やっと週末ですね。
一週間お疲れさまでした。
7月7日、「侮辱罪」の法定刑を引き上げ、厳罰化する改正刑法が施行されました。
●侮辱罪(§231)
「事実を摘示しなくても,公然と人を侮辱した者は,拘留又は科料に処する。」
成立した改正法は、侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮」と「30万円以下の罰金」を加え、これに伴い公訴時効が1年から3年に延長されました。
懲役刑や禁錮刑が追加されたことにより、拘留や科料にあたる犯罪の逮捕に関する制限がなくなったことで、逮捕されやすくなり、また、公訴時効の延長により、時間切れ不起訴が少なくなり、起訴される件数が増えると思われます。
間違えやすいのに、名誉毀損罪があります。
●名誉毀損罪(§230)
Ⅰ.公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
Ⅱ.死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
【構成要件の比較】
●侮辱罪 (§231)
①事実を摘示しないで
②公然と
③人を侮辱した
●名誉毀損罪(§230)
①事実の摘示によって
②公然と
③人の社会的評価を低下させるおそれのある行為をした
ともに親告罪です。
侮辱罪と名誉毀損罪の大きな違いは、事実を指摘したか否かです。
事実を指摘しない単なる誹謗中傷は、侮辱罪になりますが、
事実を指摘して他人の名誉を傷つければ、名誉毀損罪になります。
侮辱罪に話を戻します。
侮辱罪は、明治8年(1875年)に政府批判を封じるためにつくられた讒謗律(ざんぼうりつ)に由来します。
讒謗律は、活発化していく民権運動、政府批判の言論を封じ込めるために明治政府が作った言論統制令です。
新聞紙条例とともに、自由民権運動の弾圧に用いられました。
言論弾圧の風刺画(フランス人画家ビゴー作:1888年)
窓から覗いているのがビゴー。
(ビートたけしさんに似てると話題になりました。)
我が国は,憲法で表現の自由を保障する民主主義国家として,意見を表明する自由,そして自由で開かれた討論を確保しつつ,権利侵害を抑止する方策を検討すべきである。
ー中略ー
侮辱罪について,法定刑を引き上げ,懲役刑を導入することは,正当な論評を萎縮させ,表現の自由を脅かすものとして不適切であり,また,インターネット上の誹謗中傷への対策として的確なものとは言えないので,当連合会としてはこれに反対する。
侮辱罪の法定刑の引上げに関する意見書(日弁連)
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2022/220317.pdf
2020年5月に女子プロレスラーの木村花さんがインターネット上で侮辱されたことを苦にして自殺した事件。
この事件を契機に侮辱罪の厳罰化の議論が進みました。
痛ましい事件であり、ご冥福をお祈り申し上げます。
一方、ここぞとばかりに侮辱罪の法定刑引き上げを訴える人には失望しました。
欧米では、名誉に対する罪の廃止、あるいは法定刑から拘禁刑を削除する法改正が行われています。
たとえば、イギリスでは、2013年に名誉毀損法を改正しています。
改正に至る経緯として、
①インターネットが市民の意見表明の場として発達したことにより、一部の富裕層が自己に都合の悪い見解を制度を利用して封殺する事例が目立つようになったこと。
②外国の企業や富豪が不都合な報道に、イギリスでの訴訟を利用して圧力をかける、「ライベルツーリズム(libel tourism)」が報道されるようになったこと。
これらにより、世論の圧力が法改正を後押ししました。
具体的には、
第 1 条に基づく、深刻な被害の証明要件によって些末な訴因による訴訟制限
第 9 条に基づく、欧州外からの訴訟制限
の2点が大きな改正点だといえます。
被害の証明(第 1 条、第 14 条)
訴権の濫用防止の観点から、ライベルにおける被害の立証責任を被告から原告に移す。
国外からの訴訟(第 9 条)
イギリス、その他の欧州連合加盟国及びルガノ条約締結国(デンマーク、アイスランド、ノルウェー及びスイス)に本拠地を持たない者に対する訴訟を受け付けるための要件を厳格化し、「ライベルツーリズム」を制限。
The introduction of these new measures will make it harder for wealthy people or companies to bully or silence those who may have fairly criticised them or their products.
These laws coming into force represent the end of a long and hard-fought battle to ensure a fair balance is struck between the right to freedom of expression and people’s ability to protect their reputation.
改正により、「名誉の保護」と「表現の自由」のバランスが、後者に傾くことに。
日本でも、侮辱罪の保護法益と憲法21条で保障された「表現の自由」のバランスが問われるところです。
今の時代に侮辱罪の厳罰化とは、日本だけが時代に逆行しているように思えてなりません。