William Shakespeare
世の中には幸も不幸もない。ただ考え方でどうにもなるのだ。
昨日また、一つ、自分の素顔を見せることができたのかもしれない。
一人の女性に素顔を見せられたのかな。
今とても辛い状況に巻き込まれたとしても、とても悔しい、悲しい状況にいるならば、
虚像・実像なんてものにとらわれず、自分を信じよう。
そして立ち直るんだ。
その時初めて自分の素顔を知る人に協力を仰ごう。
きっと助けてくれる。
そんな状況こそ自分で自分を追うべきこと、
そして自分が追うべき誰かがいることにも気付くはずだと思う。
虚像と実像。
いつの世も、真実は一つ。
といわれるけど、そんなことはないんじゃないか。
人は虚像に生きる生き物なのか。
人は人によって作られる生き物なのか。
自分は実像に生きる生き物なのか。
自分は自分で生きている生き物なのか。
なら、自分の為になる生き方はどっちなんだろうってこと。
一般的には、虚像はマイナス面が多いといわれるのかもしれない。
私の素顔を覗く女性はこう言った。
「イメージを壊したいときと、そのままでいたいとき、これは難しい」と。
本当にそのとおりだと思った。
つまりさ、
イメージを壊したいとき、これは自分の素顔が出せずに苦しんでいる状態。
イメージそのままでいたいとき、これは自分が楽に成長できる状態。
じゃないかな?
だとすると君は、苦しむ状態から脱するために、イメージを拒絶して壊すことを選ぶ?
それとも君は、成長するためにイメージを受け入れる?
きっと人は苦から脱することのほうが得意なもんだから、イメージに対してすぐ臆病に、すぐ不安になっちゃう。
だから、イメージにNoも言いにくい。
こうなるともうイメージがなんなのか、そもそもイメージの元の自分はなんのかなってかんがえはじめちゃう。
自分なんか。。。ってね。
けどここでShakespeareから学ぼう。
もっと気楽に生きよう。
もっと楽しく生きよう。
もっと自分を好きになろう。
もっと胸を張ろう。って。
結局、虚像も実像も自分に変わりないんだね。
誰のどんな指標からみた自分なのかが違うだけ。
それでも自分に自信が持てなくなれば、その時は周りに協力してもらうことも必要だ。
自分の素顔(実像)を知る人にね。
そして一人の時間も大切にすればいい。
自分をよく見つめ、見つめてもらうことができれば
自分をきっと好きになれる。
自分を好きになれれば、必ず他人も好きになれる。
それが、人のアイデンティティだと思う。
自分が自分を追って自分を好きになるように、自分が他人を追って他人を好きになる。
その他人もまた自分を追って自分を好きになる。
こんな繰り返しが世の中なのかな。
そう考えると人の虚像と実像がどうとか、イメージがどうとかってちっぽけな話なのかな。
考え次第でどうにでもなるさ。
少なくとも自分を追って好きになり、誰かを追って好きになる。
これほど素敵なものはないなぁ。