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『勉強でいちばん大事なところ』

 あなたもワクワクしながら勉強する世界にきませんか?

こんにちは、Kouです。

勉強において目標設定は非常に重要なことです。

以前お話した時には目標設定では、『目標達成までの道のりを明確にすること』、『達成できたかどうか分かるものにすること』が大切だとお話しました。

例えばマラソンをする時に、目標を決めず、練習メニューもよくわからない、計画性もなく、だらだらと練習する。これでは早く走れるようになるとは思えません。


逆に目標が明確で、必要な練習メニューを考え、計画を持って、時間を決めて練習している。

もちろん練習メニューも的確でなければなりませんが、こちらの方が早く走れるようになるでしょう。

その時に必要なのが目標から逆算して考えるということです。

目標を達成するために、残された時間で、どんなペースで、どのくらい何をやっていくのかを考えていくということです。

そのステップは、

①目標設定 

②やるべきことを書き出す

③優先順位と時間配分を決める

④決めた順番に勉強していく

⑤ 自己評価する


まずは目標を決めますが、この段階で一番重要なことは決めた目標を本当に達成したいのか?ということです。

それが達成できたらと思うとワクワクしますか?

思い浮かべるだけでニヤニヤしてしまうくらい魅力的ですか?

他のことを差し置いてでも達成したいと思いますか?

ここがしっかりしないと、やる気がでない、続かない、どっちでもいい、になってしまいます。

やる気やモチベーションが続かないという一番の原因がここです。

自分を見つめ、本当に達成したいと思える目標を設定しなきゃいけない。

達成できた時の自分をイメージして、達成できた時の感情を膨らませなきゃいけない。

人間は「これだ!」と気持ちが決まれば自然と行動できるんです。

それを表面的なテクニックに走ってしまうがゆえにうまくいかないになってしまう。

虫歯を治療するのに根っこの部分は見ないようにして、表面削ってから銀歯で覆っても根本的な治療にはなっていないでしょう?

テクニックは二の次で、本当に考えなきゃいけないのは自分のコアのほうなんです。

その次に、道のりを明確にすることや達成できたか判断がつくかどうかを考えて行けばいい。

本質をちゃんと捉えてください。


次のステップは ②やるべきことを書き出すです。

この段階ではとにかくやった方いいと思うことはすべて書き出しましょう。できるできないは関係なく書き出す。教科書を読む、単語、用語を覚える、何でもいいです。


次のステップは ③優先順位と時間配分を決めるです。

先ほど書き出したものに優先順位をつけていきます。

今の自分に一番必要なことは何でしょう?『理解』『暗記』『演習』なにを一番取り組むべきですか?大切だと思う順に番号をつけていきましょう。

そして優先順位が高い順に時間配分を決めていきます。日々の使える時間にどう割り振るのか?1週間でどれだけ取り組むのか?を決めていきます。

この段階でやることを絞り込みます。時間は限られているので、その中で自分のできる最高のパフォーマンスができるように計画しましょう。


次のステップは ④決めた順に勉強していくです。

目標も決まり、道しるべもできた、あとはそれにそって進んでいくだけです。

目標が長期にわたるものは、短期目標を立てて細分化していく必要があると思います。意識が定着していないうちは、その都度このステップを踏んでください。

そして最後に ⑤自己評価するです。

この目標が達成できたかどうかの評価を必ず行ってください。

できたならどんなことが良かったのか?できなかったのなら何がいけなかったのか?それらを1つ1つ考えていってください。

社会ではこうした取り組みが必ず役立ちます。

自分で考える力というのがますます必要とされる時代になるでしょう。

そのためにも目標達成の正しいステップを歩んでいってください。
こんにちは、Kouです。

今回はメッセージ調で。

いつも逃げちゃダメだなんてことはない。本当につらかったら信頼できる人を頼ればいい。

でも自分はこういう目標を達成したいと決めたなら、歯を食いしばってでも頑張ってみる、そういう時期が人生には必要だと思う。

それは勉強でも、部活でも、仕事でも、人間関係でも、なんでもいい。その乗り越えたという経験が、苦しい時に歯を食いしばり続けていく大きな力になる。

どれだけ試練を乗り越えてきたか、それがその人の器の大きさを決める。

ここからは登山の話だけど、登山の話ではありません。

登山では、山を少し登り始めてから、頂上がどんなに遠いかが分かります。下の方にはその山には登ろうともせず、みんなでキャッキャッ楽しそうにしている人たちが見えます。

でも自分は絶対にその仲間にはなりたくはないと思う。どこまで登れるか分からないという不安を抱えながらも頂上を目指す。

始めはなだらかな道が続いていたけれど、途中からは石もゴツゴツしてきて、道なき道をいく。

1歩1歩自分の足で地面を踏みしめて登っていく。

突然の豪雨にあったり、霧で前が見えなかったり、石や岩で道が不安定だったりする。

それでも上を目指して歩いていく。

その時に、人を頂上へ突き動かすものは何だろう?

山を下りたくないからか、頂上に憧れを抱くからか、登ること自体に価値を感じているからか、それとも登ってきた場所から見た景色があまりにも美しいからか、満足感や幸福感を味わいたいからか。

理由はなんであれ、求めるものがそこにあると知ってしまった人は頂上を目指したくなる。

平地で遊んでいる人には一生見ることができない美しい景色がそこにはあります。

歯を食いしばって努力した人だけが知れる幸福がそこにはあります。

山に登ったことがない人は、山に登ることをバカにするかもしれない。けれど、本当は山に登りたいけど登らなかった人のほうがバカなんじゃないだろうか。

ヘリコプターで頂上に行きたいわけじゃない、自分で山を登れるだけの力をつけたいんだ。

頂上にたどり着けたなら、世界の見え方が変わる。

自分が見ていた世界は世界の一部でしかなかったんだって気づくし、世界の広さにも美しさにも気づける。

みんなが登山をする必要はないと思うけれど、その経験は人生を豊かにすると信じている。

上を目指す時に自分に言い聞かせている言葉がある。

少し努力してできねぇって騒ぐぐらいなら始めからやらない方がいい。

それは努力したつもりになっているだけ。

自分が立ち向かう世界がどんな世界なのか認識が甘すぎる。

目標を達成したいなら、それ相応の努力はすべき。

自分には厳しく、他人には・・・厳しくてごめんなさい。上を目指して頑張りましょう。
こんにちは、Kouです。

今回は『僕らは有限の時間を生きている』という話です。

やる気が起きない、勉強に集中できない、そういう人は読んでみてください。

勉強だけでなく、人生において先天的に与えられた資質や環境は人それぞれ異なるかもしれませんが、1日24時間というのは誰にとっても平等です。

その限られた時間をいかに有効に使い、その1日でどれだけ成長できるか?その積み重ねによって、人生において到達できる地点が大きく変わってきます。

時間こそすべての人に与えられた最大の資源です。

僕らは意識的にしろ、無意識的にしろ、何にどのくらい時間を使うのかを選択して生きています。

世の中で成功している人の多くが『お金』より『時間』に価値をおいています。

なぜならお金は失ってもまた稼ぐことができる、しかし時間は巻き戻すことができないと考えているからです。

失われた『今』はもう二度と手に入れることはできない。

その当たり前の事実をしっかりと認識している。

世の中でも時間を本当に大切なものと意識できている人は少ないと思います。特に若い頃は、まだまだ時間はたっぷり残されていると感じやすい。

それを認識できるような出来事はそれほど多くは起こるものではないからです。

明日も今日と同じ日常が続くと考えている。

それが普通だし、そうでしょう。

しかし世の中にはそれが普通ではない人たちがいます。今日1日を生きることに全力を尽くしている人や、明日食べる物がない人達だっています。

大きな病気になったり、不自由な生活を送ることになったり、身近な人が亡くなったり、そういった出来事を経験した時に僕らは今の生活を見つめる機会を得ます。

その時に僕らは有限の時間を過ごしているんだと気づき、だらだら無駄な時間を過ごす『無意味さ』や『もったいなさ』を実感します。

そういった出来事は幸か不幸か、新しい気づきを与えてくれます。ですが、その気持ちをずっと持ち続けることは難しい。

そのとき一時的に考えても、徐々に日常の中に埋もれていってしまう。

変化はその時の衝撃が大きければ大きいほど、大きな変化をもたらすけれど、継続的に刺激を与えなければ完全には定着しないんです。

それは『意識』にしても『習慣』にしても同じです。

だからこのブログでも継続的に『考え方や大切にしてほしいこと』を伝え続けていこうと思います。

あの時ああしておけばよかったと悔やむことほど大きな後悔はありません。

受験や勉強に集中しているなら『その瞬間』に集中してください。

過ぎ去った時間は戻って来ない、『今、ここ』しかないんです。

『今』に全力を尽くすこと、自分を信じて進むこと、そうやって1日1日を積み重ねて行ってください。
こんにちは、Kouです。

今回は精神的な話をしていきます。

私たちのチャレンジを阻む物はなんでしょうか?

『自分にはできない。』『無理。』『常識的に考えて・・・。』

それを決めたのは誰でしょうか?

多くの人は今までの経験してきた体験の中から未来の予測を立てます。

その方が安心で自分が傷つく恐れやリスクが小さいからです。

そして、その経験したことの中で『できる』と判断したことに対しては行動を起こしますが、『無理だ』と思うことにはチャレンジすらしません。

人は過去の経験をベースにしながら生きているからです。

では勉強ができる人は、はじめからすべてができたかというと、そうではありません。

うまくいかない時だってあったはずです。彼らはそこでやめなかった。

なぜか?

もともと才能があったから、そういう環境で育ったから、やる気が高かったから、もちろんそういった要素があることは確かです。

ですが困難なことに立ち向かうか、退くかを左右するのはそこではありません。

やってもないことに才能があるとは思えないでしょう。


それを決めるのは本人が『成功か失敗か、どちらの過去の体験を選んでいるか?』です。


チャレンジできる人は常に過去の成功体験を思い出し、成功した時の感情や記憶をリピートしています。


例えば、

問題が解けたときの達成感、テストで高得点がとれた時の誇らしい気持ち、両親や先生にほめられた瞬間、スポーツでうまくいった瞬間、自分が企画したことがうまくいった出来事、などを想像しています。


逆にできない人は過去の失敗体験を思い出し、失敗した時の感情や記憶をリピートしています。

問題が解けなかった時の苛立ち、怒られた出来事、テストでうまくいかず落ち込んだ時の感情、失敗したことや、恥ずかしかったこと、つらかったことなどを想像しています。

それを何度も何度も頭のなかで繰り返し、そうやってその感情が記憶として強化されていきます。


つまり、

できる、できないを分けているのは、

『どちらの経験を頭の中で拾って感情を強化しているか』ということです。


テストで50点をとってほめられる人もいれば、怒られる人もいます。

可愛い子ね、しっかりしていてすごいね、◯◯ちゃんは勉強ができるのね。

逆に、ダメな子ね、もっとしっかりしなさい、勉強はちゃんとしたの?

などと言われて育ったとしたら・・・


周りと比較されることや周りからの影響を避けることは難しいことです。

そうして出来上がったイメージのほとんどは、家族、親戚、友達、先生、近所の方々、そういった周りの人の影響を受けた結果できあがったものです。

マイナスの影響が強かったとしても、そのことを嘆いたところで何も現実は変わりません。

僕らは自分の足で立ち上がらなきゃいけない。

自分にできるのは自分がこれからどちらの言葉を選んでいくか?ということです。


『自分はすごい。」『自分は何をやってもダメだ。』どちらの言葉を今まで選んできたでしょうか?


できる人は「できる。」と言われた、その言葉を選んで素直に信じただけ。

できない人は「できない。」と言われた、その言葉を選んで素直に信じただけ。



大人から見たら当たり前のことでも、子供にすればすごいことがたくさんあります。

子供が初めて何かを覚えた時に「すごいね。」ってほめてあげて、子供が「僕ってすごいんだ。」って思えるなら、それは素敵な勘違いでしょう。

もしも「そんなことは普通だ。」と言われて、子供が「そっか、これが普通なんだ。」って思うならそれは悲しい勘違いでしょう。

どちらもはじめは勘違いから始まっているんです。

僕らは自分で素敵な勘違いを始めてしまえばいい。

今までもこれからも、できる、できないなんてやってみなきゃ分からないんです。


だから『できる、できないじゃねぇ、やるか、やらないか』なんです。


できるようになるためにはいつだってチャレンジです。

そこに飛び込んでしまえば、必ず変わります。

やるか、やらないか、あなたはどちらの勘違いを選択しますか?
こんにちは、Kouです。

最近読んだ本の一節について話していこうと思います。

現代言語学の父と呼ばれるソシュールは『もともと存在する事物や世界に対し、各言語が後天的に名前をつけているのではなく、人間こそが言語によって世界を分けている。』と考えました。

そして『世界の分け方は言語によって異なる』としました。

つまり『はじめに世界ありきではなく、言葉ありき』ということです。

これだけだと何のことか分からないと思いますので説明していきます。

世界の分け方というのは世界の認識の仕方と言ってもいい。

私たちは常に日本語で物事を考え、日本語で物事に名前を付けてそれをそれだと認識しています。

ソシュールのいう人間が言語によって世界を分けているというのは、言語が違えば世界の切り取り方、認識の仕方が異なるということです。

例えば、私たちがご飯を並べるのは『机』です。勉強するのも仕事をするのも『机』です。

しかし英語ではご飯を並べるのは『table』です。勉強や仕事は『desk』で行います。

英語では『机』を区別して扱います。

私たちも区別をしたい時は『食卓机』『勉強机』『仕事机』などと区別して使います。

他にも英語では『兄』、『弟』は一括して『brother』、『姉』『妹』は『sister』です。日本ではそれを区別しますが、英語では区別しません。

英語の『cockroach』の日本語訳は『ゴキブリ、アブラムシ』です。日本人にしてみれば『アブラムシ』は木にくっついている小さな虫で、『ゴキブリ』と同一視することはないでしょう。

ですが英語ではそれを区別していない。なぜでしょう?

それはヨーロッパの寒い地域では日本のゴキブリのような大きなゴキブリがいないんだそうです。ゴキブリもアブラムシくらいの大きさになってしまう。

違いがない以上、言葉で区別をする必要がありません。だからまとめて『cockroach』と呼んでいるんです。

そのように、私たちは使用している言語によって世界を認識しているんです。

差がないから区別しない。差をつけたいから言語によって定義しているということです。

『犬』と『dog』が示すものはほとんど同じでしょう。

しかし先ほどの例のように日本語が表すものと英語が表すものが必ずしも一致するとは限りません。

英単語を辞書で引いた時に複数の意味が出てくるのはそのためです。

大切なのはその言葉が表す『概念、イメージ』を掴むということです。

ここからは抽象化を掴むいい例だと思いますので参考にしてください。

『object』という単語の日本語訳は『名詞では ①物 ②対象 ③目的、目的語 ④客体 動詞では ⑤反対する』という意味になります。

英語と日本語では表すイメージが違います。

『object』の示す元々の意味は『反対に向かって投げる』です。

これが『object』が示すイメージなんです。

図にすると object : 『 A  ➡  B 』になります。

すると、『⑤の反対する』はもともとの意味が『反対に向かって投げる』ですからそのままの意味です。『②対象、③目的、④客体』はAから見ればBがそれらすべてに対応しています。AにとってBは対象であり目的であり客体です。

『①物』は客観的に観察できる対象は『物体』ですから、そこから『①物』という意味が生じています。

このように考えると『object』はやはり『object』以外の何ものでもありません。

『object』は物とか対象とかではなく、『object』は『object』なんです。

この中心のイメージというのがまさに『抽象化された概念、イメージ』です。

単語の意味を覚える際にこれはこれと英語に日本語を対応させるのではなく、中心となるイメージを掴むことが大切です。

その時にも抽象化は役立ってきます。ぜひとも役立ててみてください。