創り出すための道具が変わっていくことをあきらめる | Core Infinity Views

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『原点』を一緒に創るコーチ 若狭 喜弘 の視点を記します。

> 「自分たちが信用して、やってた時代って終わったんです」と吐きだすように言った。
> デジタル技術を使うことについては「仕方がないからやること」。
> 「仕方がないから、ということは石器時代以後、色々あったはず。そういう一つだと思うしかない」
 (デジタル化「仕方ない」 宮崎駿・養老孟司両氏が対談 朝日新聞)


宮崎駿さん、養老孟司さんの対談の記事。
この話は、宮崎さん、養老さんだけのことじゃない。
「時代が早くなっている」
というならば、僕たち(すべての年代だけれど)ももっと
「仕方ない」
とあきらめるしかないものに囲まれているはず。

そういえば、家電製品も、パソコンも、
これまで何回買い替えてきたのだろう。

同時に、この間に無くなっていった、少なくなってきた職業もある。
例えば、写植をする印刷屋さん、街の電気屋さん、本屋さん、八百屋さん、布団屋さん、文房具屋さん。
ALWAYS 三丁目の夕日では、氷屋さんが廃業した。

消費するだけの立場だと、職人さんの廃業をできごととして受け入れるしかないけれど、
自分で道具を作り出して、さらに作りたいものを作っていかないといけないんだろう。

いざとなったら、宮崎さんのように、
創り出すためにはあきらめて、
新しいものに挑戦していかないといけないのだろう。

で、結局は、その人の構想力、粘りでしかないのだけれど。