お互いを尊重するために法を使う
弁護士の奧村裕子です。
インドに行った後
やっと浮気をした彼と別れることができました。
そして別の人とお付き合いをすることになりました。
大学生の時の私は
両親、特に母親が大嫌いで家にいたくありませんでした。
母は
痩せたいといっているのに結果をださない。
部屋を片付けるといっているのに片付けない。
賞味期限切れの食べ物が冷蔵庫にあるのにまた買ってくる。
しまいにはネットワークビジネスを始め親戚からお金を借りていることを知りました。
(ネットワークビジネスが悪いといっているのではありません)
母とは喧嘩ばかりしていたと思います。
家にいるとイライラするので
逃げるように東京に住んでいた彼と同棲を始めました。
その彼は、今振り返ると
典型的なDV男でした。
大学でフィリピンの植林サークルに入っていたのですが、
そのサークル活動も行かないで欲しい
女友達と遊ぶのも不機嫌になり怒鳴るので、
本当は私はもっと友達と遊んだり、サークルにも積極的に参加したかったのですが
参加することを控えました。

機嫌がいいときは優しいんです。
そういう行為をしたくなくても求めてくる
断ると不機嫌になる。
怒られるのが嫌だから、嫌というのをやめる。
私が我慢すればいい
そんなある日、生理が予定日を過ぎても来ませんでした。
今振り返ると本当は母親に相談したかったのですが
20歳の私は、母親に相談することができませんでした。
彼や友達に相談して
子どもを降ろすことにしました。
中絶手術の日は一人で病院に行きました。
先生に子供のエコー写真が欲しいといったら
「忘れなさい」
と言われエコー写真をもらうことはできませんでした。
・私は子供を殺したんだ
・幸せになってはいけない
・子供を降ろすからには司法試験に合格しなければ子供は報われない
・DV彼だけれど、子供を降ろしたんだからこの人と付き合わなければならない
いろんな相反する感情が芽生えました。
「幸せになってはいけない」
この信念は自分が思った以上に強いものとなりました。
自分で自分を知らないうちに呪っていたことに気が付きませんでした。
そしてもう大学に通っている意味を見出せず
大学を中退することしました。
親には、せっかく入った大学なのにどうして中退するのか
ときかれ、当時親の借金が発覚した時期だったので
借金をしてもらってまで大学に行きたくないと言いました。
そして大学を中退して
派遣で働くことにしました。
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法律相談では、昔の私みたいに、DV夫、モラハラ夫に関するご相談の方がいらっしゃいます。
法律相談に来られたことは本当に良かったと思います。
渦中の人は、モラハラ夫であることに気が付かず
自分が悪い
自分が我慢すればいい
と思っているので法律相談という考えが浮かばないからです。
友達に家のことを話して、「それっておかしいよ」
と言われて初めて「おかしいのかも」
と気づき相談に来られます。
ちなみに、母のことを大嫌いで、そんな自分自身も嫌だったのですが
今では母のことが大好きになりました。
中絶をした子に関しては、
今でも母が生後数か月の子供を虐待するなどの痛ましいニュースをみると
私も同じだと思いますが、「幸せになってはいけない」という信念から
「この子の分まで絶対に幸せになる」という信念に変わりました。
この気持ちの変化については、別の記事で書きたいと思います。
