あの年も巳年だったんだ | Core Infinity Views

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『原点』を一緒に創るコーチ 若狭 喜弘 の視点を記します。

 最近ふと気づいた。
 24になる年に昭和から平成に変わり、今年が平成24年。(←本当は25年でした)
 24年ずつ経っているんだ。

 普段は、元号を使わないし、元号への思い入れもないので、年配の方から元号で年(ねん)を言われると、異文化の言語の人との会話のように翻訳しながらじゃないと会話ができない。
 そんな翻訳のことはどうでもいい。


 平成24年ということは、四半世紀近く。
 そして自分は半世紀近く生きている。
 えらいこっちゃ。

 そして、
 今、あの当時の倍の年齢になったのだ。
 そして、その年に生まれた赤ん坊も、立派な若者の年齢だ。

 あの当時、平成に変わった時は、静岡大学に居た。
 4年生だった。
 卒業後の進路が何も決まっていなかったなあ。
 昭和が終わった日、正月明けだったからか、亡くなられたことから派手なことを自粛していたからかわからないが、大学構内はガラーンとしていて、丘の上に立つ静岡大学では、建物の間のアスファルト舗装の道や芝地の上にはさんさんと日差しが降り注いでいた記憶がある。

 あの年から、24年経っていたんだ。

 ということは、生まれ年も巳年なら、平成に変わった年も巳年。そして、今年も巳年だ。
 あの年も、巳年だったんだ。


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 この年齢になると、成し遂げた者も大勢いる。
 大層なことではなく、結婚し、子を育て、孫がいる者もいる。
 そんな営みでいいんだ。

 振り返って、自分。

 研究生活を続けていた訳でも、ビジネスマンとしてエッジを効かせてバリバリ働いていた、といえる訳でもない。

 でも、いつも、基礎作りをしていたなあ、と感じる。
 やっと最近になって、自分が「これだ」と思う基礎に、自信を持てるようになってきた、とでも言ったらいいだろうか。
 「自分探し」をしていた訳ではないが、一番しっくりくる居場所を探ってきたようだ。

 それだから、成し遂げるのは、これからの50年だろうという気がしている。
 それは、結婚とか、子どもというだけの意味ではない。
 「人に影響を与える」という言葉が思い浮かぶ。
 50年かけて成し遂げるのではなく、
 「人に影響を与え続ける」50年という意味だ。

 まずは、自分が重ねてきた「基礎」を文章にすることから始めよう。
 人が読んで活用できるように。

 そして、その次の50年は、その余禄で生きる。
 なんてね。


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 そんな、タイムラインを感じた秋の彼岸の頃。


(※2013.09.25 補足と修正:
 今年は平成25年でした。
 年齢の計算が合わないな、と感じていました。
 干支とか、数えとか、満とかで、自分が数え間違いしているだけだろう、
 と思い込んでいました。
 失礼しました。)