『勉強でいちばん大事なところ』 -16ページ目

『勉強でいちばん大事なところ』

 あなたもワクワクしながら勉強する世界にきませんか?

こんにちは、Kouです。

今回は印象に残った言葉をシェアしたいと思います。

どちらもNBAで活躍したバスケットプレイヤーの言葉です。


<Part 1 始まり>

「お前には無理だよ」と言う人の言うことを聞いてはいけない。

もし、自分が何かを成し遂げたかったら、できなかった時に、他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。

多くの人が僕にも 「お前には無理だよ」と言った。彼らは君に成功して欲しくないんだ。

なぜなら、彼らは成功しなかったから。途中であきらめてしまったから。

だから、君にもその夢をあきらめて欲しいんだ。

不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだ。

決してあきらめてはダメだ。

自分のまわりをエネルギーであふれ、しっかりとした考え方を持っている人で固めなさい。自分のまわりを野心であふれ、プラス思考の人で固めなさい。

近くに誰かあこがれる人がいたら、その人にアドバイスを求めなさい。

君の人生を考えることができるのは君だけだ。

君は幸せになるために生まれてきたんだから…。

<Part 1 終わり>



<Part 2 始まり>

勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。
敗者は「私のせいではない」と言う。

勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。
敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。

勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。
敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。

勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。
敗者は問題の周りをグルグル回る。

勝者は償いによって謝意を示す。
敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。

勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。
敗者は妥協すべきでないところで妥協し、戦う価値がない所で戦う。

勝者は「自分はまだまだです」と言う。
敗者は自分より劣るものを見下す。

勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。
敗者は自分より勝るものを不快に思い、アラ捜しをする。

勝者は職務に誇りを持っている。
敗者は「雇われているだけです」と言う。

勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。
敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。


<Part 2 終わり>


世の中の多くの人が後ろ向きです。周りに合わせて生きているうちに、それが普通になってしまう。

社会で働くうちにいつの間にか本気で頑張れなくなる。

本気で頑張っている人を見て感動する人は心のどこかでそれに憧れている。

それが分からない人は始めからなにも感じたりはしない。

世の中の人がどう思おうが前のめりで生きていきたい。

そのために戦おう。自分が自分であるために。今回はこの辺で。
こんにちは、Kouです。

最近はやりたいことについての記事が多いかな?

思考の参考にしてほしいので書いていきます。

「やりたいことがない。」「やりたいことが分からない。」という話を聞くのですが、この言葉には真実味がないように感じます。

「何がやりたいのだろう?」と「やりたいことが分からない。」は根本的に違う。

脳の潜在意識の話をすれば、無意識的に脳に浮かんだことでも脳はその答えを探そうとします。

答えがでるまで探し続けます。

その問いが「やりたいことが分からない。」じゃあ、答えなんて探せないでしょ?

「この問題が分からない。」だけではどうしていいか分からないですよね。

わからないから、できるようになりたいのか?解き方を教えて欲しいのか?あきらめるのか?

それは事実の確認をしているだけ。

問いが立っていない。

前を向いていない。

脳だってそうした質問を受け続けたら思うでしょ、「だから、なに?」って。

毎日毎日友達がきて「はぁ、私やりたいことが分からない。」って嫌になるでしょ。

「何がやりたいのだろう?」と「やりたいことが分からない。」は根本的に違う。

僕らは問いを立てなきゃいけない。

「何がやりたいのだろう?」「何がやりたくないのだろう?」と自分を見つめていく。

そうすれば脳が探し初める。アンテナが立つ。

でも、それだけじゃいけない。

やりたいことは待っているだけじゃ見つからない。自分で探さないといけない。

どこかに落ちているわけじゃないし、誰かに教えてもらうことじゃない。

来るはずのない流星を待ってちゃいけない。

で、やりたいことを見つけるヒント。

好きなこと、嫌いなことを書き出してみる。そして共通することをピックアップしてみる。

自分の傾向を知ること。そうすると方向性が見えてくる。

他には自分の過去を振り返ってみる。

自分は何で悩んだのか、何を乗り越えてきたのか、考えてみる。

それがやりたいことの糸口になったりします。

自分が悩んだことを乗り越えた経験はきっと希望に変わる。


僕は勉強で悩んだし、中学では人生について考え、世界に絶望したときもありました。でも今はそれがあったから『今』があると思います。

自分だけが感じ、考え、経験したことは世界で唯一無二のことです。今の常識という枠に自分を押し込めるだけが人生じゃない。

まずは問いをたてよう。

「自分はどんな人生を生きたいのか?」「どうすればそれが叶えられるのか?」

前のめりに自分から積極的に生きよう。
こんにちは、Kouです。

今回は苦しいことは当たり前という話です。

模試の結果が悪くて苦しい、つらい、ヤバい、と落ち込むことがあるかと思います。

気持ちは分かります。しかし、そんなことは当たり前のこと。

結果がでないことが当たり前と言っているのではなく、苦しいと思う状況は成長するために必要な通過点だということ。

人が進化を目指す、成功を目指すときに、苦しいことなんていくらでも起こります。

今、成功しているように見える人、順風満帆に見える人、あなたが理想とする人、その人たちが、何の苦しみもなく、いつも笑顔で喜びに満ちあふれて成功したと思いますか?

絶対に、そんなことはありません。

絶対にない。

成功している人ほど、苦しい思いをしています。

悲しい経験もしているし、涙を流しています。

だからこそ、成功したんです。

苦しいときに、逃げずに問題を直視して一歩一歩乗り越えてきた。

だから、彼らは今輝いています。

なぜ、彼らはあんなにも優しく、明るいのか?

自分が、苦しいこと、悲しいことを乗り越えてきたからです。

自分も色んな問題を経験してきたからこそ、色んな人の気持ちが分かる。

痛みが、つらさが、苦しさが、わかる。

だから、本当に成功している人は驚くくらい優しい。表には出さなくても、心の底に愛がある。それがにじみ出る。

中途半端は人は、自分の成功を鼻にかけ、ふんぞり返っています。

お山の大将になって、「俺はすごい。」と自分の成功がさも自分だけの力によるものだと勘違いしている。

感謝の気持ちがない。だから、人からも好かれない。

もしあなたが今苦しいと感じる状況であったとしても、それはあなたが進化を目指してきたから。

そしてそれは必要なことなんです。

それは成功する人全員が通る道なんです。当たり前のものです。

あなただけが特別な思いをしているわけではない。苦しいことが起こっても、悲しいことが起こっても、それは、当たり前のことです。

そして実は、苦しいことが当たり前だと思った瞬間に、その苦しみは消えます。

「生きることが苦しいなんて嫌だなあ」と思うかもしれませんが、それを知ることで、苦しみがなくなっていくんです。

当たり前だと思えるから。ここは本当に大事なことなので、よく考えてください。

『苦しさ』はあるのではなく、自分で創り出してしまうものです。

『苦しい=悪いこと』と思っているからつらくなってしまうんです。

『苦しい=必要なこと』と思えた時にその苦しみは消えていきます。

後ろを向く暇があったら、前を向いてください。苦しみなんかに負けないでください。悲しいこと、苦しいことなんてホントは存在しない。

あなたの感情を決めるのはあなたしかいないんです。

どんな出来事も、何人たりとも、あなたの心を犯すことはできない。あなたがそれを許さない限り、あなたの心はいつでも、どんなときでも自由です。

『情熱は常に悔しさに勝る』そのことを、忘れないでください。
こんにちは、Kouです。

今回は『無茶ぶり』について。

今回の記事は自分のために書いた記事じゃないですからね。いや、ホントに。

<本題>

なぜ自分や他人を追い込むのか?

それは僕らが人生をかけて、『そこにコミットするため』です。

逃げられない戦い、
後に引けない戦い、
勝つしかない戦いに身を投じて、言い訳を捨て、全身全霊で取組む。

これがみんなにとっての最高の選択だと思っています。

なぜならその戦いに勝利したとき、今よりもできることが増え、基準が上がり、進化が起こり、みんなが受け取れる価値が最大化するから。

1. 無難な基準で自分を甘やかす
2. 無謀な基準で自分を痛めつける

価値が最大化するのはどちらなのか?

まぁ、言うまでもありませんね。(笑)

「今と同じ毎日が1年続いたら、成長しているんですか?」

結局今の自分が思う『普通』では変化や成長は加速しないんです。

自分の基準を上げなきゃいけない。自分に多くを課さないといけない。

周りの基準に合わせて遊んでいたって、心の底から楽しいなんて思えないでしょ?

例えば、

弟がお兄ちゃんの遊びについていった時に、お兄ちゃんが弟に合わせた遊びを選択したら、弟の成長はないですよね。

お兄ちゃんは弟と同じ年齢の時に、もうその遊びは卒業しているから心の底から楽しめない。

弟はいつもと同じ遊びで刺激がない。

これってお互いにとって不利益でしょ。

反対にお兄ちゃんはいつもと同じ遊びをすれば、心の底から楽しめるし、弟は新しい世界を体験できて成長する。これはお互いにとってプラスです。

今回は遊びで喩えたけれど、勉強も同じだと思っています。

ってことで、僕はこれからも他人に「無茶ぶり」をします。

それは同時に僕自身にも「同じレベル」を要求するということです。

僕が誰かに「この参考書を1週間で完璧にしてください。」っていったら、同じように完璧にする。

僕が誰かに「人生をかけろ」と言ったら、同時に僕も命をかけて取組まなきゃ行けない。

そうやって、お互いの限界を少しずつ超えて行くのが、「共存共栄」の姿だと思います。

誰だって始めから完璧にはできないし、始めからうまくはいかないし、すぐ忘れるし、もっと頭が良くなりたいと思うし、それはみんな同じです。

できる人はただ、そこで止まらなかっただけ。

無茶ぶりを続ければ、きっと基準が上がります。

きっと変わります。

今の結果に満足していないなら自分にもちゃんと無茶ぶりして下さいね。