こんにちは、Kouです。
私たちは未来に対して不安を抱きます。
できるかどうか分からない。
うまく行くかわからない。
失敗したらどうしよう。
そういった不安に駆られます。
分からないからこそ「もし・・・」を考え不安になります。
重要なことは未来のことは誰にも分からないということです。
そして、
分からない未来を考えることは意味がありません。
それは「明日隕石が落ちてきたらどうしよう。」と不安になっているのと変わりません。
私たちはよく試験や受験で「~したらどうしよう。」と不安になりますが、先ほどの隕石と同じで、それには意味がないのです。
そう、意味がないのです。
どんなに不安になろうとも現実は変わらないんです。
事前に想定しておくことは大切ですが、必要以上に不安になる必要はありません。
現実に起きてしまったら、その時に対処すればいい。
私たちにできるのは、未来を不安に思うのではなく、
何が起こっても自分なら大丈夫と覚悟を決めて、今できることを精一杯やっていくことだけです。
私たちはできることしかできないのだから。
何かに挑戦するということは、不確定な未来を受け入れるということです。
確定された未来は予定調和でしかない。
先の分かっているだけの人生なんてつまらない。
今の自分はどこかでその困難さを楽しんでいます。
もっと困難なことが起これとは思っていないけど、困難なことが起こっても乗り越えられると思っている。
乗り越えた先には、成長した自分がいると信じている。
だからその不確定さを楽しんだらいい。
挑戦に必要なのは不安ではなく、その先のワクワクした気持ちです。
こんにちは、Kouです。
今回は『失われた自信をとり戻そう』です。
私たちは、子供の頃、自信に満ちています。
何事にも挑戦していきます。転ぼうが、失敗しようがそんなことを恐れていません。
ですが成長と共に教育の中で自分と他人とを比較され、できない自分に気づき、傷つき、少しずつ自信を失っていってしまう。
そして自信がないがために、いつしか挑戦さえしなくなる。
他人と比較されることを、失敗することを、自尊心が傷つくことを恐れてしまう。
しかし、他人と自分を比較し、自信を失う必要はありません。
問題が解けなくても、なにかができなくても、その人の価値は1mmも変わることはない。
自信のあるなしに他人は一切関係ありません。自分が自分を信じればいい。
そんな思いを後押ししてくれる一節があるのでご紹介します。
エマーソンの『自己信頼』という本に、以下の一節があります。
<ここから>
人は臆病で言い訳ばかりしている。もはや自分の力で立ってはいない。
「私はこう思う」とか「私はこうだ」と言い切る勇気がなくて、聖人や賢者の引用ばかりしている。
草の葉や花開くバラを前にしても肩身が狭い。私の窓の下に咲くこれらのバラは、前に咲いたバラや、もっと美しいバラを参考にしたりはしない。
あるがまま、今日、神とともに存在する。バラには時間というものがない。
どの瞬間にも、ただバラとして完璧に存在している。葉が芽吹く前から完全ないのちが躍動しているのだ。
いのちは満開の花に多いということはなく、葉を落とした根には少ないということもない。
あらゆる瞬間においてバラの本性は満たされ、バラは自然を満足させている。
一方、人間は先送りをしたり振り返ったりする。今を生きることなく、後ろ向きに過去を嘆いたり、自分を取り巻く豊かさには目もくれないで、未来を見ようとつま先立っているのだ。
人も、バラと同じように時を超えて今という時間を自然とともに生きない限り、幸せにも強くもなれはしない。
by エマーソン 『自己信頼』より
<ここまで>
私たちも同じく自分は自分として歩んでいけばいい。
他人と自分を比較し自信を失う必要はありません。
生まれた時から死ぬその時まで、うれしい時も、苦しい時も、先の見えない暗闇にいる時も、希望に満ちあふれている時も、いつだって私たちの命は輝いている。
だから恐れずに進んだらいい。
自信の本質は自信を築く方法を知ることではありません。
自信は生まれた時から『ある』ものだから。
だからそれに気づき信じればいい。忘れてしまったものを取り戻せばいい。
卑屈になるのでもなく、傲慢になるのでもなく、自分の中の『正しさ」を信じて『今』を精一杯生きてほしいと思います。
今回は『失われた自信をとり戻そう』です。
私たちは、子供の頃、自信に満ちています。
何事にも挑戦していきます。転ぼうが、失敗しようがそんなことを恐れていません。
ですが成長と共に教育の中で自分と他人とを比較され、できない自分に気づき、傷つき、少しずつ自信を失っていってしまう。
そして自信がないがために、いつしか挑戦さえしなくなる。
他人と比較されることを、失敗することを、自尊心が傷つくことを恐れてしまう。
しかし、他人と自分を比較し、自信を失う必要はありません。
問題が解けなくても、なにかができなくても、その人の価値は1mmも変わることはない。
自信のあるなしに他人は一切関係ありません。自分が自分を信じればいい。
そんな思いを後押ししてくれる一節があるのでご紹介します。
エマーソンの『自己信頼』という本に、以下の一節があります。
<ここから>
人は臆病で言い訳ばかりしている。もはや自分の力で立ってはいない。
「私はこう思う」とか「私はこうだ」と言い切る勇気がなくて、聖人や賢者の引用ばかりしている。
草の葉や花開くバラを前にしても肩身が狭い。私の窓の下に咲くこれらのバラは、前に咲いたバラや、もっと美しいバラを参考にしたりはしない。
あるがまま、今日、神とともに存在する。バラには時間というものがない。
どの瞬間にも、ただバラとして完璧に存在している。葉が芽吹く前から完全ないのちが躍動しているのだ。
いのちは満開の花に多いということはなく、葉を落とした根には少ないということもない。
あらゆる瞬間においてバラの本性は満たされ、バラは自然を満足させている。
一方、人間は先送りをしたり振り返ったりする。今を生きることなく、後ろ向きに過去を嘆いたり、自分を取り巻く豊かさには目もくれないで、未来を見ようとつま先立っているのだ。
人も、バラと同じように時を超えて今という時間を自然とともに生きない限り、幸せにも強くもなれはしない。
by エマーソン 『自己信頼』より
<ここまで>
私たちも同じく自分は自分として歩んでいけばいい。
他人と自分を比較し自信を失う必要はありません。
生まれた時から死ぬその時まで、うれしい時も、苦しい時も、先の見えない暗闇にいる時も、希望に満ちあふれている時も、いつだって私たちの命は輝いている。
だから恐れずに進んだらいい。
自信の本質は自信を築く方法を知ることではありません。
自信は生まれた時から『ある』ものだから。
だからそれに気づき信じればいい。忘れてしまったものを取り戻せばいい。
卑屈になるのでもなく、傲慢になるのでもなく、自分の中の『正しさ」を信じて『今』を精一杯生きてほしいと思います。
こんにちは、Kouです。
勉強において、費やした時間に対して得られるものを最大化することが勉強の基本です。
100個の英単語を覚えるのなら費やす時間は当然少ない方がいいわけです。
しかし効率を妄信するあまり結果的には得るものが少ない、そんな状態になってほしくはありません。
最近では効率を重視し、無駄に思えることを避けようとする傾向が世の中全体に見られます。
受験の参考書などには「こんな方法でやったら早く覚えられる。」「こんな私でも成績が上がった方法。」など書かれていますが、それをそのまま信じてしまうのは危険です。
例えば「たいしたことをやっていません。」、「これさえやれば大丈夫。」みたいなことをそのまま「それしかやっていないのか」、「これさえやれば合格できるのか」と信じることは喜劇としか言いようがありません。
そこに描かれているのはその人にとっての方法であって、すべての人に当てはまるものではないからです。
効率を重視するあまり、小手先のテクニックに惑わされてはいけません。
中には本質をついている大変参考にしてほしい本もありますが、そちらは別の機会にして。
期待した結果が得られていない時に甘い囁きが聞こえてくれば、そちらに飛びつきたくなることでしょう。
しかし、高い目標を持つということは、そこには必ず努力が必要になります。
安易な方法で手に入れたものは簡単に崩れ去ってしまいます。
反対に、
例えば新聞を読んでみたり、受験とは関係ない本を読んでみたり、問題をじっくり時間をかけて考えてみたり、そうした積み重ねが無駄に見えて実は大きな力になります。
費やした思いや時間が多ければ多いほど、分かった時に得られる充実感も大きなものになるでしょう。
それは勉強でも部活でも人生でも同じことです。
考えてきた『深み』が違うよ、ということです。
同じ目的地に行くのなら新幹線で寝ていくのではなく、鈍行列車で途中の景色を楽しんで行きたい。そう思います。
その経験があるから見えることがある。その経験があるから分かることがある。
その経験をした自分だから、自分にしかできないことがある。
今は分からなくても『今の経験』がいつか線となって活かせる時が来ます。
焦らずに、本質をじっくり考え、そうした経験を積んでいってほしいと思います。
勉強において、費やした時間に対して得られるものを最大化することが勉強の基本です。
100個の英単語を覚えるのなら費やす時間は当然少ない方がいいわけです。
しかし効率を妄信するあまり結果的には得るものが少ない、そんな状態になってほしくはありません。
最近では効率を重視し、無駄に思えることを避けようとする傾向が世の中全体に見られます。
受験の参考書などには「こんな方法でやったら早く覚えられる。」「こんな私でも成績が上がった方法。」など書かれていますが、それをそのまま信じてしまうのは危険です。
例えば「たいしたことをやっていません。」、「これさえやれば大丈夫。」みたいなことをそのまま「それしかやっていないのか」、「これさえやれば合格できるのか」と信じることは喜劇としか言いようがありません。
そこに描かれているのはその人にとっての方法であって、すべての人に当てはまるものではないからです。
効率を重視するあまり、小手先のテクニックに惑わされてはいけません。
中には本質をついている大変参考にしてほしい本もありますが、そちらは別の機会にして。
期待した結果が得られていない時に甘い囁きが聞こえてくれば、そちらに飛びつきたくなることでしょう。
しかし、高い目標を持つということは、そこには必ず努力が必要になります。
安易な方法で手に入れたものは簡単に崩れ去ってしまいます。
反対に、
例えば新聞を読んでみたり、受験とは関係ない本を読んでみたり、問題をじっくり時間をかけて考えてみたり、そうした積み重ねが無駄に見えて実は大きな力になります。
費やした思いや時間が多ければ多いほど、分かった時に得られる充実感も大きなものになるでしょう。
それは勉強でも部活でも人生でも同じことです。
考えてきた『深み』が違うよ、ということです。
同じ目的地に行くのなら新幹線で寝ていくのではなく、鈍行列車で途中の景色を楽しんで行きたい。そう思います。
その経験があるから見えることがある。その経験があるから分かることがある。
その経験をした自分だから、自分にしかできないことがある。
今は分からなくても『今の経験』がいつか線となって活かせる時が来ます。
焦らずに、本質をじっくり考え、そうした経験を積んでいってほしいと思います。
こんにちは、Kouです。
人それぞれ当たり前と思っているものがあると思います。
ほとんどの人が自分の価値観を、普通だ、一般的だと認識しています。
勉強に関していえば「まあ、このくらいやっておけば完璧かな。」とか「1日~時間勉強すればすごいでしょ。」などです。
他人が「このくらい勉強したんだ。」と話した時に意識せずとも「それだけ?」や「すげー」って思っているはずです。
それは自分を基準にして物事を計っているということです。
そしてその基準をつくっている要素で大事になるのが『環境』です。
「毎日2時間も勉強しているんだ。すごいなぁ。」と思うか「毎日2時間しか勉強していないんだ、へー。」と思うか。
周りの友達や学校の雰囲気に大きく影響を受けます。
周りが全く勉強していない中で1人だけ猛烈に勉強を続けていくのは、よほど強いモチベーションがなければ不可能でしょう。
逆に毎日5時間勉強するのが普通で、睡眠時間もしっかり確保し、ストレスも溜めず、体調管理もバッチリみたいな人しかいない環境であったなら、自分の基準も自然と高いものになるでしょう。
勉強ができる人はそのこれくらいが『普通』の基準が高いのです。
なぜか?
それは自分よりすごいと思う人間が自分より勉強しているからです。
そういう人が周りにいたり、そういう人がいるということを知っているからです。
その事実を知ってしまったら、自分が思う限界なんて限界じゃないと気づくはずです。
はじめは意識して、努力して続けていく。ある時からそれが普通になり、当たり前になり、やらずにはいられなくなり、最後には好きでやるようになる。
その最初のステップが習慣化ということです。
小さい頃は歯磨きをお母さんに言われてやっていたのが、いつからか普通になりましたよね?
勉強でもはじめはつらいと思います。意識しないとできないと思います。ですがある時からそれが普通になります。周りの人が「すごいな」と思うようなことが普通になります。
そして最後には好きで取り組めるようになる。勉強のすべてが面白くないわけではないでしょう。
新しいことを覚えたり、問題が解けるようになったり、心地いいものです。
長時間勉強を続けている人は努力してやっているのではなく、好きでやっている。そういう人の方が多いと思います。
自分の当たり前の基準を高めましょう。そうすれば、見えていなかったものが見えてきます。
人それぞれ当たり前と思っているものがあると思います。
ほとんどの人が自分の価値観を、普通だ、一般的だと認識しています。
勉強に関していえば「まあ、このくらいやっておけば完璧かな。」とか「1日~時間勉強すればすごいでしょ。」などです。
他人が「このくらい勉強したんだ。」と話した時に意識せずとも「それだけ?」や「すげー」って思っているはずです。
それは自分を基準にして物事を計っているということです。
そしてその基準をつくっている要素で大事になるのが『環境』です。
「毎日2時間も勉強しているんだ。すごいなぁ。」と思うか「毎日2時間しか勉強していないんだ、へー。」と思うか。
周りの友達や学校の雰囲気に大きく影響を受けます。
周りが全く勉強していない中で1人だけ猛烈に勉強を続けていくのは、よほど強いモチベーションがなければ不可能でしょう。
逆に毎日5時間勉強するのが普通で、睡眠時間もしっかり確保し、ストレスも溜めず、体調管理もバッチリみたいな人しかいない環境であったなら、自分の基準も自然と高いものになるでしょう。
勉強ができる人はそのこれくらいが『普通』の基準が高いのです。
なぜか?
それは自分よりすごいと思う人間が自分より勉強しているからです。
そういう人が周りにいたり、そういう人がいるということを知っているからです。
その事実を知ってしまったら、自分が思う限界なんて限界じゃないと気づくはずです。
はじめは意識して、努力して続けていく。ある時からそれが普通になり、当たり前になり、やらずにはいられなくなり、最後には好きでやるようになる。
その最初のステップが習慣化ということです。
小さい頃は歯磨きをお母さんに言われてやっていたのが、いつからか普通になりましたよね?
勉強でもはじめはつらいと思います。意識しないとできないと思います。ですがある時からそれが普通になります。周りの人が「すごいな」と思うようなことが普通になります。
そして最後には好きで取り組めるようになる。勉強のすべてが面白くないわけではないでしょう。
新しいことを覚えたり、問題が解けるようになったり、心地いいものです。
長時間勉強を続けている人は努力してやっているのではなく、好きでやっている。そういう人の方が多いと思います。
自分の当たり前の基準を高めましょう。そうすれば、見えていなかったものが見えてきます。
こんにちは、Kouです。
今回は少し自分の昔話をします。お付き合い下さい。
以前の仕事をしている時の話です。
その頃の私の口癖は「つまらない」でした。ふとした時に浮かんでくるのはつまならい、退屈、そんな感情ばかりでした。
友達と話したり、スポーツをしたり、ゲームをしたり、映画を観たり、マンガを読んだり、その時は楽しい。
ですが、楽しんでいてもどこか虚しい、そんな感覚でした。
何かが足りない、けどその何かがわからない。
自分は何を求めているのだろうか?長い間悩んでいました。
あるとき一冊の本のなかに書かれていた言葉に大きな気づきがありました。
その言葉は、
「やりたいことは、自分で探さなきゃ見つからない。」
当たり前すぎることなのに、当時の自分には大きな衝撃でした。
いつしか忘れてしまい、自分がずっと探していたものは『自分らしく生きること、やりたいことをやること』でした。
それがわかっても、問題が解決したわけではありません。
自分らしさってなにか?考えましたし、やりたいことって何か?も考えました。
自分と向き合い、「なぜ?」と自問し、たくさんの本を読み、また考える、それを繰り返しました。
自分の核(コア)はどのにあるのか?
考え続けた結果、見えてきた1つの答えがあります。
今も昔も変わらず自分が大事にし、自分の核をなすもの、それは『誠実さ』でした。
自分に対しても、人に対しても偽ることなく心を尽くすこと。それが今の自分が大切にしているものです。
そして同時に、たくさんの本から得た知識や考え方を伝えたいと思いました。それが今のやりたいことに繋がっています。
中学、高校の時、自分も勉強で悩み、自分の不甲斐なさに絶望しかけた時もありました。
当時の自分が今の考え方を知っていたらよかったのにと思います。
だから多くの生徒さんに知ってほしい、そして考えてほしい。
勉強で得られるのもは知識だけではないと、自分が大切にしているものは何かと。
すぐに答えは出るものではありません。その答えもずっと続くものかもわかりません。
ですが自分と向き合い、探さなきゃ、自分が本気になれること、自分がやりたいことは見つかりません。
そういった話もしていきます。興味がある方はコメントしてください。
今回は少し自分の昔話をします。お付き合い下さい。
以前の仕事をしている時の話です。
その頃の私の口癖は「つまらない」でした。ふとした時に浮かんでくるのはつまならい、退屈、そんな感情ばかりでした。
友達と話したり、スポーツをしたり、ゲームをしたり、映画を観たり、マンガを読んだり、その時は楽しい。
ですが、楽しんでいてもどこか虚しい、そんな感覚でした。
何かが足りない、けどその何かがわからない。
自分は何を求めているのだろうか?長い間悩んでいました。
あるとき一冊の本のなかに書かれていた言葉に大きな気づきがありました。
その言葉は、
「やりたいことは、自分で探さなきゃ見つからない。」
当たり前すぎることなのに、当時の自分には大きな衝撃でした。
いつしか忘れてしまい、自分がずっと探していたものは『自分らしく生きること、やりたいことをやること』でした。
それがわかっても、問題が解決したわけではありません。
自分らしさってなにか?考えましたし、やりたいことって何か?も考えました。
自分と向き合い、「なぜ?」と自問し、たくさんの本を読み、また考える、それを繰り返しました。
自分の核(コア)はどのにあるのか?
考え続けた結果、見えてきた1つの答えがあります。
今も昔も変わらず自分が大事にし、自分の核をなすもの、それは『誠実さ』でした。
自分に対しても、人に対しても偽ることなく心を尽くすこと。それが今の自分が大切にしているものです。
そして同時に、たくさんの本から得た知識や考え方を伝えたいと思いました。それが今のやりたいことに繋がっています。
中学、高校の時、自分も勉強で悩み、自分の不甲斐なさに絶望しかけた時もありました。
当時の自分が今の考え方を知っていたらよかったのにと思います。
だから多くの生徒さんに知ってほしい、そして考えてほしい。
勉強で得られるのもは知識だけではないと、自分が大切にしているものは何かと。
すぐに答えは出るものではありません。その答えもずっと続くものかもわかりません。
ですが自分と向き合い、探さなきゃ、自分が本気になれること、自分がやりたいことは見つかりません。
そういった話もしていきます。興味がある方はコメントしてください。