3月中旬からマスクの着用は個人の判断にゆだねると発表がありました。
あれ?今までも個人の判断じゃなかったの?法律で決まっていたんでしたっけ?勝手な既成事実を作り、集団圧力を正当化しないでほしいです。

先日、有名な実業家の方が日系航空会社の機内でマスク着用をしつこく求められたと書かれていました。
何度も書いていますが、運送約款に記載しておらず、航空券購入の条件にもなっていないのに、しつこくすすめる(強要する)のは間違いです。マスクをしなければおりてください、と強要するのは脅迫罪にあたります。脅迫されたからと言って暴力をふるうのはよくありませんが、場合によっては無理やり降ろされる行為に対して抵抗したことによる防衛とみなされます。にもかかわらず、世間の集団圧力で有罪にされた例が過去にありました。ひどい話です。マスク着用の有無ではなく、法律上、どうだったのかで裁くべきです。

マナーは人によって違います。自分が正しいと思っても、他人もそうだとは限りません。だから自分のマナーを他人に押し付けてはいけません。そしてマナーの解釈に幅があるから法律があるわけです。その法律を無視して集団圧力でマスクを他人に強要するのは間違っています。

京都の花街ではいまだに奴隷制度が残っています。

もういい加減、舞妓を奴隷として扱うのではなく、スタート年齢を成人とし、ちゃんと雇用契約を結び、労働法の保護下で働けるようにすべきです。
伝統は大事です。しかしながら人を人としてあつかわずに伝統を守る姿勢は許されることではありません。

 

同性婚を認める、認めないという議論以前に、繁殖ができないカップルは無意味だという認識を正したいです。

子供を作る作らないは夫婦で決める問題であり、「産め」「産め」と強要することは私の嫌いな集団圧力です。
そしていろんな事情で子供が作れないカップルもいます。(同性婚もこれにあたります)

日本では養子縁組はネガティブなものとしてとらえられています。
子供が作れなくても、子供がほしいカップルはたくさんいます。

同性婚を認めない人々は視野が狭いんだなと思います。
いつも言うように人それぞれいろんな考え方があります。ですが、メディアや国会議員の方々はもう少し広い視野で考えてほしいです。
 

車を所有していたら、自分の家があったら、生活保護を受給できないと思っている人、頑なに拒む行政が少なくありません。

そもそも日本国民には生存権が保障されています。
自分の家であっても生活保護を受けることができます。ただし家賃相当分はひかれた支給になります。生活保護の金額は一律で決まっているわけではなく、〇×で決めるものではありません。最低限の生活をするにあたり足らない分を支給するという考え方です。

車の所有も同様です。
生活に必要ならば認められます。自立するにあたっての通勤で必要ならば認められなければおかしな話です。生活保護というのは、ふたたび自立するための援助制度です。自立を阻害するようなことがあっては本末転倒です。

生活保護に対する誤解や偏見、行政の無理解。
本当に困ったものです。

日本に嫌気をさして日本を捨てた私ですが、ときおり日本に戻りNPOで活動しようかと思うことがあります。
 

1円スマホが定期的に話題になります。

さっさと回線と端末販売を分けてしまえばよいのにと思います。
回線業者の関連会社はスマホ販売禁止です。

サポートに困る人が続出するという意見もありますが、私には詭弁に聞こえます。
サポートはタダではありません。優良サポートの制度を根付かせるべきです。コールセンターは何でも屋でもなければ、不満のはけ口でもありません。
サービスはタダではないことを認識し、サービスを受けたければお金を払う流れにすべきです。そうしないといつまでたってもサービス業で働くかたたちの給与はあがりません。
 

価格が安いことには理由があります。

そして安く販売するためには、だれかの給与が犠牲になっています。本当に日本全体で給与をあげ、豊かな暮らしをめざすのであれば、安い=正義、の考え方は捨てる必要があります。