明けましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします

2024スタートしましたね

皆さまいかがお過ごしでしょう


さてさて、新年早々なんの話やねんと書いてる自分ですら思いますが、前回の続きを書くので良かったら読んでって下さい

〜前回のあらすじ〜

初めて行った祭りでカラーひよこを買った少年イザヤ

衰弱死寸前のひよこであったが、鶏肉を与えたら見事復活

元気に育って欲しいという思いから「ゲンキ」と名付ける

〜あらすじ終わり〜


はい、そんな訳でひよこを飼う事になった

順調にいけば将来ニワトリになるであろうひよこを突然飼う事になった親の気持ちを考えると同情を禁じ得ない

当時住んでた家はそれなりに住宅街の中にある一軒家

もし順調にニワトリになり、早朝から雄叫びを上げるようになったら近隣からの苦情は必至だ

それでも文句を言う事もなく、子供ながらに甲斐甲斐しくひよこの世話をする俺を見守っていてくれたのは親心だったのだろう

ありがとう、父と母よ


死の淵から復活したゲンキは少年の願い通りに元気にスクスクと育った

蛍光の黄色に塗られていたのだが、成長と共に着色されていた色もだんだんとまばらになり、ニワトリらしい白へと変わっていった

基本室内で飼っていて、1.5m四方くらいのケージを作ってそこを住処にしてもらっていた

学校から帰るとまずはケージを開けゲンキと戯れる日々

ちなみに首輪を付けて散歩もしていたのだが、すれ違う人々があからさまに驚いていたのが面白かった

一般的なニワトリと飼い主の関係が分からないが、ゲンキはけっこう普通に懐いてたと思う

ケージから出すと俺の後を付いてきて、俺が座ると足の上に乗ってきて一緒にテレビを見たり

ご飯の時は肩に乗っかってきて「俺にもくれ」と言わんばかりに頬を突いくるので分け与えたりしていた

ちなみに1番の好物は鶏肉だった


そんな日々を過ごすこと数ヶ月、別れは突然訪れる

頭にはトサカが生え始め、見た目がニワトリの完全体に近付いてきたある日ついに始まったのだ

早朝のコケコッコーである

ある日突然始まり、その日を境に毎朝飽きもせず5時くらいになるとコケコッコーするゲンキ

元気だな

閑静な住宅街に毎朝5時に響き渡るニワトリの鳴き声

近隣住民からしたら何故こんなとこにニワトリが?と思った事だろう

だが答えはすぐそこに
毎日夕方にニワトリに首輪して散歩させてる少年がいるのだ

見た目は子供、頭脳は大人な彼も
何かとじっちゃんの名に掛けたがる彼も必要ない

犯人は一目瞭然である


そんなゲンキの朝鳴き生活が始まって1ヶ月か2ヶ月か、ある日いつも通り膝にゲンキを乗せながらテレビを見ていた時に親に切り出された

「これ以上ゲンキを家で飼うのは無理かもしれない」

そう言われた後、視線をゲンキに移しながら思った

そりゃそうだな

別れたくない気持ちはもちろんあったのだが、子供心ながら毎朝あの音量で鳴くのはさすがにヤバいだろと思っていたからだ

親からの言葉は意外と素直に飲み込めた

実際に苦情が来たのかは分からないが、特に小言を言うこともなく少年とニワトリを見守ってくれていた親が言うのだ
たぶん何かあったのだろう

ゲンキの行き先はすでに決まっていた

十勝って札幌から車で3時間くらい?のとこに酪農と養鶏をやってる知り合いがいて、そこが引き取ってくれるらしい

長期休みの時に遊びに行けばまた会える、との事

話を聞き終わった時にはすでに納得してしまっていたので一言
「分かった」
とだけ返事をした

そうして話し合いの1週間後にゲンキは親に連れられて十勝へと行ってしまった

その時はちょっとだけ泣いた


それからまた数ヶ月が経ち、夏休みに突入

ゲンキを引き取ってくれた十勝の知り合いの家に行く日がやってくる

十勝へ向かう車中、色んな再会のパターンを想像してみる

大声で名前を呼びながら走ってく青春バージョン

バレないようにこっそり近付いて急に登場するサプライズバージョン

うんうん、どれも想像の中では良い感じだ


そんな想像をしている内に到着

出迎えてくれる家主のおじさん

挨拶もそこそこにゲンキのその後を聞く

かなり前のめりな俺を見たからだろうか、おじさんは
「まずは会ってきたら?」
と言ってゲンキの居る場所を教えてくれた

酪農をやってるから当たり前なのだがその家の敷地は相当広くて、ちょっとした体育館くらいある物置みたいのがあった

ゲンキはその中に作った柵の中で数羽の雌鶏と暮らしているらしい

雄鶏はゲンキしか居ないから行けば分かる、との事

さっそくその物置に向かって走り出した

物置は壁がシャッターになっており、壁全体が開閉出来る感じになっている

近くまで行くとシャッターが開いており、中からうっすらコケコケ鳴き声が聞こえてきた

色々な再会を想像しながらここまで来たが、いざその時がくると少し緊張する

中に入っていくと結構広い部分が柵に囲まれていて、その中をニワトリ5羽くらいが歩き回っていた

どれがゲンキかはすぐ分かった

トサカもそうだが、体が他のニワトリより明らかにデカくてボス感を漂わせているのが1羽いる

なんかこう「でーん」て感じだ
覇者のオーラがある

「あんなガラ悪かったっけ?」
と思いながら柵の中を確認しても他は全部雌鶏だったので、あれが間違いなくゲンキである

なんか思ってたのとちょっと違うなと思いながら柵の出入り口を開けて中に入る

そうしてゲンキの方へ歩くこと数歩、俺に気付いたゲンキが突然こっちに向かってダッシュしてきた

多少やさぐれてる感じだったがやはりゲンキはゲンキ
こっちに気付いて駆け寄ってきている

これは胸に飛び込んでくるパターンなのでは?

そう思って俺も両手を広げてゲンキを迎え入れる体勢をとる

「ゲンキー!!」
両手を開きながら前へ進む

「コケーッ!!」
目の前まで来たゲンキはジャンプ

胸には飛び込んでこずに膝に跳び蹴りをかましてきた

その日は暑くて半ズボンだった俺

剥き出しの膝とスネに容赦なく降り注ぐ爪とクチバシ

「ちょっ、痛っ、えっ、なんで?
いや、俺、俺だから、イザヤだから!
ちょい待って、マジで痛い、マジで!!
1回落ち着こう、なっ、話し合おう!!!
ちょい、もう、止めて!!!!
マジで!!!!!
マージーで!!!!!!」

広々とした物置に響き渡る少年の叫び声

そんなのはお構いなしに連続攻撃を繰り広げる1羽のニワトリ

俺はたまらず柵のほうへ走り出し、柵を乗り越えようとしてそのまま外へと転げ落ちた

尻もちをついた状態で呆然と柵のほうを見るとゲンキは中からめっちゃこっちを威嚇している

えっ…
めっちゃキレてるやん…

てか怖っ!
そして痛っ!

足を見ると深い傷では無いが、何ヶ所も血が出ていた

あいつ強いな…

まぁよく考えたら幼年期に瀕死になり、同族の肉を食うことで復活し、その後も同族食いを好んだ

これだけ聞くとちょっとした魔王の生い立ちみたいだもんな…

そんな事を思いつつ、その後柵越しにしばらく話し掛けたりしてみたが、ただひたすらに威嚇されるだけであった

諸行無常
この世は常に移り変わっていく
不変のものなど無い

この言葉の意味を実感した小5の夏の出来事である


その後おじさんに聞いたら、ゲンキは結構好戦的らしく、引き取って最初は他のニワトリと同じとこに入れたけど元々の住民をしばき回したそうな

色々あった結果今の雌鶏数羽との生活になったらしい

その十勝のお宅にはそのまま2〜3日ほど泊めて頂いたのだが、柵の外からゲンキの様子を眺めながら過ごした

忘れられてたのは悲しかったけど、札幌に居るよりもだいぶ広いとこで暮らし、周りには雌鶏もいる

こっちのほうがゲンキには良かったなと素直に思えた


そして札幌へと帰る日、最後にせめて頭をひと撫ででも出来ないかなと、初日に植え付けられた恐怖心を振り払って柵に入ってみた

俺が入った瞬間にゲンキがこっちを見て
「こっちに来たらやったんぞ」
と言わんばかりにコケッとひと鳴きしたので、スッと引き返した

怖かったからだ

チキンな俺はチキンのゲンキに柵越しに別れを告げて札幌へと帰った


ちなみにその後も何回かその十勝のおじさんの家には遊びに行かせてもらい、行くたびに遠目からゲンキを眺めたりしていた

そして10年後くらいだろうか、その方から電話がありゲンキが死んだ事を聞いた
寿命だったそうだ

有象無象のカラーひよことして生まれ

初めての祭りに浮かれた少年に買われ

瀕死のところを共食いで乗り越え

人間界からニワトリ界へと追放され

ニワトリ界での幾多の戦いに勝利し

ある集落のボスとして最期を迎える

カラーひよことしては中々充実した一生だったのではないだろうか
ちょっとしたマンガの主人公の様だ

これが少年時代の、とあるカラーひよことの思い出である


てか俺は新年早々なにを書いてるんだろう

マジで今そう思ってる


まぁとにかく!
ライブを告知します!

まず新年1発目はこちらー
1月5日、TAPE ME WONDERの企画に呼んでもらいました!

こんな感じ



そしてもう何回も書いてますが!


1月20日の土曜!


上上Brothersのワンマンがあります!


来てくれたらめちゃ嬉しい


こんな感じ


良ければチェックして下さいませー

それでは皆さん今年もよろしくお願いします!

良い1年を!

年末です


そこそこ年末です


年末界の幹部クラスぐらいには年末です


皆さまいかがお過ごしでしょう


どーも、イザヤです



俺はと言うと今年はライブあと2本


29日に上上Brothersで福生チキンシャックという初めてのとこで

あと30日にサポートしてる八月の微睡みで渋谷のLUSHというとこで年納めライブです


気が向いたらチェックしてみて下さいませ



さてさて、今日は少年時代の話を書かせてもらおうと思ってます


て言うのも、前回のブログでも書いたけど2年半程前に子供が生まれまして、なんか日々我が子と接しながら自分の子供時代を思い出す事がちょいちょいあるんですよね


お時間ある方はお付き合い下さい



前にこのブログでも書いた事あるけど、6歳〜10歳までイスラエルに住んでいたわたくし


これは帰国してから数ヶ月後くらいの頃の話である


当時北海道の札幌市、琴似(ことに)っていう所に住んでいた


帰国後はありがたい事にわりとすぐ友達なんかもでき、多少文化の違いを感じつつもそれなりに楽しい日々を送っていた


そんなこんなで数ヶ月が経ったある日、友人数人と遊んでた時に、その内の1人が

「イザヤ明日の祭りどうする?」

と聞いてきた


はて、祭りとは…?

よく分からなかったので

「それなに?」

と聞き返すと

「あぁ、イスラエルには無いのかな?」

とか言いつつ祭りなるものの概要を説明してくれた


なんでも琴似の町全体でやるイベントで、メインストリートの両脇にあんな店やこんな店が立ち並ぶ、俺のお勧めはこれとこれとこれだ!などと結構しっかり説明してくれる友人


たぶん彼はけっこう祭りが好きだったのだろう

今思い返しても中々熱めのプレゼンだった気がする


そんな彼の熱めのプレゼンを聞いた少年イザヤ


ウキウキである


これは何としても行きたい

そして行く際には何とか親から小遣いをゲットしたい


そんな想いを胸に帰宅後、今度は俺が親にプレゼン


友人の熱を借りつつアピールした結果、当時の俺には大金な2千円くらい小遣いをもらえたような気がする


ウキウキである


そうして翌日、夕方くらいに友人と待ち合わせをして初めての祭りへと繰り出した



今思い返しても琴似の祭りは結構規模がでかかったと思う


季節はハッキリと覚えてないんだけど、年に1回、もしかしたら2回くらいやってたような…


JR琴似駅から山の手ってとこに向かって真っ直ぐ通る道がいわゆるメインストリート的な感じなのだが、その道沿いにたぶん1〜2kmくらいに渡って様々な出店が連なっていた


おぉ、すげー!

想像以上の光景に感動しつつ、友人に案内してもらいながら色んなお店を巡る


手始めに焼きそばを食べ、型抜き屋という怪しいとこで無駄に金を使い、ラムネを飲みつつ焼きとうきびを頬張る


初めての祭りは中々に楽しかった


そんなこんなで小遣いが残り300円くらいになった時、カラーひよこを売ってる店と遭遇した


カラーひよこという文化?自体が初めましてで、しかも色とりどりに着色されたひよこ達が1m四方くらいの木箱にギュウギュウに詰め込まれてる光景は中々のインパクトであった


今の時代なら動物愛護団体あたりが肩をぶん回しながら乗り込んできそうである


狭い箱の中でピヨピヨ鳴いているひよこ達


可哀想だと思ったのか、可愛いと思ったのか、

その辺の感情はハッキリとは覚えてないが、とにかく買いたい!と思った


値段はたしか1羽300円

定かでは無いけど、残った小遣いとほぼ同額だった事は覚えている


そんな訳で有り金を叩いて1羽買う

取手の無い小さめの茶色い紙袋に入れられるマイひよこ


その容器も生物入れるのにどうなのよ?

と今なら思う


まぁそんなこんなでちょうどお金も無くなったので友人とは解散し、紙袋片手に小走りで家へと帰った



帰宅後すぐに紙袋から出したんだが様子がおかしい


うずくまって全然動かないひよこ


声を掛けたりちょっと突っついたりしても全然反応が無い


まだ子供だった俺でも分かるくらい衰弱していた


ちょうどその時母親が夕食の準備を終え、テーブルの上にはその日の献立である鶏肉の乗ったソーメンが並べてあった


少年は思った

ひよこって事はニワトリだよな…

って事はニワトリの肉食ったら元気になるんじゃね?と


共食いすれば元気になるのでは?

非常に危険な発想である


そうしてソーメンの上から肉を1つ(焼き鳥とかの一切れくらいのサイズ)取り、小さく千切って手の平に乗せ、ひよこの目に前に差し出してみる


クチバシのすぐ前まで持ってくと2、3回突っついたあとにパクッと食べた


あ、食べた!

さっきまでほぼ動かなかった事もあり、とりあえず動きを見せた事に少し安心しつつ、また肉を千切って目の前に差し出した


パクッ

今度は突っつく事なくそのまま食べるひよこ


そんな事を繰り返すこと数回、最初に取った一切れを食い切った


明らかに袋から出した時よりは元気そうに見える

なんせもっと寄越せと言わんばかりに立ち上がったからだ


奴はそのまま肉を3〜4つ食べ、最後は試しにあげてみたソーメンをすすっていた


ソーメンをすすっていたのは俺の記憶が改ざんされている可能性もある


まぁとにかくそのひよこは瀕死の状態から共食いによって復活を果たした


そして「これからも元気に生きますように」と言う何とも少年らしい思いから「ゲンキ」と名付けられ我が家で飼われる事になった



さて、こっからゲンキとは1年ほど一緒に暮らし、そして別れる事になるのだが、と言うかそっちをメインで書こうと思ってたのだが


飼われるまでがめっちゃ長くなった!


そんな訳で続きは次回に

こんなに引きの弱い次回予告が未だかつてあっただろうか


いや、無い



はい!

そんな訳でライブの告知をします!


年明け1月5日TAPE ME WONDERの企画に出させてもらいます

西永福のJAMです


そして前回も書きましたが、そして恐らく次回も書きますが、来年1月20日に上上Brothersがワンマンライブをします


こんな感じ


良かったら皆さま遊びに来て下さいませー!

年の瀬も迫り冬が本気を出し始めた今日この頃

皆さまいかがお過ごしでしょうか


めちゃ久しぶりにブログ的なやつを書こうとアメブロを開こうとしたら放置し過ぎてたせいかログアウトしており、IDとパスワードが思い出せずに書く前に心が折れそうになりました


どーも、イザヤです


マジで記憶の取っ掛かりすら無くて、これは普通に思い出そうとしても無理だと思って瞑想したり、意味あり気に遠くを見たり、普段の生活でまずする事のない謎のポーズを取ってみたり…

小1時間頑張ってみたが全然思い出せず、諦めて酒でも飲むかと冷蔵庫を開けようとした時に突然思い出しました


ビバ!アハ体験!


…アハ体験?


…イヒ体験だっけ?


まぁどっちでもいいか、その体験だ



さてさて、そんな訳で中々の達成感を心に秘めつつ久しぶりにブログを書き出してます


しかし久々にログインして前回のブログの日付を見たらもう4年前だというこの事実…


マジで年齢重ねるたびに時間の感覚がバグってきてるとしか思えないほど時が経つのが速い


時間を大事にして生きてかねばですね



さて、そんな4年の歳月が経った訳ですが、中々世界的に激動でしたね


なんと言ってもコロナ

本当全く想像してなかった角度からの出来事


コロナそのものの大変さは世界中の人がそれぞれの状況で体験されたと思うので置いといて、なんか人って同じ物を見ても結構考え方や感じ方が違うんだなと思う事が多々ありました


SNSの拡散力なんかもあるんだろうけど

「人は信じたいものを信じる」

って昔からある言葉がマジでリアルにそうだなと肌で感じたここ数年でしたわ


まぁそれぞれの人生なんでね、信じたい事を信じて行動すればいいと思うけど


個人的にはあまりにセンセーショナルで尖った意見は少し冷静になって考えようぜ、と思わなくもない今日この頃です



そして世の中がコロナだなんだと大騒ぎになってる中、私事で大きな出来事がひとつ


俺、子供が生まれました


特にこうやってネットに載っけて発表しようみたいな気は無かったんだけど(載っけてる人を否定してるんじゃないよ)、今後ブログなんかで子供の話を書く時もありそうだから一応ご報告です


今2歳半くらいになるんだけど、男の子


元々子供好きとかでは無かったんだけど、正直我が子のかわいさに驚きを禁じ得ない


そして走るという技を身に付け、完全に自我の芽生えた我が子のヤンチャさにも驚きを禁じ得ない


外食なんかに行ったら油断した隙に脱走して知らない人のテーブルに突撃したりしてる


そして慌てて捕まえると、俺の事を親のカタキだと思ってんのかってくらいに暴れて逃れようとする


親なのに!


俺、親なのに!


まったく、俺が万が一誰かに討たれた時に、仇敵に対してそのエネルギーを発揮して欲しいものである


まぁそんなとこもかわいいんですけども



そんな話をこないだ久々に帰省して自分の親にしたら、ここぞとばかりに俺が幼少期にした悪行の数々、そして親がどれだけ色んな人に頭を下げたかを切々と語られた


数十年越しに心のこもった詫びを入れさせてもらいましたよ、それはもう


なんでも俺は幼稚園児の頃、近くにあるスーパー?かなんかのエスカレーターの緊急停止ボタンを押す事をライフワークにして、日々勤しんでいたらしい


勤しむなよ 笑


マジで迷惑すぎる


いや、親からしたら笑い事じゃないんだけども


そんな訳でカルマだと思って、今度は自分が子供の為にガンガン頭を下げていく番だなと、決意を新たにした帰省の一幕でした



ちなみに自分に子供が生まれてからというもの、街中で見掛ける親子連れの人達にすごく目が行くようになった


子育てには子育ての世界があって、中々歩かないとか発語が遅いとか、結構親を不安にさせてくる要素が盛り沢山だったりする


そんなのもあって道行く親子連れを無条件にリスペクトしてしまう


もちろん子育てに限らず、40年以上生きてても知らない世界って一杯あるよなぁと改めて感じさせられております


そう思うと冒頭で書いた考え方・感じ方が違うってのは、そりゃそうかって話なのかもしれない


なるべく人に対して想像力を持てる人間になりたいなと、綺麗事を書き捨てて久々のブログを締めようと思います



最後に最近の音楽活動を少しだけ


前書いた時と変わらず、「上上Brothers」っていうバンドで活動してるのと、たまに「八月の微睡み」ってとこでサポートでベースを弾いたりしてます


両方サブスク関係で配信してるんで良かったらチェックしてみて下さいませ


あとライブ告知なんだけど、来年2022/1/20に上上Brothersのワンマンがあります


代官山の「晴れたら空に豆まいて」っていうとこで


こんな感じ


こちらもチェックしてもらえると嬉しいす


そんなこんなでまた!