1週間のスタディツアーに参加した女子高校生Ayakaちゃんの感想文 | Cordillera Green Network インターン体験記

Cordillera Green Network インターン体験記

フィリピン・ルソン島北部のバギオを本拠地に、山岳地方(コーディリエラ地方)で活動する現地法人の環境NGO「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク(Cordillera Green Network:CGN)」の日本人インターンによるブログです。お問い合わせはcordigreen(a)gmail.com
まで。

Baguio 2015.3.21~3.28

高2の春休みに異国の地、フィリピンのバギオで1週間のボランティア活動をした時の話。


「人の命を救う仕事がしたいです」
「海外支援活動をしたいです」
学校の進路調査で将来の夢を聞かれるたびにそう答えてきた。私の高校はいわゆる進学校で、できるだけ早く進路を決めて受験勉強を始めて第一志望に合格しましょう。と言われ続けて2年が経とうとしていた。

「どうやって?そのためにどこの大学にいって何を学んであなたはどうやって貢献するの?」

そんな質問がたびたび飛んでくる。
テレビや資料で見たものでしか説明できない。誰かがやろうとしていること、実現した事でしか説明できなかった。
だから、市のNPO活動センターの方からまりこさんの連絡先をもらった時、自分の目で確かめに行きたいと思った。

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3.21
マニラに到着してCGNのGennevievちゃんと中島さんと合流した。美女と野獣の新婚さん。
空港を出てすぐに詐欺タクシーに捕まってしまった。マニラでは日常茶飯事。車の一列目で運転手と中島さんが口論を始める。怖かった…。張り詰めた空気の中、車はバスターミナルに向かう。
ジェットコースターに乗ってるかのような荒い運転で、道に隙間ができると斜線なんて関係なしに突っ込んでいく。大型のバスに潰されそうになりながら辺りを見渡してみると、ストリートチルドレンらしき子供たちがたくさんいた。
大通りにも関わらず、車に近づいて行き、ひかれそうになりながら物乞いをする。家がボロボロすぎて家に見えない。
ショッキングだった。自分の置かれている状況と見ているものとでいっぱいいっぱいになって涙が止まらなかった。

3.22
バスに8時間揺られて、シェア&ゲストハウスTALAに到着。付き添ってくれた2人とバイバイして、静かな部屋に一人になった。
シャワーが出ない。誰もいない。絶望感でいっぱいになった。 蚊が一匹飛んでいるだけで、部屋の中を逃げまわり、大きな蜘蛛に遭遇して結局リビングで寝た。^^;
翌朝、TALAのゆかさんと息子のダイちゃん、ハウスメンバーのmasaくんと会う。
masaくんに連れられて三階のカフェに行った。そこでは中米のコーヒーのカッピングをしていた。コーヒーの専門家のヒロさんは品質を見たり値段を決めたりしている。反町さんが話をしてくれた。

田舎に住む人々は畑を持っているので、食べることはできるが、子どもを学校に通わせたり、欲しいものを買うためにはやはり現金が必要になる。
そのために山を焼き払い畑にし、食物を生産したり、マニラに来ても職に就けず、ゴミ山で生活することになる。それを防ぐためには田舎を元気にしなくてはならない。田舎で生活に困らないように、離れたくないと思わせる地にしなくてはならない。

今まで考えていたことが色々とひっくり返る。
田舎に着目したことがなかった。けど、話を聞いて納得することができた。現地の人にしかわからないことがたくさんある。

その日はストロベリーフェスティバルやマーケットに行って観光をした。街中排気ガスのにおい。ジブニーから真っ黒のガスが出ているのが見える。道にはゴミがたくさん落ちている。腐敗して何なのかよくわからない状態のものも…
食べ物は日本の方がずっとおいしい。空気も綺麗だし、交通ルールも存在する。日本のいいところがだんだん見えてくる。でもなんでも有り、心にゆとりがもてるバギオの自由な雰囲気がすごく好きになった。

3.23
3日目はまりこさんの息子さん、ビリグくんに案内してもらって大学を見学した。フィリピンは日本とgradeの仕組みが違って、同じ17歳でもビリくんは大学生。ずっと大人っぽく見えた。話せば話すほどフィリピンと日本の違いが見えてきて面白かった。歩いているときに道端に座っていたおじいさんに手を出された。おそらくお金を要求していた。指のない手に驚いて固まってしまった。何もできなかった。その日の夜はジェネちゃんのbirthdaypartyをした。CGNの人がたくさん集まった。中島さんの言葉がすごく心に残った。
 
「みんなとおなじ土俵にたっちゃダメ。同じ土俵で戦わなくちゃいけなくなるから。」
 
小さい頃から真面目に勉強をして、進学校に通っていい大学を目指して。そういう生き方をしてきた、それが正しいとされてきた私には、そこにいた大人たちの一言一言が衝撃だった。
ひと段落ついてからもmasaくんと過去の話や海外留学についてたくさん話した。
つらい時期を乗り越えた人間は強いと思った。

3.24~26
バギオにある孤児院Turning Pointに行った。24日はお金持ち学校の生徒が貧しい子供達にプレゼントをあげるというイベントがあった。貧富を分けられるのって嫌じゃないのかなと思ったけど、プレゼントを手にした子供たちはすごく幸せそうな表情をしていた。
TurningPointの人たちは私たちを温かく迎えてくれた。子供達も笑顔で一見普通の子供だった。折り紙をしたり歌を歌ったり、家はとても愉快だった。親代わりとなって彼らを育てている大人たちは彼らを強く抱きしめ、愛情をいっぱい注いでいた。
火曜日の夜はホールに集まってお祈りをする。歌を歌ったり聖書を読んだりする。
http://youtu.be/UZv3jzOTE70
http://youtu.be/hXBxImes110
http://youtu.be/QcO7kWA5x4Q

彼らにとって「God」の存在がどれほど大きなものか、どれほど支えになっているかを感じた。
TurningPointでのご飯は決して豪華なものではなかった。食べ盛りの子供達にとってあの量で足りるわけがない。何人かはダイエットしてるからと言って食べなかった。次の日の夜、水が止まった。次にシャワーの温度調節が壊れた。大人たちは笑って何事もないようにしているけれど、経営が苦しい状況であることが見えてくる。
ジョナサンが子供達の過去の話を少しずつ聞かせてくれた。
生後数ヶ月で瀕死の状態で預けられた少女。親を亡くしてたらい回しにされ、自ら孤児院のドアを叩いた少年。TurningPointでたくさん愛をもらって育てられて元気にしているけれど、みんなそれぞれのバックグラウンドをかかえている。
どんな表情をしたらいいのかわからなかった。
自分に何ができるかも思いつかなかった。

オーガニックファームに連れて行ってもらった。
肥料から土から全て無農薬で、美味しそうな野菜がたくさんあった。初めて見るコーヒーの木やタバコの葉。シューって殺虫剤を撒けば簡単だけど、長い行程を経て安全で新鮮な野菜が作られていた。その近くにある鉱山を見に行った。オーストラリアの修学旅行の時、昔ここではこうやって生活している人がいてね、たくさんの人が犠牲になってね、という話を聞いて鉱山の跡地見たけれど、バギオには実際に鉱山で働いて生計を立てている人たちがいた。全身真っ黒で、思い袋を担ぎながら歩いている。金が取れる確率はほんのわずかでかけらともいえる量なのに。生きるためだから仕方ない。

TurningPointでの最終日、マレーシアからのお客様達とバプリックスクールを見学したり、教会を立てようとしている場所を訪問したりした。
山に隣接する高校と小学校では生徒達と触れ合ってお祈りや日本語を教えた。そのあと街中の一番大きなエレメンタリースクールへ行ったが、山の学校とは比べ物にならないくらい綺麗で環境が整っていた。貧富の差が大きすぎる。

久しぶりにTALAに帰ると10人のNEC世界子供自然クラブに参加するタジャンの子供たちがいた。椅子から転げ落ちようと、転ぼうとへっちゃらなたくましい子供たちだった。

3.27
いよいよバギオでの最終日。NEC世界子供自然クラブのワークショップに一緒に参加した。
印象深かったのは、土を利用して泥絵の具をつくりそれで絵を描く、という体験。土をふるいにかけて水で溶かし、ボンドと混ぜる。
子供たちは自分が畑で働いている絵や田んぼの絵を描いた。世界5カ国で同時開催しており、夜は日本の子供たちとスカイプで話をする。自分が描いた絵の説明で「これが僕の水牛です」「ここにいるのが僕です」と、広い田んぼで自分が働いている力強い絵を見せていた。

出発1時間前にレストランへ行ってまりこさんと話をした。

「仕事は自らつくるもの」

何度も言っていた言葉。まりこさんの仕事についての話を聞いていると、ただ与えるだけの、一時的な支援ではないことがわかる。募金は一方的に与えるだけで終わってしまうものが多いけれど、彼女はたくさんの仕事を通してかれこれ50人以上の子供を様々な形で大学に行かせている。

この一週間で自分がやることを明確に決めることができたわけではないけれど、むしろ色々な選択肢を知ってさらに迷っているけれど、現状を見て、体験して、今まで知らなかったことをたくさん知ることができた。きっと孤児院の子供たちとも一緒に生活しなかったら、普通に元気な子供たちだな、で終わっていたと思う。行って見なければわからないことがたくさんあった。
オーガニックという言葉も、普段飲んでいるコーヒーも、水不足という問題も、裏側を知っていると見方が変わってくる。温かいご飯が食べられる、蛇口をひねると綺麗な水が出る、家族がいる。当たり前に思っていたことがどれだけ恵まれていることなのか。

この旅がただ楽しかった、思い出になった、で終わらないように。また来るね、のままにならないように。
次にバギオに行く時までには英語を話せるようになって、なんらかの形で貢献できる人間になりたい。なります。

まりこさん、CGNの方々、ゆかさん、TurningPointのみんな、masaくん、樋川ファミリー、ビリくん嵐くん、本当にありがとうございました。

成長した姿を見せられるようにがんばります。