『勉強でいちばん大事なところ』 -13ページ目

『勉強でいちばん大事なところ』

 あなたもワクワクしながら勉強する世界にきませんか?

こんにちは、Kouです。

誰だって苦しいことや、つらいことは嫌なことだと思いますし、できれば避けて通りたい。

それが自然で普通のことだと思います。


しかし、

そうして嫌なことからずっと逃げ続けた人はまったく成長していないですよね?


嫌なことがあると誰かに助けてもらう。

親や、先生や、友達がいつも助けてくれた。

自分ではなにも乗り越えてきていない。

他人に依存して生きているんです。

日々の出来事も、人間関係も、すべて人任せ。


それでいて、何かできないと落ち込むんです。


自信を失って、傷ついてますアピールをする。

客観的に見れば、そりゃそうだろうと思うはずです。


ただ、それが自分のこととなるとそれが見えなくなってしまう。

苦しいことを避けているのに、できないと落ち込んでしまう。

中途半端な努力をして、結果がでないことに落ち込んでしまう。

そうやって苦しいことを避け続けてしまえばそうなってしまいます。


だから、

僕らは苦しいことやつらいことを避けるばかりじゃいけないんです。


そこで戦わなきゃいけない。


自分の力だけではどうしようもないのなら人を頼ればいい。でも自分の力でどうにかしなきゃいけないのなら逃げちゃいけない。

それを乗り越えられるのは自分しかいないんです。苦しいことやつらいことっていうのは乗り越えるためにあるんです。

避けて通ることができないのなら、その苦しさやつらさも含めてその経験を楽しもうって思ってもらいたい。

国語の授業で『世の中は無常だ』って習いますよね。世の中はずっと同じじゃない、日々移ろいゆくものだって。

それを、みんな知っているはずです。

それなのに苦しいことが起こるとそれがずっと続くものだと思ってしまう。

苦しさの渦中にいる人はそのことが見えなくなってしまう。

受験や勉強も苦しいことだって思う時があるかもしれない。でもそれも移ろいゆく『今』だけしかできないことなんです。


今しかできない経験なら、苦闘を楽しんでほしい


『人生はいつだって挑戦だ』って思っていて、うまくいくかは分からないけど、うまくいかないことも含めて楽しめばいいと思う。

少なくとも、僕はそうして楽しんでいる。

苦しさやつらさは乗り越えられると信じているし、乗り越えた先の自分にワクワクします。


I’ll(アイル)というマンガに出てくる言葉で、


『花一つ咲いてねぇ道なんてつまんなくてあるけねぇ』


っていうのがあるんですが

そう、花一つ咲いてない道なんて歩けませんって(笑)


できる、できないなんて関係ないし、失敗したっていいし、悩んだっていいし、苦しいこともつ

らいことも楽しめばいいし、なんだっていい。なんだってよくないけど。


でもそう思えたら結構幸せなんじゃないかと思うわけです。

挑戦がなかったら人間腐ります。

人生はいつだって挑戦、苦闘を楽しんでいってほしいと思います。
こんにちは、Kouです。

世の中には不満な人生を生きている人と満足な人生を生きている人がいます。

満足な人生を生きている人は『変えられること』にフォーカスします。

不満な人生を生きている人は『変えられないこと』にフォーカスします。


両者の違いは何か?


それが今回お話する『変えられるものと変えられないもの』という話です。

詳しく話していきます。


不満な人生を生きている人は『他人』にフォーカスしています。


彼女、彼氏が悪い。友達が悪い。上司が悪い。環境が悪い。誰も評価してくれない。先生の教え方が悪い。この教材が悪い。

そうした愚痴を言っています。

自分のコントロールできない『他人』を変えようと努力します。

ただ、いくら努力してもうまくいかない。

それは簡単には他人を変えることはできないからです。

自分の考えを相手に押し付けようとしても他人は変わりません。

自分の考えに固執すればするほど、他人の考えを受け入れることができなくなります。

そうして、そういう人は他人を攻撃するようになる。

他人を攻撃することで、自分を守ろうとします。


自分に自信がないから。自分が愛されていると思えないから。他人を否定したり、悪口を言ったり、何かに対して不満をこぼします。

2チャンネルとかはいい例ですね。

見なくていいですけど、あそこには批判の言葉しかありません。他人を攻撃することで自己の存在を確かめているんです。

そうやって『変えられないこと』を変えようとしたり、批判することで自分の正しさを示そうとしてうまくいかなくなってしまうんです。


反対に、


満足な人生を生きている人は『自分』にフォーカスしています。


現実に起きたことを解釈するのは自分です。その自分にフォーカスしている。

他人のせいにするのではなく、自分の行いを見つめている。自分に悪かったところがあれば改善し、コントロールできないことは割り切っている。

だから無駄な時間を過ごしていない。

自分が集中しなきゃいけないことに集中し、自分にできることをしっかりとやっている。

そうやって『変えられること=自分』にフォーカスして生きています。


2つの生き方が決定的に違うのがわかりますか?


片方は他人に自分の人生を握られていて、片方は自分の人生を自分で選択しているんです。


片方は過去を思い返し、不満をこぼす。片方は未来を向いて、希望を話す。


世界は1つでも見ている世界が違うんです。

この世界は不条理であり美しくもある。

いつだって自分が正しいわけじゃないし、世界が、他人が間違っていることだってある。

『過去と他人は変えられない』確かにそうなのだけど、そうじゃない時だってある。

しかし、それが自己否定に繋がってしまうならやめるべきです。

それは建設的じゃないし、前を向いていないから。


他人を自分の思うように変えることは難しくても、影響を与えることはできる。元気づけたり、励まし合える。それは多いにすべきです。

ようは、バランスの問題ということ。


『人事を尽くして天命を待つ』


自分ができる最善を尽くしたなら、あとの結果はコントロールできません。自分は自分以上にも自分以下にもなれません。

毎日、今の自分ができることにフォーカスしていって下さい。

自分を変えられるのは自分だけ。

以上、『変えられるものと変えられないもの』という話でした。
こんにちは、Kouです。

文化祭をみて思うこと。

久しぶりの母校の文化祭をみてきました。

やはり、高校生のエネルギーはすごいなと。懐かしさを感じつつも、エネルギーの差を感じてきました。

文化祭を楽しんでいる人、うまく楽しめていない人、生徒とすれ違う中でいろいろな表情をしていることに気づきました。

責任ある立場の人もいれば、文化祭のような雰囲気が合わないひともいるでしょう。

それでも、その場を楽しめるかどうかは主体性の差だと思います。

自分から積極的に関わろうと思うのであれば、責任も生じるかもしれないけど、その分楽しむこともできる。

自分で創ったのものというのは人に評価してもらいたいから。

もちろん、評価してもらいたいからやるのではないですが、それがあった方がやる気が出ると思います。

誰かに楽しんでもらいたい、誰かのためにやりたい、みんなでいいものを創りたい、そういう思いがやる気を高めるのだと思います。

そのためには自分から関わろうとすること。

きっと、他人から声をかけてもらえることの方が少ない。待っているだけじゃいつまでたっても変わらない。

文化祭というものが楽しいものではなく、自分から楽しもうとしたから文化祭は楽しいものになるんだということです。

楽しむためには、自分から楽しもうとすることが必要です。

それは文化祭だけではなく、勉強でも、スポーツでも、芸術でも、バイトでも、なんでもそうです。

勉強がつまらないのではありません。

つまらないと思って取り組むからつまらないものになってしまう。

中高生のみなさんはこれから色々な経験ができます。その時に初めから面白くないと思って取り組むのか、どこか面白いところはないかと思って取り組むのでは、その経験はまったく違うものになります。

楽しもうと思う心が先です。

その結果つまらなかったらしょうがない。

でもどこかに1つくらい面白いと思えるものが隠れているものです。

色々なことができるんだから、その時々を楽しめばいいと思います。初めから『楽しさ』があるんじゃありません。

楽しいものだと思ったから楽しいものになる。楽しんだもん勝ちです。

もしかしたら、その中に自分がやりたいことが見つかるかもしれない。キッカケになることもあるかもしれない。

だから今に全力を込めて楽しめばいい。

文化祭をみて、そんなことを思いました。
こんにちは、Kouです。

今回は『自分で考える』ってことについて。

このブログを読んでくれている人は、きっとお手軽な勉強法なんて求めていないと思います。

そういったお手軽な勉強法を求めていない時点ですばらしいことだと思います。

はじめは模範がなくて、指針がわからなくて、どうしていいか分からないかもしれない。その時には誰かを頼ることが必要かもしれない。

でも、いつかは自立してほしい。

自分で考えていけるようになってほしい。

最終的には、あらゆることを自分で考え、自分で判断し、自分の意思で決定できるようになってほしいと思います。

最近、生徒の皆さんと話す際に思うことなのですが、

「こんなに頑張りました。」って取り組んだことを話してもらう時、その努力は認めるし、きっと「頑張っているね。」って言うと思う。

でも、そもそも勉強は僕や、先生や、親の評価を得るためにやっているわけじゃないよねって思うんです。

で、ここで考えてほしいことは、

いつのまにか勉強の目的が誰かの評価を得ることになっていませんか?ということ。

勉強するのは自分のためです。

その頑張りは自分のためにやっていることのはず。

中には『他人のため』だって人もいると思います。

他人に貢献したい、社会に貢献したい、それはもちろんすばらしいことだと思います。

ただ、始めはやはり自分のエゴの方が強いと思うし、それでいいんだと思います。

やがてはそれが利他に繋がっていくから。

自分のための勉強が究極的には利他になるのだと思います。

話をもどして、

本気で自分の成績を上げようと思っているなら、もっと自分と対話してほしい。

多くの人にこの視点が足りないと感じます。

何が原因なのか?

何が足りていないのか?

どこを改善すればいいのか?

どうやったら成績は上がるのか?

自分が自分のコーチならどうするのか?

そうやって自分と対話し、自分で考えていってほしい。

世の中には『答えらしいもの』はあふれているけれど、すべての人に当てはまる『答え』なんてあるはずがない。

経験も状況も違うのに同じ方法でうまくいくはずはない。

自分のことを一番理解してあげなきゃいけないのは他ならぬ自分自身です。

そうじゃなきゃいつまでたっても、誰かの判断に自分をゆだねることになってしまうから。

だから、自分を対話をしていってほしい。

その経験として勉強はとてもいい機会になりますし、自己対話は思考を深めていくいいチャンスになります。

『自分で考える』そのための自己対話、この視点を忘れないでほしいと思います。
こんにちは、Kouです。

今朝のサッカー日本代表のコロンビア戦を見ていて思ったことについて。

結果は残念でしたが、一番日本らしく戦えていた試合だったと感じました。

試合後のインタビューで選手たちはみんな自分たちのサッカーの未熟さを悔しがっていました。

予選前、本田選手は「優勝する。」と言いました。

結果はグループリーグ敗退。本当に悔しそうに話していた。

彼は本気で優勝を目指しチームとして戦ってきた。

自分たちのサッカーは世界でも通用すると信じていた。

本気でやってきたからこそ、多くの人が巻き込まれ、感動したんだと思います。

なかには結果が出せなかったことを責める人もいるかもしれない。

でも多くの人が「本田、何やってんだよ。」とはならない。

どちらかといえば今までのがんばりを賞賛するでしょう。

サッカーのワールドカップにしろ、オリンピックにしろ、高校野球にしろ、人は『本気で何かを目指してやっている人』を応援したくなります。

『本気で』というのが大事なんです。

中途半端にやるから「ほらね、だから言ったじゃん。」って言われてしまう。

本気で優勝目指して野球をやってきた高校球児が、最後のアウトをとられて、グラウンドで泣き崩れているのをみて、「ほらね、だから言ったじゃん。」なんて言えるはずがない。

人は頑張っている人を応援したくなるし、頑張っている人をみて自分も頑張ろうとします。

僕はその精神性が好きだし、みんなにもそうなってもらいたい。

何かを目指して頑張っている人を応援できる人でありたいし、そういう社会になってほしい。

社会全体が「だから言ったじゃん。」って言う空気感であってはいけない。

そこからは創造性も革新性も生まれない。

「ほらね・・・」「だから言ったでしょ。」「無理だって。」これじゃ足の引っ張り合い。

それじゃつまらないでしょ?

本田選手みたいに「優勝します。」って言っちゃえばいい。

「学年1位とります。」「模試で全国10位以内に入ります。」「◯◯大学にいきます。」って言ちゃえばいい。

そしたらやるしかなくなるから。

そして本気でやれば応援してくれる人が必ず現れるから。

ただ気をつけてほしいのは、みんながみんな応援するわけではないということ。

話す人は見極めなきゃいけません。

さっきのは例えだけれど、自分が叶えたい目標を人に言う。

そして本気でそれを目指す。その繰り返しが自分を成長させる。

僕らも日本代表のように戦わなくちゃいけない。

自分を磨くことで人からも信頼され、仲間もできる。

そのためには本気で何かを目指すことが大切なことだと思います。