こんにちは、Kouです。
今回は『苦闘を楽しむ』です。
勉強にしても、スポーツ、音楽、芸術、どんな世界でも何かを新しく始めればどこかでうまくいかなくなる時が来ます。
そこを乗り越えられるかどうかが最初の分岐点です。
どんなことであれ何かを始めれば、例外なく誰でも、悩み、葛藤し、うまくいかない時期というのは必ず来ます。
まずはその事実を知ってください。そのことを知っているかどうかで結果は大きく変わります。
どんな分野でも、一流のプロでも、それぞれのレベルにあった停滞する時期というものが必ず来ます。
世界で活躍するアスリートも、世の中でその道を極めたと言われている人も葛藤しています。「~とは何か?」「どうすればいい?」と常に自問自答している。
その事実を知っていれば、悩むことは悪いことではないと分かります。
むしろ歓迎すればいい。
なぜならそれを乗り越えた先には成長した自分が待っているから。
壁にぶつかった時に進める人は、人がどう成長するのかを知っているのです。人の成長は一次関数的変化ではありません。
人の成長は水の温度上昇のように、上がっては停滞し上がっては停滞しを繰り返し段階を踏みながら上昇していきます。
氷を水にする為にはエネルギーを与え続ける必要があるように、勉強においても停滞していると感じる時期に知識や技術を与え続ける必要があります。
そしてあるとき「そういうことか!」というひらめきとなって世界が開ける瞬間が来ます。
勉強ができる人というのはそれを知っているのです。だからできないことを恐れずに進んでいける。停滞を楽しめる。
成績が1位の人は1位なりの、ビリはビリなりの、中間の人は中間なりの悩みがあります。
それは社会にでて仕事をしても同じです。新人の悩みは先輩にしたら、たいした悩みではない。しかし本人にとってみれば不安でたまらないことだったりする。
先輩は後輩が通るであろう困難を知っていて、それを乗り越えてきたんです。だから、勉強でも今できないことを嘆く必要はありません。
『今の自分』が『3年前の自分』を見たら、できないことを恐れたり、恐れるが故に行動できなかったり、そうやってためらっている自分を滑稽に思うと思いませんか?
3年前の自分ができなかったことを今の自分は難なくこなせるはずです。
それなのに停滞の中にいる時は『今』しか見えていない。そのために3年後の自分が想像できていない。
だから知っておいてほしい。『悩むことは悪いことではなく、成長のために必要なんだと。そして人間である以上悩みや壁が消えることはないんだと。』
ですが『悩む』で終わってしまってはいけない。
『悩む』と『考える』は違います。そしてみなさんには『考える』になってもらいたい。悩むというのは行動がないんです。
「どうしようかな?」「嫌だなぁ。」「でも、だって、・・・・。」と思っているだけです。
そうではなくて自分で考えて行動をしてほしい。自分で考えて自分なりの選択をしてほしい。分からない、苦しいなりの答えを出してほしい。
成績を上げたいのなら「なぜ上げたいのだろう?」、成績が上がらないのなら「どうすれば上がるだろう?」集中できないのなら「どうすれば集中できるのだろう?」
そうやって1つ1つ自分で考え行動し、自分を見つめてほしい。
苦しい時にこそ強さが求められます、自分を見つめ、成長していってください。
こんにちは、Kouです。
前回に引き続き問題集の使い方について話していこうと思います。
前回は問題集を確認テストとして活用する方法は効果的だとお話ししました。
勉強した結果どれだけ覚えたのか、どれだけできるようになったのか、
ここが勉強の本質、根本になります。
この意識があるかないかで成績が大きく変わります。
今回はそれとは異なる視点で書いていきます。
問題集を解く際に意識しているポイントがあるのですが、それはインプットとアウトプットを分けるということ。
インプットとは覚えること、アウトプットとは覚えている知識を組み合わせて問題を解くことです。
インプットする時は、問題が解けなかったらすぐに答えを見て、解法や考え方、プロセスを覚えるようにする。
常にアウトプットを意識して覚えるようにする。
アウトプットをする時には答えを見ずに、今の自分の力を試す。
そのあとで現状の自分を分析します。
間違えた原因は何なのか?
ミスなのか?
単純に知らないだけなのか?
考え方がわかっていないのか?
ケアレスミスなら原因を考え、反省し、ミスしない工夫をする。
知識不足ならそこを補う勉強をする。
解法の考えに至れていないのならその考えの元になる考えから理論を理解する。
そうやってどうやれば解けるようになるのか自分で考えていく必要があります。
解けない原因が単純な知識不足ならさっさと次の問題へいけばいい、それは覚えれば済むことだから、悩む時間がもったいない。
知らない料理を作るのに、いくら作り方で悩んでも作り方は導けない。
それならレシピを見た方が上手にできますよね。
はじめから1回で完璧になどしなくていいんです。
何回もやればいい。
復習は何度も繰り返しやった方が効果は高いんです。
このブログを読んでくれている方は分かると思いますが、「何回もやればいいんだ。」ではありませんからね。
1回でできるなら1回でいいし、できないならできるまで何回でもやればいい。
問題なのは回数ではなくて解けるようになることです。
そうやって自分ができること、できないことを明確にしてください。
何が分からないか分からないのはそうした分析をしていないからです。
でもそれを続けていくことで、何が自分に必要かが分かってきます。
このくらいやればこのくらいになるんだという基準ができてきます。
そうすれば目標に対してのアプローチの仕方、目標までの距離が見えてくる。
目的地にいくのに最低限、目的地と現在地を知らないといけません。
自分の現在地を知ろう。
そのために問題集ではインプットとアウトプットを分け、そして間違えた原因を分析し、解決策を実践してください。
『理解』→『暗記』→『演習』→『分析』→『理解』・・・のサイクルを自分の中で回せるようになると、勉強は加速します。
『TRY&TRY』いつだって挑戦です。
その時できなくても、次はできるようにする。同じミスは2度としない。
同じ問題がテストや入試で出るとは限らない。
だから抽象化する。
その問題から共通するエッセンスを、法則を汲み取る。
そういう『自分を知り、自分を成長させる』そんな勉強をしてみてください。
前回に引き続き問題集の使い方について話していこうと思います。
前回は問題集を確認テストとして活用する方法は効果的だとお話ししました。
勉強した結果どれだけ覚えたのか、どれだけできるようになったのか、
ここが勉強の本質、根本になります。
この意識があるかないかで成績が大きく変わります。
今回はそれとは異なる視点で書いていきます。
問題集を解く際に意識しているポイントがあるのですが、それはインプットとアウトプットを分けるということ。
インプットとは覚えること、アウトプットとは覚えている知識を組み合わせて問題を解くことです。
インプットする時は、問題が解けなかったらすぐに答えを見て、解法や考え方、プロセスを覚えるようにする。
常にアウトプットを意識して覚えるようにする。
アウトプットをする時には答えを見ずに、今の自分の力を試す。
そのあとで現状の自分を分析します。
間違えた原因は何なのか?
ミスなのか?
単純に知らないだけなのか?
考え方がわかっていないのか?
ケアレスミスなら原因を考え、反省し、ミスしない工夫をする。
知識不足ならそこを補う勉強をする。
解法の考えに至れていないのならその考えの元になる考えから理論を理解する。
そうやってどうやれば解けるようになるのか自分で考えていく必要があります。
解けない原因が単純な知識不足ならさっさと次の問題へいけばいい、それは覚えれば済むことだから、悩む時間がもったいない。
知らない料理を作るのに、いくら作り方で悩んでも作り方は導けない。
それならレシピを見た方が上手にできますよね。
はじめから1回で完璧になどしなくていいんです。
何回もやればいい。
復習は何度も繰り返しやった方が効果は高いんです。
このブログを読んでくれている方は分かると思いますが、「何回もやればいいんだ。」ではありませんからね。
1回でできるなら1回でいいし、できないならできるまで何回でもやればいい。
問題なのは回数ではなくて解けるようになることです。
そうやって自分ができること、できないことを明確にしてください。
何が分からないか分からないのはそうした分析をしていないからです。
でもそれを続けていくことで、何が自分に必要かが分かってきます。
このくらいやればこのくらいになるんだという基準ができてきます。
そうすれば目標に対してのアプローチの仕方、目標までの距離が見えてくる。
目的地にいくのに最低限、目的地と現在地を知らないといけません。
自分の現在地を知ろう。
そのために問題集ではインプットとアウトプットを分け、そして間違えた原因を分析し、解決策を実践してください。
『理解』→『暗記』→『演習』→『分析』→『理解』・・・のサイクルを自分の中で回せるようになると、勉強は加速します。
『TRY&TRY』いつだって挑戦です。
その時できなくても、次はできるようにする。同じミスは2度としない。
同じ問題がテストや入試で出るとは限らない。
だから抽象化する。
その問題から共通するエッセンスを、法則を汲み取る。
そういう『自分を知り、自分を成長させる』そんな勉強をしてみてください。
こんにちは、Kouです。
勉強ではやったつもりというのが一番危険なのですが、ここの意識の差があるか、ないかで成績は大きく変わります。
いくら勉強しても成績が上がらないのであれば、一番大切な「勉強の本質」が意識できていません。
何時間勉強しようが、何冊も問題集を解こうが、本質はそこにはない。
本質はその結果できることを増やすことにあります。
知識を増やし、覚え、問題が解けるようになることにある。
それが意識できていない勉強は、やったつもり、パフォーマンスにすぎません。
自分に自信がない人ほどパフォーマンスをしたがります。勉強だけでなく人生でも同じです。
私ってこんなに頑張っているんですよって。私ってすごくない?って。
自分に自信がないから、人に認められたくて、自分を評価してもらいたくて、パフォーマンスする。
既存の価値観でしか物事を計れないから、成績が悪い=自分には価値がない、それを認めたくないから、まだ本気出してないアピールをする。
インスタントな価値観を自分に張って、~ていう肩書きで自分を武装したりします。
極端な話、親戚の親戚の親戚が東大出ていてすごいんだぜ。ってもはや他人じゃんって話なんですが、たぶん本人はそのことに気づいていません。
そうではなく、僕らがやっていかなきゃいけないのは自分を認めてあげることです。
今はまだできないかもしれないけど、それでもここからスタートするんだ。とそれを受け入れた上で前へ進んでいけばいい。
だから勉強をやったつもりかもって疑えるというのは自分と向き合おうとしている証拠です。
そのことだけでも自分を評価して上げてください。そうやって1つ1つ自分と向き合っていくことがとても大切です。
じゃあ、そのやったつもりをどうすれば防げるのか?
つもりというのはあくまでも主観です。主観で考えている内はどこまでいっても不安です。
何時間勉強しようが、最後にこれで完璧かと問われれば自信を持って答えられないでしょう。
そこで、主観ではなく客観的な視点を取り入れる必要があります。
つまりは、自分を自分で客観的に分かる数値で評価すればいいということです。
具体的には、問題集の正答率をだしてみたり、その問題の答えに至るプロセスを再現できるかどうか簡単なテストをしてみたりするのがいいと思います。
そういう風に問題集を活用することで、テストや模試以外にも自分を評価できるツールをつくることができます。
それを繰り返していくことで自己評価の精度も高くなっていくでしょうし、自信にもなっていきます。
なにかを覚えたら確認、問題集を解いたら確認、そうやって1つ1つの区切りをつける際に簡単なテストをしていくことで、やったつもりから確かな勉強へと変わっていきます。
「その結果何を覚えたのか?」ここをもう一度意識して勉強してみてください。
勉強ではやったつもりというのが一番危険なのですが、ここの意識の差があるか、ないかで成績は大きく変わります。
いくら勉強しても成績が上がらないのであれば、一番大切な「勉強の本質」が意識できていません。
何時間勉強しようが、何冊も問題集を解こうが、本質はそこにはない。
本質はその結果できることを増やすことにあります。
知識を増やし、覚え、問題が解けるようになることにある。
それが意識できていない勉強は、やったつもり、パフォーマンスにすぎません。
自分に自信がない人ほどパフォーマンスをしたがります。勉強だけでなく人生でも同じです。
私ってこんなに頑張っているんですよって。私ってすごくない?って。
自分に自信がないから、人に認められたくて、自分を評価してもらいたくて、パフォーマンスする。
既存の価値観でしか物事を計れないから、成績が悪い=自分には価値がない、それを認めたくないから、まだ本気出してないアピールをする。
インスタントな価値観を自分に張って、~ていう肩書きで自分を武装したりします。
極端な話、親戚の親戚の親戚が東大出ていてすごいんだぜ。ってもはや他人じゃんって話なんですが、たぶん本人はそのことに気づいていません。
そうではなく、僕らがやっていかなきゃいけないのは自分を認めてあげることです。
今はまだできないかもしれないけど、それでもここからスタートするんだ。とそれを受け入れた上で前へ進んでいけばいい。
だから勉強をやったつもりかもって疑えるというのは自分と向き合おうとしている証拠です。
そのことだけでも自分を評価して上げてください。そうやって1つ1つ自分と向き合っていくことがとても大切です。
じゃあ、そのやったつもりをどうすれば防げるのか?
つもりというのはあくまでも主観です。主観で考えている内はどこまでいっても不安です。
何時間勉強しようが、最後にこれで完璧かと問われれば自信を持って答えられないでしょう。
そこで、主観ではなく客観的な視点を取り入れる必要があります。
つまりは、自分を自分で客観的に分かる数値で評価すればいいということです。
具体的には、問題集の正答率をだしてみたり、その問題の答えに至るプロセスを再現できるかどうか簡単なテストをしてみたりするのがいいと思います。
そういう風に問題集を活用することで、テストや模試以外にも自分を評価できるツールをつくることができます。
それを繰り返していくことで自己評価の精度も高くなっていくでしょうし、自信にもなっていきます。
なにかを覚えたら確認、問題集を解いたら確認、そうやって1つ1つの区切りをつける際に簡単なテストをしていくことで、やったつもりから確かな勉強へと変わっていきます。
「その結果何を覚えたのか?」ここをもう一度意識して勉強してみてください。
こんにちは、Kouです。
今回は『妥協は麻薬』です。
人の成長とは何でしょうか?
昨日解けなかった問題が、今日解けるようになっていれば成長ではあるけれど、
それを日々感じることはないと思います。
目に見えない勉強や精神的成長はもっと大きな期間でしか感じられない。
ふとした時に過去を振り返り、そこで初めて成長を感じると思います。
そこで感じる成長は、もちろん技術的な部分や実績もあるけれど、一番の大きな変化は思考の広さと深さだと思います。
「あの時はその考えに至れなかった。」「そういう考えもある。」そうした思考の変化が成長を感じるポイントです。
人間関係で言えば、他人は他人の基準で、論理で、都合で、生きています。それが理解できるようになる。
相手を自分の理屈で理解しようとし、それはおかしいと感じたり。自分の都合を相手に押し付けようとして、対立したり、すれ違ったりしてしまう。
自身の成長があれば、自分の考えを持った上で相手を理解できるようになる。
成長するためには自分に多くを求めないといけない。自分に多くを課さないといけない。
そうすることで自分が形作られる。それがスタイルになっていく。そして、それが基準となり、信念になる。
「朝フルーツ食べるといいよ。」と言われて、それを真似するだけでは意味がありません。そうではなくて自分の基準をもってその選択をしなくちゃいけない。
例えば、
一流のモデルさんが夜遅くにお腹が減ったからカップラーメンを食べると思いますか?
食べませんよね。そこにはプロ意識や自分の基準があるでしょう。そうした自分ルールを、こだわりを自分に課さないといけない。
誰かに言われたからではなく、自分で自分に多くを課す。多くを求める。僕らはその基準が高い人間を「すごい。」と思うわけです。
人よりも勉強に使える時間が少ないなら、人と同じではいけない。少ないなら少ないなりに時間をどう使うのかを考えないといけない。
『妥協は麻薬』
人はとても弱い。一度やめてしまえばその後も麻薬のようにそれがまとわりついてくる。でも強くありたいと望み進むこともできる。止まるか進むか。
自分を甘やかしている集団に、意識に、環境に属してしまえば成長はない。
自分にルールを課すこと、それが成長には必要です。自分ルールやこだわりについて考えてみてください。
今回は『妥協は麻薬』です。
人の成長とは何でしょうか?
昨日解けなかった問題が、今日解けるようになっていれば成長ではあるけれど、
それを日々感じることはないと思います。
目に見えない勉強や精神的成長はもっと大きな期間でしか感じられない。
ふとした時に過去を振り返り、そこで初めて成長を感じると思います。
そこで感じる成長は、もちろん技術的な部分や実績もあるけれど、一番の大きな変化は思考の広さと深さだと思います。
「あの時はその考えに至れなかった。」「そういう考えもある。」そうした思考の変化が成長を感じるポイントです。
人間関係で言えば、他人は他人の基準で、論理で、都合で、生きています。それが理解できるようになる。
相手を自分の理屈で理解しようとし、それはおかしいと感じたり。自分の都合を相手に押し付けようとして、対立したり、すれ違ったりしてしまう。
自身の成長があれば、自分の考えを持った上で相手を理解できるようになる。
成長するためには自分に多くを求めないといけない。自分に多くを課さないといけない。
そうすることで自分が形作られる。それがスタイルになっていく。そして、それが基準となり、信念になる。
「朝フルーツ食べるといいよ。」と言われて、それを真似するだけでは意味がありません。そうではなくて自分の基準をもってその選択をしなくちゃいけない。
例えば、
一流のモデルさんが夜遅くにお腹が減ったからカップラーメンを食べると思いますか?
食べませんよね。そこにはプロ意識や自分の基準があるでしょう。そうした自分ルールを、こだわりを自分に課さないといけない。
誰かに言われたからではなく、自分で自分に多くを課す。多くを求める。僕らはその基準が高い人間を「すごい。」と思うわけです。
人よりも勉強に使える時間が少ないなら、人と同じではいけない。少ないなら少ないなりに時間をどう使うのかを考えないといけない。
『妥協は麻薬』
人はとても弱い。一度やめてしまえばその後も麻薬のようにそれがまとわりついてくる。でも強くありたいと望み進むこともできる。止まるか進むか。
自分を甘やかしている集団に、意識に、環境に属してしまえば成長はない。
自分にルールを課すこと、それが成長には必要です。自分ルールやこだわりについて考えてみてください。
こんにちは、Kouです。
今回は『選択』についての話です。
ちょっと長くなります
多くの人が大学に行くことを選ぶのはなぜでしょうか?
おそらく、ほとんどの人は「それが普通だから」という理由だと思います。
どの大学に行くか?
という問いは、大学に行くという暗黙の前提があるわけで、
その前提自体を疑うことはあまりありません。
つまり、知らない間に私たちは他の選択肢を見ないように生き、無意識のうちにあらゆる選択肢を切り捨てているということです。
そして、選択肢を切り捨てさせているのは、『常識』『親の意見』『周りの行動』などです。
そういったものが、他にある選択肢を見ないようにさせています。
それがいいとか悪いとか、そういう話ではありません。
自分がそういう社会の中で生きていて、その中で選択をしているということに気づいて欲しいのです。
例えば、
ショップに行き、自分に合う服がないとしましょう。
すでにあるものの中に自分に合うものがあるとは限りません。
目の前にずらっと並べられた服の中にお気に入りの服がなく、無理にその中から服を選んだとしたら、それは消去法で選んだ妥協の産物でしかありません。
ショップに行って、そこに並んでいるものの中にお気に入りのものがなかったとしたら、無理に、気に入らないものを買いますか?
違う店を見てたり、店員さんに聞いたりするのではないでしょうか?
お店に入り、店員が、『こんなのあるよ』と言って、いろんな洋服を提示してくれます。
で、多くの人はその中から服を選びます。
つまり、
私たちは誰かが提示したものの中から人生を選んでいるし、
『本当にやりたいこと』が、今はまだ世の中にはないことだってありえるということです。
提示されることがおかしいと言いたいのではありません。
どんな仕事であれ、その人によくなってほしい、気に入ってほしい、感動してほしい、そう思っているはずです。
そうではなく、
僕らは『与えられる選択肢』に慣れきってしまい、自分で考えることを忘れてしまっているのではないか?と疑問を持ってもらいたいのです。
思考停止になり、与えられたものだけをこなし、自分では何も考えない。
そうなってほしくありません。
進学も就職も、何かを選択する時に、周りがそうするからというのではなく、自分の信念を持って選択して欲しい。
今はまだ自分には信念と呼べるものがない、だから、先生から、両親から、友達から、本から学ぶ。
学ぶために、進学する、就職する、とても素晴らしいことだと思います。
ただ、「安定のために」とか、「それが普通だから」とか、そういったことから仕事を選んでも、幸せにはなれない、そう思います。
嫌々仕事をしている人は「辞めたい」と言っていますが、それはメリットだけに目を向けて、自分がやりたいことを考えなかったからです。
しかし、おそらく彼らの大半はその仕事を辞めません。
辞めるのは普通でないから。
そして一生嫌いなことを我慢しながら続ける。それが彼らにとっての安定で普通だから。
あなたはどういう人生を送りたいですか?考えてみてください。
今回は『選択』についての話です。
ちょっと長くなります

多くの人が大学に行くことを選ぶのはなぜでしょうか?
おそらく、ほとんどの人は「それが普通だから」という理由だと思います。
どの大学に行くか?
という問いは、大学に行くという暗黙の前提があるわけで、
その前提自体を疑うことはあまりありません。
つまり、知らない間に私たちは他の選択肢を見ないように生き、無意識のうちにあらゆる選択肢を切り捨てているということです。
そして、選択肢を切り捨てさせているのは、『常識』『親の意見』『周りの行動』などです。
そういったものが、他にある選択肢を見ないようにさせています。
それがいいとか悪いとか、そういう話ではありません。
自分がそういう社会の中で生きていて、その中で選択をしているということに気づいて欲しいのです。
例えば、
ショップに行き、自分に合う服がないとしましょう。
すでにあるものの中に自分に合うものがあるとは限りません。
目の前にずらっと並べられた服の中にお気に入りの服がなく、無理にその中から服を選んだとしたら、それは消去法で選んだ妥協の産物でしかありません。
ショップに行って、そこに並んでいるものの中にお気に入りのものがなかったとしたら、無理に、気に入らないものを買いますか?
違う店を見てたり、店員さんに聞いたりするのではないでしょうか?
お店に入り、店員が、『こんなのあるよ』と言って、いろんな洋服を提示してくれます。
で、多くの人はその中から服を選びます。
つまり、
私たちは誰かが提示したものの中から人生を選んでいるし、
『本当にやりたいこと』が、今はまだ世の中にはないことだってありえるということです。
提示されることがおかしいと言いたいのではありません。
どんな仕事であれ、その人によくなってほしい、気に入ってほしい、感動してほしい、そう思っているはずです。
そうではなく、
僕らは『与えられる選択肢』に慣れきってしまい、自分で考えることを忘れてしまっているのではないか?と疑問を持ってもらいたいのです。
思考停止になり、与えられたものだけをこなし、自分では何も考えない。
そうなってほしくありません。
進学も就職も、何かを選択する時に、周りがそうするからというのではなく、自分の信念を持って選択して欲しい。
今はまだ自分には信念と呼べるものがない、だから、先生から、両親から、友達から、本から学ぶ。
学ぶために、進学する、就職する、とても素晴らしいことだと思います。
ただ、「安定のために」とか、「それが普通だから」とか、そういったことから仕事を選んでも、幸せにはなれない、そう思います。
嫌々仕事をしている人は「辞めたい」と言っていますが、それはメリットだけに目を向けて、自分がやりたいことを考えなかったからです。
しかし、おそらく彼らの大半はその仕事を辞めません。
辞めるのは普通でないから。
そして一生嫌いなことを我慢しながら続ける。それが彼らにとっての安定で普通だから。
あなたはどういう人生を送りたいですか?考えてみてください。