私は勝ち負けにアンテナが立つ。

あるいは優位かそうでないか。





もうひとつのアンテナは⇒⇒自分のきし方に対する絡み合った想い。





その二つのアンテナによって人生のいくつかの場面で





努力もせず、たたかうこともせず、周りに相談もせず、勝手に自分を劣勢にした。





そのことはずっと後悔として残っている。





でもあの時は自分がそういうことに強く反応するという自覚はなかった。





性格的なものもある。





だからザックリ言うと⇒⇒あの時ああなったのは、しかたがなかった。





しかたがなかった。





勝ち負けに強く反応する自分は、劣勢になった自分がヤなわけなんだが





そういうやり方であの頃の自分を守っていたんだね。





自分を大切にする方法がちょーっとズレてる気がするけど(笑)





でもあの頃はそのやり方を選んで、自分を守ってたんだ。





今はそうだね、





たたかう時はたたかうよ(笑)





努力もする、

相談もする。





自分の持つアンテナも自覚してるしね。





自分で自分に満足するようしっかりたたかうよ。





あ゛自分とね!(笑)
先日、実家の母とランチ・デートして。





まとまった時間一緒に過ごしたから色んな話が出来たな。





そのなかで印象に残ったのは⇒⇒母がまだ娘時代に自分の母親を亡くし





結婚するまでの時期を非常に心細く過ごしたこと。





「おじいちゃんはおばあちゃんが亡くなったあと、私に冷たくなったから」と。





つまり↓↓↓





頼りにしていた自分の父親は、自分の妻を亡くした途端





次に頼りになる(介護してくれる)のは(嫁に行ってしまう娘ではなく)息子たちの嫁、とばかりに





母には冷たくなってしまったとのこと。





50年くらい前の田舎に色濃く残っていた家父長制&男尊女卑の影響だよね。





後妻の末っ子として生まれた母の娘時代にはもう





自分を母親のように可愛がってくれる年の離れたお姉さんたちは他家に嫁ぎ





周りは自分に冷たくなってしまった父親、同居しているお兄さんたち、そしてその嫁と子供だけ。





現代のように、勉強や仕事などの名目で田舎を離れて一人暮しする





なんてのは、そうそう出来る時代ではなかっただろうから





そんな心細くなるような家族しかいない実家で、約十年も過ごすって





想像すると私まで悲しくなってしまった。





「だから、パパと結婚が決まったときには本当に嬉しかったし、

自分はパパと幸せを築く!って

強く強く覚悟したんだよ」





本当言うと私は母に対して





もう少し甘えさせてほしかったし、今でもそういう気持ちは引きずっているのだが(笑)





母自身が十分満たされてなかった気持ちが先日は凄く理解出来たし





強い覚悟ってのも心に響いた。





ようやく母を受け入れられたというのかな、





少しね、





そんな気持ちになりました。





わたぴも、ようやく、おとなになったなあ~(笑)
ご近所ぶらぶらする日じゃなく、誰かに会う日は





そうね、私もそれなりの服を着るわね。





まあ゛それなりにも色々あるけれど(笑)私の場合は





手持ちのなかの上質の服、きちんと感のある服。





もう○年物だったりするけど(笑)





それに相応しい靴とバッグを合わせ、あといつものお化粧と髪型をし





鏡で全身を見てまあ゛OKであれば良しとして、家族にもいいね!と言われればもう安心(笑)





今またもう一軒お家が欲しいから節約モード入ってて





新しい服・服飾品・靴・バッグ、買わないなあ。





収納やメンテナンスなどの管理もたいへんさだから、余計。





でも。





もし私が頻繁に人に会うようなお仕事をしていたら





そういうわけにも行かないのかしらねえ~





人は確かに見た目で判断すると思うけど(笑)





別に最新ファッションや新しい物や、いつもいつも違う服じゃなくても





清潔感&きちんと感&その場に相応しい装いをしてれば





いいんじゃないかなあ~と私は思うけど。





あとは内側から発せられる内容~雰囲気・言葉づかい・言葉の内容~





それが一番大事なのではなかろーか。