・SSS…三和製作所(サンエス印)、基本的にはレンチメーカーですので、これもカタログ内のレンチはSSS製の可能性が高いと思います。

正直な感想としては、スパナのOEM元としてMITOとSSSが出てくるのは不自然です。

各工具のOEM元をここでまとめて表示させていると考えた方が合点がいきます。

したがい、(128)の6丁組みスパナはNTK製と推測します。

1953年当時のNTKは、会社名がまだ新潟鍛工で、下のモデルを作っていました。

このモデル、またはフラットパネルのスパナに畑屋の刻印が入っていた可能性が高いと思います。

 

 コンビレンチ ① 

コンビレンチもカタログに掲載されています。

カタログが発行された1953年の時点で、コンビレンチは京都機械/一重丸京(凹帯パネル)とKTC/二重丸京(凹丸パネル)の2社だけでした。

ちなみに、3社目は日鍛工機/現スーパーツールで、翌年の1954年に登場。

したがい、パネル形状より京都機械/一重丸京のOEMと分かります。

スパナにも京都機械/一重丸京からのOEM版がありますので、畑屋と京都機械で特別な関係があったものと思います。(京都機械にとって自衛隊を除くと畑屋が唯一のOEM提供先ですので)

ちなみに、コンビレンチは何故かインチサイズだけの設定です。

 

↑一重丸京オリジナル

↓カタログを参考にして作った推定写真です。(本物ではありません)

 

☆カタログ未掲載、1953年以前

 スパナ⑥ 

 

 スパナ⑦ 


☆カタログ未掲載、1953年以降 

 スパナ⑧ 

スパナが尖っています。

↑名古屋畑屋製(凹パネルの左右端がスパナ部につながっていない)

上の同型と較べると『名古屋畑屋製』の文字間隔が少し広くなっています。

↓スパナの尖り度合いが似ている一重丸京(凹パネル左右端がスパナ部につながっている)

 

 スパナ⑨ 

畑屋では珍しいJISマーク付きモデル。

JISでは製造者の表示を義務づけていて、外注の場合でも製造元の製造記号表示が必要になります。

畑屋はJIS認証を取得していませんので、自社製では無く、外注になります。

外注の場合、製造元(外注先)の製造記号が入っていなくてはならないのですが、このモデルには製造記号がありません。

掟破りと言うことになります。【畑屋なぞなぞ-2】

JIS取得23社のスパナを徹底的に追い掛けていますが、製造者が分からない唯一のJISモデルです。

⇒ JISスパナ23社の詳細は、こちら

 

23社のJISスパナで、端から端まで凹パネルが一直線に伸びていて、やや尖りスパナのモデルを持っているのは、昭和スパナと京都機械/一重丸京の2社だけです。

さらに、胴長が細身であることを考慮すると、昭和スパナが筆頭候補になります。

(JISマーク右側の”S"は、尖りスパナを示すJIS記号)

それにしても製造記号(昭和スパナの場合は"SDF"  )を何故入れなかったのでしょうか?

↓昭和スパナのJISマーク付き

 

 スパナ⑩ 

スパナ部から矢印が伸びていて、特異なデザインです。 

"HATAYA"のロゴが明朝体になり、さらに”Made in Japan”の刻印が入っていて、他のモデルよりも世代が新しそうです。

次の4項で説明の通り、明朝体"HATAYA"は、1984年に商標登録されています。

なお、アメリカebayで畑屋の出品を見たことが無く、またアメリカ工具マニアの投稿サイトである"Garage Journal"にもHatayaは登場していません。

アメリカも含め輸出に関する情報は得られていません。

 

3)東京畑屋

東京の『畑屋機械店』が『東京畑屋』の名称で自転車工具をラインアップしていて、

独自のカタログも発行していました。

ロゴは同じカップ印ですが、名古屋はカップがむき出し  で、東京は丸で囲んであります 

畑屋工機が自らの製品に『名古屋畑屋』と刻印する理由は『東京畑屋』があるからだと思います。

なお、多くの製品は名古屋畑屋の生産と思います。

市場をどのように棲み分けしていたのかなど不明です。【畑屋なぞなぞ-3】

 

↑『東京 畑屋機械店』だけでなく『東畑機械店』という表示方法もあります。

↓その『東畑機械店』は、自社ブランドの工具を販売すると同時に、KTCの販売店でもあります。(1962年『日本機械工業名鑑』内の広告)

 

 スパナ⑪,⑫ 

↓『東京 畑屋機械店製』と表示されています。

 

 スパナ⑬  

"TOKYO HATAYA"を略して"TOHATA"と表示されています。 

名古屋畑屋のスパナ②と刻印以外は同一に見えます。

 

 コンビレンチ ② 

東京畑屋の1959年版と思われるカタログの表紙にDINタイプ(メガネ部オフセット付き)のコンビレンチの絵が載っています。

"HATAYA TOOL TOKYO"と刻印が入っています。

↓同じ向きに置いた二重丸京/KTCのコンビレンチ

 

1950年に京都機械/一重丸京から独立する形で京都機械工具/二重丸京/KTCが創業し、1960年頃までDINタイプのコンビレンチを販売していました。

カタログのコンビレンチ・イラストは二重丸京/KTCに非常に似ていて、かつ1959年はKTCがこのタイプのコンビレンチを販売していた時期と重なります。

したがい、東京畑屋のコンビレンチはKTCからのOEM供給と考えるのが妥当だと思います。

ただし、実際に販売されたのか、カタログにイラストが載っているだけなのかは不明です。

↑KTCオリジナル

↓あるとしたらこんな感じという推定写真です。(本物ではありません)

 

↑カタログ表紙のコンビレンチ・イラスト("59"から1959年?)

↓レンチ類ページ(製品全体が独自の品番だったことが分かります)

 

4)田中工具/HTKへの継承

戦前から畑屋工具に勤めていた田中重雄氏が1962年に独立して立ち上げたのが田中工具(株)です。

畑屋と同一のペダルレンチを自社ブランドHTK/Tanaka Toolで販売していることから、畑屋からOEM供給を受けたか、または畑屋の事業転換に伴い自転車工具事業が田中工具に継承されていったと推察しています。

田中工具は輸出にも力を入れていて、今でもアメリカebayにHTK自転車工具が出品されています。

なお、創業から13年後の1975年に社長交代に伴い空調冷凍関連事業にシフトしています。

なお、田中工具は空調機器会社として今でも存続しています。⇒ 現在の会社HPは、こちら

 

ロゴ"HTK"は、空調ビジネスへ事業シフトした後の1985年に商標登録されています。

"TK"は"Tanaka工具"と思いますが、最初の"H"は何でしょうか?

2代目社長/原野さんのイニシャル??

 

↑田中工具/HTKのペダルレンチ(下の畑屋と同一製品)

↓畑屋ペダルレンチ

畑屋の『名古屋 畑屋製』の両サイドには""が刻印されていますが、田中工具の『名古屋 田中製』の両サイドは""になっています。 

両者ともに他の製品でも同じように""と""が使い分けられていますので、製品の識別に使われていたのかもしれません。

 

HOZAN/宝山工具製作所も同様のペダルレンチを製品化していて、左右スパナ部の形状が微妙に異なりますが、パネル部は畑屋や田中工具と同一形状になっています。

 

↓HKC/HOZANの自転車工具一覧(英語版/1960年頃)

 

4.商標

1956年に4種類の文字で"畑屋/ハタヤ/はたや/HATAYA"を商標登録しています。

なかなか見つけられずにいたのですが、会社名では無く、社長名で登録されていました。

 

1984年になってから明朝体"HATAYA"が商標登録されていますが、これは恐らくコードリール用の商標と思います。

ただし、先行採用したのか、前述スパナ⑩でも使用されています。

 

カップ印のロゴ  も使用していますが、これの商標登録は見つかっていません。

なお、後述する東京畑屋は、丸にカップ印になっています。

 

小槌印のロゴも使われています。

東京畑屋の小槌印もあります。

 

5.特許と実用新案

★カタログ内の特許と実用新案 

↑(10),(11):特許/390242, 384035…番号からは検索できず

↑(13):実用新案/昭和4年043936…番号からは検索できず

 

6."STARRING"の怪

カタログの中に"STARING WRENCH CO."と刻印された畑屋製品があります。

品番"(42)"はその1例ですが、『名古屋畑屋のフリー式レンチ』と説明があるだけで、 "STARRING WRENCH CO."については何の説明もありません。

単純に考えると、海外に"STARRING WRENCH CO."という工具会社があり、そこの製品を畑屋がOEM採用したと言うことになります。

しかしながら、アメリカにも英国にも"STARRING"という工具会社は検索しても出てこず、ebayにも出品は無く、商標/Trade Markや特許でも登録はありませんでした。(アメリカ最大の工具解説サイトであるAlloy Artifactにも登場しません)

↑↓カタログでは"STARRING"/ダブルR、実製品は何故かシングルRの”STARING"。

 

上のソケットレンチの場合、分解して畑屋ロゴを後から刻印することは可能ですが、下の引っ掛け棒は”STARRING"と"HATAYA TOOL WORKS"が表裏に刻印されていて、製造時に両方の刻印を同時に入れていることが分かりますので、畑屋の製造と推察できます。

また、その下の"STARRING"プライヤーも畑屋の製造と思います。

"STARRING"は、畑屋が起こしたブランドかとも考えましたが、その場合、Companyの略である"..CO."の意味が説明が出来ません。

結論として、"STARRING"はどのような商品なのか不明です。【畑屋なぞなぞ-4】

 

.他の工具会社との兼ね合い

カタログの裏表紙にいきなり『..とは無関係』とか『異議のある方は』といったネガティブな言葉が掲載されていてちょっと困惑します。

戦後の事業再開時に畑屋ブランドを巡って何かトラブルがあったと推測しますが、詳細は不明です。

畑屋はこのページで何を訴えたかったのでしょうか?【畑屋なぞなぞ-5】

ちなみに、このページが存在することで、このカタログは一般ユーザー向けでは無く業者向けに発行されていることが分かります。

なお、この表に大正7年創立で登場している「名古屋畑屋製作所」は「畑屋製作所」のことと思います。

したがい、創業時から製造会社として「畑屋製作所」が存在していたのだと思います。

このページも現在の会社HPに『1971年に畑屋製作所が設立』と書かれているのが正しくないことの説明になるのだと思います。

休業中になっている「大阪畑屋商店」については情報がありません。

 

アルファベット表示で製造または販売店が記載されていますが、住所と名称から推測できる工具会社がいくつかあります。

1)東京/"O"工具店 ⇒ "大塚"工具店

判断理由:創立が大正時代、社名が"O"と"工具店"、さらに所在地が東京より。

大塚工具店は、自転車工具ブランド  の大塚工具商会/OTKの実販売店で、大塚工具s商会と同じ住所で開業していた模様。

なお、大塚工具商会の創業は、畑屋よりも2年早い1916年/大正5年。

↑1960年『機械工業会社名鑑』と『東京機械工具商連合会・創立50年史』より

↓1952年『台東区商工名鑑』より(住所と社長が同じ)

 

2)東京/"H"機械店 ⇒ "畑屋"機械店/東京畑屋

判断理由:社名が"H"と"機械店"、所在地東京より。※会社詳細は後述。

 

3)大阪/"F"工具製作所 ⇒ "エフケイ"工具製作所

判断理由:社名が"F"と"工具製作所"、所在地大阪より。

"FK"ブランド  の自転車工具を製造、販売。

1961年カタログには140点の自転車工具を掲載。

商社機能(カタログ発行元)としてエフケイ産業社。

下の工具写真および社長名より"エフケイ"の”F"は"FUJITA"。

 

4)大阪/"J"輪業 ⇒ "城東"輪業社

判断理由:社名が"J"と"輪業"、所在地大阪より。

城東輪業社は、城東工具製作所の販売部門と理解しています。

JTCのペダルレンチは、HOZAN/HKCと同一の様です。

 

8.カタログ

1) 1953年

国産への想いと拘りが綿々と綴られています。

開発への言及は多いのですが、製造に関しては『神技の熱処理』のひとつのみ。

社長写真の横に「畑屋製作所」と注釈があり、このカタログが「畑屋製作所」の発行であることが分かります。

そして、このページは「畑屋製作所」が初期から存在していたことの証でもあります。

 

↓(2)リム振れ取り

 

↓(8)修理台

昭和自転車の紹介記事

 

 

↓(15)チェーン切り

 

 

つかみもので(33)プライヤーと(37)ペンチには『ハタヤ印』の表示がありますが、(36)、(38)のペンチと(39)ニッパには『ハタヤ印』の表示が無いことからOEMの可能性があります。

(128)スパナのOEMとしてペンチメーカーのSSS/三和製作所が登場していることから、(36),(38),(39)は三和製作所製かもしれません。

 

↓(42)ハブナットレンチ…東京畑屋版

 

↓(52)玉押し抜き

 

↓(65)ねじ切り

 

 

↓(92)テーブルクランプ

昭和自転車の紹介記事

 

☆最後の3ページ(P12~14)はオートバイ、自動車用

↓(122)トヨモーター取付用メガネレンチ

『トヨモーター』って何かと思ったら、1949~1958年にトヨタ販売店で販売していたオートバイでした。

トヨタ自動車研究所にいた方が設立した会社で、トヨタと資本関係は無かったものの、実質的にはトヨタの会社だったようです。

Wikiトヨモーターヒストリー

『取付用に便利』と書かれているので、自転車に後付けするエンジンを取り付ける専用工具なのかと思います。

このパンフレットの商品用かな?

 

 

 

 

2) 同/価格表

上のカタログに付随する価格表です。

 

3) 1959年/価格表

1959年に発行されたカタログに付随する価格表です。

4輪整備工具にも進出し、1953年の2倍近くの工具量になっています。

カタログの方は入手出来ていませんが、当時の畑屋工具の詳細がこの価格表で確認できます。

スパナやメガネに  が記されていて、一重丸京/京都機械のOEMであることが新たに明記されています。

また、一重丸京のトラック向け大型スパナも追加されていて、びっくりしました。

この価格表を見ていると新たな発見がいくつもあります。

 

★スパナとコンビレンチを抜粋

 

 

4) 1960年(パンフレット)

新聞紙大のパンフレット(2枚セット)が発行されています。

 

この回、終わり