いろいろな街の音は活気がある証拠 | Core Infinity Views

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『原点』を一緒に創るコーチ 若狭 喜弘 の視点を記します。

> 町の音はいろいろ入り混(まじ)っている方がいい。うるさいくらいの方がいい。それは我々の生活に活気がある証據(しょうこ)だからだ。
> 佐藤愛子
 (折々のことば 選・鷲田清一)


街にはいろんな音があるし、
いろんな出来事が起こる。
選挙カー、街宣車のように一方的にこちらに狙いを定めてくるのもあるけれど。
それで普通。

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以前、住いの隣に、
路地で子供が遊び始めると窓を開けて、

「ちっ」「しっ」

と言って追い払おうとしたり、

「警察に電話したからな」

と叫んだりする人がいた。

何があったかわからないけれど、
しんどかったのかもしれないな、と今は思う。

もっとも、
子供がいない街は、
街も住人も老いるばかり。

限度を超えたこと、
誰かを傷つけること、
どこかの家に侵入して盗ったり壊すこと

をしそうなときには本気で叱らないといけないけれど、
そうじゃないのならば、あきらめて暮らすしかないです。

もしくは、「限界集落」といわれるところに越していくか。

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同じことを、「街での出来事」にする人がいる。

列車が遅れたり、
物が売り切れていたり、
特価品にキズがついていたり。

「自分のことをコントロールする」ことと、
「自分の思い通りに社会を動くことを要求する」のは別物。

コントロールできるのは自分だけ。
ほかは、お願いするか、受け入れるしかない。

他人を見て、他人がこうあって欲しいと同意する人は多い。
その人が自分の言葉や行動を振り返る立場になると、どうかなあ。