こんにちは。
お互いを尊重する社会のために法を使う
弁護士の奧村裕子です。
浮気をされ、傷つき勉強にも身が入らず
生きる屍でした。
大学2年生となり
将来どうするのか考える時期となりました。
弁護士になりたいと思って
法学部に来たのに
自分なんて無理かもと思って
弁護士になるための具体的な行動もせず、
彼氏の浮気が許せず
感情に振り回される日々を過ごしていました。
きっかけは忘れてしまったのですが、
大学生の夏休みは、長い。
就職したら1,2か月も休めるなんてそうそうないだろう。
きっかけは忘れてしまったのですが、
マザーテレサが生きているならお会いしてみたかった。
マザーテレサが創った「死を待つ人々の家」に行ってみたい。
今しかない!
と思い、友人を誘いましたが、インドはちょっと、、と。
仕方ないので、一人で行くことにしました。
当時19歳。
私の母親は、一人暮らしをしたことがなく、
近所のラーメン屋でさえ一人で行くことができない人でした。
なので、私が一人でインドに行くと言ったら、
泣いて、行かないでって引き留められました。
当時の私は、「親の心、子知らず」 で
うるさいな、私が行きたいんだからいいでしょっ!
母の言うことには耳をかさず、単身インドに行くことにしました。
当時は、今のようにネット環境が不十分で、
情報収集といえば、「地球の歩き方」の本でした。
子を持つ母親になった今から振り返ると、
近所のラーメン屋に一人で行けない母親が、
19歳の娘が一人でインドに行く
だなんて、まったくもって想像できなかったんだなと
女の子が一人でインドに行くなんて
心配で、怖くてたまらなかったことだと思います。
19歳の私は、母親の気持ちなんて一つも考えることができず、
自分のやりたいことを邪魔する存在
としか思えませんでした。
母の愛に想いを馳せることができませんでした。
インドに行くことを伝えるにも、
・こういうところに宿泊するから心配ないよ
・夜は絶対出歩かないよ
・知らない人にはついていかないよ
・国際電話をかけるからね
・こういう行程の予定だよ
・私はこういう想いでインドに、今いきたいんだよ
など、もっと丁寧に話をすればよかったな
と思います。
マザーテレサに憧れているのに
一番大切な人を大切にできていなかった
本末転倒なことに気が付けませんでした。
