岡本学「架空列車」他 | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

 

架空列車 架空列車
 
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今回紹介する本じゃないが、貞子でおなじみの「リング」の作者・鈴木光司氏の

「樹海」という本を昔読んだ。

 

登場人物のひとりに昇一というのがいるのだが、彼のエピソードについては

こう記されていた。

 

― 

昇一は、大学の三年から四年にかけ、人並み以上の熱意をもって就職活動に励み、

百三十社を受けるもすべて落ち、自信を失い、痛手から回復できないまま卒業を迎え、

新卒採用されてゆく同級生たちを尻目にやる気を失い、アルバイトすらしないで部屋に

引きこもり、昼夜逆転の生活を始めた。(引用)

 

読んでて驚いた。

これは当時のオレのことじゃないかと。

 

ただオレの場合、在学中からやっていたガソリンスタンドのバイトを早く辞めたいと

思いながら卒業後も継続していてそこだけ異なるが、あとはもうそのままオレだ。

 

同級生はみな、すぐに内定をとってスーツをきて別の世界にいってしまったような

妄想にとらわれ、毎日劣等感に包まれて微笑み方すら忘れかけた。

友人たちが嘆く「残業」や「安月給」という愚痴がとても羨ましく聞こえた。

向こうも向こうでそれは地獄だったのかもしれないが、オレにはそんなワードを

口にだすシーンすらないのだから。

 

鈴木光司はなんでオレの境遇をしっているのだろう?

いや、しってなんかいない。

 

太宰治に見られるように、やはり作家の人というのは弱い人間や不器用な人間の

リアルな心情がわかるものなのだ。

それは自分自身がそういう経験をしてきたからいうのもあるだろうし、経験してない

けれどそれを感じる優しい感受性を持っているということだと思う。

 

すこし前に文学新人賞を獲得した岡本学氏の「架空列車」という本を去年読んだ。

 

――

他者との関係を作ることができず、仕事も失った「僕」は、ひとり東北の町に逃げる。

そこで「僕」は、架空の鉄道路線を妄想の中で造ることに熱中する。

緻密な計算と実地見分を繰りかえし、理想の鉄道が出来上がったとき、思いもかけない

出来事が町を襲う…。

39歳理系大学准教授、衝撃のデビュー小説。妄想のなか、僕だけの列車が走りだす―。

3.11後の世界を鮮烈に描き出す問題作。第55回群像新人文学賞受賞作。

(amazonから引用)

 

 

冒頭のほうの主人公「僕」の言葉にこんな文章があった。

 

― どこにいっても「欲しい人材はコミュニケーションにたけた人です」といわれた。

それがどんな能力なのか僕には想像できないが、自分にその能力が欠けているで

あろうことは他人から教えてもらわなくとも随分前から理解していた。

と。

 

とても共感できる主人公。

年末に書いた「自己責任」というのもよくわからないけど、やたらと耳にするこの

「コミュニケーション能力」というのも、いったいなにがそうなのかまったくわからない。

 

この岡本氏の作品は他にも読んだ(記事最後に改めて紹介)が、この人もやはり

自分自身がそういうタイプなのかはわからないが、生きづらい人の気持ちをよく

理解できる人で、だからこそこういう文章を書けたり、世界観を表現することが

できるんだろうなあと思える作品であった。

 

「架空列車」の主人公である僕は、コミュニケーション能力はないが発想力は豊かだ。

 

自分が歩いたり自転車で走った土地に架空の路線を走らせ、架空の駅を作り、

それぞれの名前をつける。

 

そういえば自分も幼稚園や小学校低学年の頃、自分で考えた怪獣や怪人を自由帳に

描いて、名前とか考えてつけるのが好きだった。

 

そしていつもオレの近くにいる友人たちもそうだったかもしれない。

 

みんなどちらかといえばおとなしくて、クラスでの盛り上がりになかなか入れない

ような友人だったけど、自分たちでいろいろ考えたり、裏山や河原に秘密基地を

作って、その基地に自分たちだけの名前をつけたりするのが好きだった。

 

主人公の「僕」は、そんな感覚を忘れずないままの延長のような大人。

 

逃亡先の東北で、妄想の列車を妄想の路線に走らせるが、やがてアノ災害が

やってきて現実が妄想の世界をのみこむ……

 

個人的な感覚だと、正直ものすごくハマったとかいう作品ではなかったが、

前半で少年時代の戻させてくれるような感覚にさせてくれる作品。

 

鉄道オタクじゃないけど、鉄道って面白実があるなとは思う。

駅舎もそれぞれ個性あったりするし。

 

ただねえ、

健康ブームで、「下車する予定のひとつ前の駅で降りて歩きましょう」とか推進

する風潮があるにもかかわらず、また金かけて新しい駅を作るかねえ……

 

 

岡本学氏のもう1冊。

「再起動」

 

再起動 再起動
1,512円
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起業する若者はいくらかでてきたが、こちらは宗教を立ち上げる若者の話。

 

僕らの国は個性と創造性を尊重しているようで、大量の事務員を製造してきたのだ。

肉体がハードウェア。魂がソフトウェア。

生きてゆくに従って人間には勝手なアプリケーションが次から次へと自動的に

インストールされてゆくと思えばよい。大人になるとやたら空気を読んで気を遣う

ようになるのも追加された機能のせいだ。

「自殺」さえひとつの機能だ。どこかの時点で勝手にインストールされる特殊な

自爆装置。

(それぞれ文章から引用)

 

などなど、ブラックな比喩を用いた文章の連続が面白くもあり、現代への皮肉と

しても痛快である。