何のことやら意味不明に感じる方が多いかと思います。説明はしませんので、どうかご容赦を。とあるインタビュー記事を巡って。

あいつらは叩くことが前提と決めつけて、
あの人を擁護することが前提で、
何が批判されているのかを無視していないかい?

グループと個人の違いを語るならば
「選曲や舞台演出、グッズの提案まで、自分でやるようになった」だけでいい。「グループでは、自分『たち』は演じる『だけ』」という言葉は必要ないし、ももクロについて言う限り、事実でもない。

俺がももクロを知った頃から既に、川上さんは将来ももクロをセルフプロデュースができるグループに育てる、という意志を語っていたし、そのための動きは始めていたと思う。
そして、メンバーのソロコンサートや個別のドラマ、司会の仕事など、各メンバーの志向に合わせて進んでいたことは、ファンならば皆知っている。
あの人がソロコンを経験したことも(それが成功したことも)元々ももクロというグループの活動の中でだった。

「自分はグループの中で『大人が用意したものを演じるだけ』しかできなかった」という言葉だったならば、こんなに批判されなかっただろうね。

ももクロというグループの活動の中で「大人が用意したものを演じるだけ」しか自分を見出だせなかったならば、辞めたことは必然だし、お互いのためだ。ももクロの成長とスピード感に着いて行けなかっただけのことだから、それを責めたりはしない。

自分の欲求とグループの方針が合わなくなったのは
仕方ない。それを、ももクロ側を矮小に語るニュアンスが反感を買っていることは確かだろう。そのニュアンスを「揚げ足とり」「言葉尻」で片付けるならば、ハイ、それまで。読み取る側、読み取らない側、どちらにもバイアスはあるのだろう。

ただ俺は、そういう「ニュアンス」に無神経な人の歌に魅力を感じない。