こんにちは、Kouです。
今回は昔話からスタートです。
僕自身、昔はあまり勉強ができなかったと、たまに話しますし、実際、点数がひどかった時期もあります。
なんといっても英語で1桁とってますからね(笑)
今となってはたいしたことではないので、みなさんにも話せますし、逆にそれがあるから、できない気持ちが理解できるってプラス出来事として捉えています。
ですが、当時はそりゃヤバさ絶頂でしたね。はじめてそこで、『やばいって自覚』が芽生えたわけですから。
その自覚があったから、勉強について考えるようになったわけですし。
だから、人は本当の意味では経験からしか学べないのだと思います。
絶望していないから、行動を変えようって気にならないんですよね。もう人生終わりだってくらいのヤバさを経験したら、行動って変わりますよ。
それをどの段階で気づくかって話で、試験に落ちるまで気づかない人もいるし、試験の準備中に気づく人もいるし、試験に落ちても気づかない人もいるわけで、
人のよってそれがどれだけ大事かによって『絶望』を感じる度合いが違います。
でも絶望自体は悪い物じゃなくて、それをずっと引きずってしまうことが良くないことなんです。
多くの人は、『絶望』に目を向け、『希望』に目を向けていないんですね。
『絶望から生まれる希望もある』この言葉かっこ良くないですか?
何もない所から何かを生み出した人って、きっと世界に絶望してたんだと思います。絶望してたからこそ、そこに希望を見いだせたんだと思います。
例えばですよ、
レッカー(動けない車を運んでくれる)サービスがない状態で、高速道路を走行中にタイヤがパンクしてしまったら・・・・
「スペアタイヤもないし、歩いて帰るわけにもいかなし。」
「くそぉ、どうすりゃいいんだよ・・・。」
この人はこの瞬間きっと絶望したはずです。家に帰れないし、助けも来ない。自分1人じゃなにもできないって。
でも、こんな時、車を引いてくれるサービスがあったらって同時に希望も生まれたと思うんです。
もしかしたら、こんな人がレッカーサービスを考えついたかもしれないんです。
テストで0点とってしまった、絶望ですよね。
でも同時にもうこれ以上、下はないって希望も同時に生まれています。
好きな子に振られた、人生終わりだってくらいの絶望ですよね。
でも同時に次の恋の可能性っていう希望も生まれます。
人はそうやって絶望と希望を繰り返して成長していきます。
勉強でもこれと似た所があって、先が見えたと思ったら、また見えなくなって、また見えたと思ったら、また見えなくなってが繰り返されます。
でも、ちゃんと成長しているから安心して下さい。
成績が伸びる時期もあれば、停滞する時期もあります。
大きな気づきってなかなかやって来ない。でも求め続けなければそれは永遠にやって来ない。
だから、それを分かった上で希望を追い続けてほしい。
『絶望から生まれる希望もある』
絶望は同時に希望も生んでいるんだってことを知っておいてほしいと思います。
今回は以上です。
こんにちは、Kouです。
今回は『テレビは誘惑物になる?』って話です。
先日のベクトルの話で、目標に対して正しい努力が大事だとお話しました。
自分自身の話になりますが、
自分の1つの大きなテーマになっているのが『成長』です。
以前は仕事から帰ってくればテレビを見て寝る。みたいな生活を送っていました。
ですが、ここ数年間は本を読む時間が増え、テレビを見る時間が減りました。
実際そうなってからの方が成長は早くなっています。
テレビもためになる情報番組とか、バラエティとか必要だと思います。お笑いとか好きですし(笑)
でも現実に今それがなくなっても僕はそれほど困りません。
ですが、本を読む時間や考える時間がなくなるとそれはもう困ります。
インプットもできなければ、アウトプットもできなくなってしまうからです。
市販の書籍は1冊1000円前後で売られていますが、それがなくなると非常に困ります。
あれほど費用対効果の大きいものってないですよ。
誰かが数百時間、または数千時間を懸けて書いたものを僕らは1000円ほどで買えるんですから。
それほどありがたいことはないです。
で、話がズレていきそうなので、話を戻して、
この話で何が言いたいのかというと、
目標である『成長』に対してこの『ベクトル』は合っているってことです。
自分にとって成長の方が価値が高いので、『テレビ』<『読書』になっています。
なので、「家にいるとテレビを見ちゃって。」みたいな行動を誘惑するものにはなりえません。
時にはテレビも見ますが、それがメインにはなっていません。
読書、勉強の方が価値が高いので自然とそうなっています。
人は自分にとって一番の価値があると思うものを選択します。
これは勉強に限らず、例えば、禁煙、ギャンブル、ダイエット、趣味、減らしたいと思うこと、増やしたいと思うこと、すべてに当てはまります。
「◯◯に誘惑される」って状態は、
自分の中での価値基準が変わっていないために起こります。
最近はあるか分かりませんが、ドラマとかで、お金持ちが殺されそうになって「金ならいくらでも出す。」みたいなことを言う。
今までは『命』<『お金』だったものが、『お金』<『命』になったわけです。
ダイエットでも『目の前のケーキ』<『憧れのスタイル』になるからやせたいと思う。
そうでなければ行動の変化は起きません。
それは勉強でも同じことです。
『娯楽』<『勉強』にならないと行動は変化しません。
それは人によっては『友達付き合い』<『憧れの大学』かもしれないし、『恋愛』<『受験勉強』かもしれません。
だから理想を描くことが重要だし、そのための目標が大切だと思っています。
自分の行動を阻むものがあるようなら、それについてじっくり考えてみて下さい。
今回は『テレビは誘惑物になる?』って話です。
先日のベクトルの話で、目標に対して正しい努力が大事だとお話しました。
自分自身の話になりますが、
自分の1つの大きなテーマになっているのが『成長』です。
以前は仕事から帰ってくればテレビを見て寝る。みたいな生活を送っていました。
ですが、ここ数年間は本を読む時間が増え、テレビを見る時間が減りました。
実際そうなってからの方が成長は早くなっています。
テレビもためになる情報番組とか、バラエティとか必要だと思います。お笑いとか好きですし(笑)
でも現実に今それがなくなっても僕はそれほど困りません。
ですが、本を読む時間や考える時間がなくなるとそれはもう困ります。
インプットもできなければ、アウトプットもできなくなってしまうからです。
市販の書籍は1冊1000円前後で売られていますが、それがなくなると非常に困ります。
あれほど費用対効果の大きいものってないですよ。
誰かが数百時間、または数千時間を懸けて書いたものを僕らは1000円ほどで買えるんですから。
それほどありがたいことはないです。
で、話がズレていきそうなので、話を戻して、
この話で何が言いたいのかというと、
目標である『成長』に対してこの『ベクトル』は合っているってことです。
自分にとって成長の方が価値が高いので、『テレビ』<『読書』になっています。
なので、「家にいるとテレビを見ちゃって。」みたいな行動を誘惑するものにはなりえません。
時にはテレビも見ますが、それがメインにはなっていません。
読書、勉強の方が価値が高いので自然とそうなっています。
人は自分にとって一番の価値があると思うものを選択します。
これは勉強に限らず、例えば、禁煙、ギャンブル、ダイエット、趣味、減らしたいと思うこと、増やしたいと思うこと、すべてに当てはまります。
「◯◯に誘惑される」って状態は、
自分の中での価値基準が変わっていないために起こります。
最近はあるか分かりませんが、ドラマとかで、お金持ちが殺されそうになって「金ならいくらでも出す。」みたいなことを言う。
今までは『命』<『お金』だったものが、『お金』<『命』になったわけです。
ダイエットでも『目の前のケーキ』<『憧れのスタイル』になるからやせたいと思う。
そうでなければ行動の変化は起きません。
それは勉強でも同じことです。
『娯楽』<『勉強』にならないと行動は変化しません。
それは人によっては『友達付き合い』<『憧れの大学』かもしれないし、『恋愛』<『受験勉強』かもしれません。
だから理想を描くことが重要だし、そのための目標が大切だと思っています。
自分の行動を阻むものがあるようなら、それについてじっくり考えてみて下さい。
こんにちは、Kouです。
早速本題ですが、
僕は『終わらないストーリー』を生きていきたいと思ってます。
期限を決めたり、自分でちゃんと終わらせたりすることも大切だと思いますが、終わらないストーリーがあってもいいって思っています。
僕の中での終わらないストーリっていうのは『成長、挑戦』のストーリーのことです。
これはきっと死ぬまで終わらない。
80や90歳になっても日々挑戦だ、みたいなことを言っているかは分かりませんが、少なくとも体が自由なうちはきっと戦っている。
ここに来てくれる人にも同じ思いを持ってほしいと思っていて、それぞれがそれぞれの目標に向かって挑戦してほしいと思っています。
困っていないなら来なくていいし、
やる気がないなら来なくていいし、
目指すものがないなら来なくていい。
自信がなくて、不安で、どうしていいか分からなくて、それでもあきらめられないんです。
って 人を僕は応援したい。
だから、理想や目標を大事に捉えていますし、最終的には自分で考えられるようになってもらいたい。
僕らはいつだって過渡期です。成長に終わりはない。
昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでも前へ進む。
それぞれの目標に向かって挑戦していってほしいと思います。
早速本題ですが、
僕は『終わらないストーリー』を生きていきたいと思ってます。
期限を決めたり、自分でちゃんと終わらせたりすることも大切だと思いますが、終わらないストーリーがあってもいいって思っています。
僕の中での終わらないストーリっていうのは『成長、挑戦』のストーリーのことです。
これはきっと死ぬまで終わらない。
80や90歳になっても日々挑戦だ、みたいなことを言っているかは分かりませんが、少なくとも体が自由なうちはきっと戦っている。
ここに来てくれる人にも同じ思いを持ってほしいと思っていて、それぞれがそれぞれの目標に向かって挑戦してほしいと思っています。
困っていないなら来なくていいし、
やる気がないなら来なくていいし、
目指すものがないなら来なくていい。
自信がなくて、不安で、どうしていいか分からなくて、それでもあきらめられないんです。
って 人を僕は応援したい。
だから、理想や目標を大事に捉えていますし、最終的には自分で考えられるようになってもらいたい。
僕らはいつだって過渡期です。成長に終わりはない。
昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでも前へ進む。
それぞれの目標に向かって挑戦していってほしいと思います。