Carl Hilty
幸運。それは君の前に立ちはだかる獅子である。大抵の人はそれを見て引き返してしまう。
今日は、一学年上の尊敬する先輩とランチを一緒して、いろいろ私にヒントを与えてくれました。
自分がいま、ツンツンしていたり自信過剰な時期なんだろうという、ことを再認識できた。
いままで高校生のころから自分のスタンスについて悩んできたことの答えが、やはりすごく身近に転がっているということ。
自分よりも尊敬できる部分をほんとに素直に聞き入れる姿勢。
自分を誇る大切さとともに、自分を誇大広告する恥ずかしさの両方のバランスを、よりいっそう意識してみたいと感じた。
高校時代、自分が今までかつて部活などでやらなかったサッカーに夢中になったときの自分。
圧倒的なセンス、レベルの友人に、いつも素直にアドバイスもらって、真似して、どうにか自分の足りないものを追い求める姿勢。
自分がサッカーにおいてあまりに底辺ということを、ものすごく真摯に受け止めてそこから吸収しようとする姿勢。
その結果、ものすごく成長できた自分。上達した自分。大会での優勝という結果も出せた自分。
あの頃できたように、自分はいかにものを知らず上には上に人がいるということを受け止め、他人を敬い、自ら必死に成長して、なによりそれを楽しんでいく態度。
これをもっと今の自分にあてはめなきゃいけないね。
「人に慕われる人物、人が付いてくる人物」とは、そんな無知の知をしっかり受け止められる人物であることには間違いない。
誰かを今の段階で決めつけることもやめよう。
今後の自分にとっても大切な人になるかもしれない。
自分ができるという自信に埋もれているんだということを、理解しているつもりだったけど、理解しても実行できなければいずれ人の上に立つときに困るのは自分。
いつからでも人は変わっていく。
もっと変わろう。
みなさんも、年齢が近くて、かつ尊敬できる人物を見つけていますか?
私には、今一人、二人とそんな人物に出会えていることが誇りです。
それが幸運ということなのでしょう。