> 拍手は、明らかに空っぽの抱擁に、空っぽの叩(たた)く動作が加わったものとみることができる
> デズモンド・モリス
(折々のことば 選・鷲田清一)
拍手は何のためにするのか、
そういえば今まで考えたことがなかった。
その様子を思い出せば、不思議な行動。
日本だけのことだろうけれど、
コンサート終わりの拍手は、アンコールの演奏が始まるまで続くし、
議論の場での拍手は、自分の主張に合う意見の発表時だけされる。
拍手の経験はあるけれど、誰に何のためにしてきたか考えたことがない。
された経験もあるが、何に対して拍手されたのか、あまり理解していない。
拍手が空っぽの抱擁だとしたら、
抱擁するほどの感動をしたか、
抱擁するほどの感動を与えたか。
少なくとも、僕がそう思った時に拍手することとしよう。