KTC-20
赤トンボ工具一式も一重丸京
赤トンボ(九三式中間練習機)用スパナが一重丸京製であることはゼロ戦(KTC-16)にて紹介していますが、赤トンボ/天風エンジンの工具一式を保有している茨城/土浦にある予科練平和記念館のご厚意で工具全点の詳細写真を撮ることが出来ましたので、詳しく解説します。
一重丸京の始まりは、海軍から工具専用工場の指定を受けた1939年、またはゼロ戦工具を作り始めた1940年と推測していましたが、この工具一式はその8年前の1933年に生産されていることが確認出来ました。
詳細は後述しますが、京都機械/一重丸京は創業(1932年)の翌年には工具生産を始めていたことになります。(会社名は京都機械では無く、前身の京都染色機械製作所)
追記…1943年製と確認できました。したがい、赤トンボの生産が始まった途中から納入されている工具セットになります。
ちなみに、工具一式(全47種)の中に、コンビレンチが2種も入っていて、ゼロ戦の工具一式には無かったので、嬉しい驚きです。
なお、戦前および戦時中の航空機整備工具で、フルセットで納められている工具箱としては、KTCものづくり技術館に展示されている九九艦上爆撃機の機体整備要具一式(木箱)を除くと、日本で存在が確認出来ている唯一の例のようです。
1.スパナ
部番-4 『両口スパナ(14x16)』
・赤トンボ用のエンジン"天風(あまかぜ)一○型"の"外部用具"の"4番"を示す『天一○
4
』が刻印されていて、さらに裏面に京都機械製を示す一重丸京も刻印されています。
・ゼロ戦の"榮二○
x"と同じ刻印方法であり、さらに同じフラットスパナなので、見間違えてしまいます。
・工具箱には第1面から第7面まで入っていますが、この項では第1面のみを取り扱います。
・上の図と下の一覧表は、第1面の内容が説明されています。
・9種類のスパナが入っていて、両口スパナ6種、片口スパナ2種、片目片口レンチが1種です。
(残念ながら部番-43の『弁遊隙調整スパナ』は欠品になっていました)
部番-4~1 『両口スパナ』
・部番1~4のスパナです。
・汎用工具としてあらゆる部位で使われるものと思います。
・4種共に2本ずつが工具一式に入っています。
部番-13 『發動機架締付スパナ』
・他のスパナ胴長がスクエアー形状(断面が四角)なのに対し、この部番-13のスパナだけ鋭角な断面(細身)になっています。
・ゼロ戦スパナのフラット14x17と同一品の様です。
・ゼロ戦(KTC-16)にて解説済みの14x17スパナと写真比較すると、スパナ部形状や各部寸法ともに同一であることが分かります。
・赤トンボで設定したスパナを7年後の1940年にゼロ戦用としても採用したものと推定します。
部番-34 『シリンダー取付スパナ(乙)』
・シリンダー取付用のスパナで、恐らくピストンを抜く時に使うのだと思います。
・両側共に同じサイズで、片側に曲げが入っています。
・サイズが13.9mmと特殊です。(9/16インチ類似なのかと思いましたが、サイズが近い9/16インチは14.3mmですので、インチ絡みでは無いようです)
部番-74 『プロペラ締付スパナ』
・プロペラ脱着用の片目スパナです。
2.コンビレンチ
部番-62 『油漉網スパナ』
・オイルフィルター用レンチです。
・当ブログでは片目片口レンチで6PTまたは12PTをコンビレンチとして取り扱っていますので、これはまさしくコンビレンチになります。
・1933年というと世界最初と言われているPLOMBのコンビレンチが発売された年です。
・ただし、PLOMBはスパナ部とメガネ部に15度のオフセットが付いてモダンタイプのコンビレンチであり、赤トンボはスパナ部もメガネ部にもオフセットが無いオールドタイプになります。
・オールドタイプのコンビレンチは1920年代から登場しています。
↓1920年代のアメリカVlcheck製ハブナットレンチで、赤トンボと形状が似ています。
部番-61 『斷讀器スパナ』
・片目片口で6PTという意味では、この部番-61もコンビレンチです。
・『斷讀器』がどの様な機器なのかが分からないため、どの様に使う工具なのか不明ですが、長さが約50mmの小さなコンビレンチです。
3,工具ケース
『天風一○型外部要具』と銘板に記されている工具ケースです。
ゼロ戦の例では、メンテナンスなどの簡単な修理作業工具が『外部要具』で、これとは別にオーバーホール用の工具一式を『内部工具』と呼んでいます。
・簡単な修理作業工具と言っても、この『外部要具』にはピストンを抜き、元に戻すための工具まで含まれています。(全47種)
・工具ケースは両側に開く構造になっています。
・片側が第1面と第3面、その逆側が第2面と第4面、さらに第3面を開くと第5面と第6面が表れ、ケース底部が第7面になっています。
残念ながら整備要領書は見つかっていませんが、工具一式(第1面~第7面)の明細が同梱されていますので、詳細を確認することが出来ます。
↑第1面
↓第2面
↑第3面
↓第4面
↑第5面
↓第6面と、さらにケース底部が第7面
↑左側が赤トンボ、右側がゼロ戦の工具ケースで、ゼロ戦の方が工具数が多く、横幅が長くなっています。
・第1面と第2面はハンドツールが入っていて、使い勝手を向上させるために布製の仕切りが取り外せる様になっています。
・上部の取外し用ホックが、赤トンボは5個、ゼロ戦は6個であり、ホック数が1つ多い分だけゼロ戦ケースの横幅が長くなっているのが分かります。
4.その他の工具
部番-40 『隙間ゲージ』
・シクネスゲージ、7枚。
部番-44 『衝棒取付取外要具』
・衝棒(プッシュッロッド)の取り外し組み付け時に使用するフック。
部番-47 『ピストンリング抑ヘ具』
・ピストンリング抑へ具(アルミ製)。
部番-34 『シリンダ取付スパナ(乙)』
・冒頭の両口スパナ(部番-13)とセットで使用するシリンダーヘッド取付用。
部番-5~7 『箱スパナ 5.5、7.0、8.5』
・ボックスドライバー3本セット。
・基本的には全ての工具に"天一○
x"と"
"の刻印が入っていますが、ドライバーとペンチには刻印が見当たりません。
部番-11 『グリース注入器』
・グリスガンに英語で『米Alumite社のパテントによる安全自動車(株)によるライセンス生産』と表示されているのが目を引きます。
・安全自動車(株)ホームページによると1930年にAlumite社の総代理店になっていて、安全自動車(株)がライセンス生産し、赤トンボ用に京都機械に納入したものと思います。
・1930年代にはアメリカとの商業交流はまだ盛んに行われていたようです。
防衛産業に力を入れている木村洋行のホームページに現在のAlumite社の詳細が説明されています。
5.工具一式の生産年と、京都機械/一重丸京の始まり
・工具ケースに『天風一○型外部要具』との銘板が取り付けられています。
・左側『京機 第 9 4 號』の表示は、この工具ケースが京都機械製で、生産94個目を示していると思います。
・中央下側(エンジンとプロペラの下)の打刻部に何かの文字が4つ打刻されていますが、最後の4つ目は
の様です。
・さらに、右側に『昭和8年(1933年)4月製造』と表示されていて、これが今回の調査で最大の発見です。
・京都機械は1939年に海軍の指定工具工場となり、翌年1940年からゼロ戦工具を生産していています。
・指定工場になった1939年に京都機械が工具生産を開始したのだと理解していました。
・実は、"昭和 8年製造"の"8"の前のスペースに"1"が打たれていて、正しくは1943年製だろうと推察しています。(昭和8年/1933年の生産だと京都機械がまだ設立されていなかったし、まして海軍の指定工場にもなていなかったので)
6.赤トンボと天風エンジン
・海軍の九三式中間練習機、機体を橙色になっていたことから別名で赤トンボと呼ばれていました。
・エンジンは、天風(あまかぜ)一一型で、イスズや日野の前身である東京瓦斯電気工業(ガスデン)の開発、製造になります。
(右側のエンジン写真は、日野自動車に展示されている天風二一型)
7.予科練平和記念館
今回写真撮影した赤トンボ工具一式は、茨城/土浦にある予科練平和記念館の所蔵品です。
霞ヶ浦海軍航空隊では飛行訓練に赤トンボ(九三式中間練習機)が使われていて、訓練中にエンジン不良などによって周辺地区に不時着することがあるため、あらかじめ周辺地区の農家などに整備用の工具箱が配備されていたとのことです。
戦後70年間、農家の納屋にあったその工具が予科練平和記念館に寄贈されたものです。
この工具一式は一度も使われないまま終戦を迎えたとのことです。
ちなみに、予科練平和記念館は、霞ヶ浦海軍航空隊基地の跡地の一角(現在の陸上自衛隊基地の隣)にあります。
なお、霞ヶ浦(日本で2番目に大きな湖)を利用して水上飛行機の訓練も行われていたとのことです。
(このページで予科練平和記念館に赤トンボ工具が保管されていることを知りました)
予科練平和記念館の全景。(赤トンボと同じく復座でオレンジ色の車も一緒に)
この回、終わり










































